ちょっとした過去話・その2
ミントの話は少々長く、いろいろと複雑でもあった。
だから最初は概要だけを伝え、その後に時系列に沿ってもう少し詳しい話をする。
「―――ルドナちゃんの幼なじみと言っても、皆が皆同じ時期に仲良くなったというわけではないですし……ルドナちゃんと一番付き合いが長いのは私なんですよ?」
「あ、そうか。ミントちゃんは生まれた時からルドナ君と一緒だったのよね?」
「ええ」
少しだけ自慢気な顔で告げるミントに対し、イレーナもポンと合いの手を打つ。
その話自体はこの場にいる全員が知っている事なので、特に驚くような要素はない。
ただ―――
「子供の頃のルドナちゃんは今よりずっと大人しくて、皆の陰に隠れているようなコでしたよ」
生まれた頃から幼なじみというミントしか知らない幼少期のルドナの話は興味を引く。
まあ、これを当の本人が聞いていれば、「あの頃のミントは今よりずっと乱ぼぅ―――やんちゃ―――お転婆だったよね……」と返していたであろうが……
両親が教会で託児所のような事をしていた関係上、ミントは自然と同世代の子供たちの仕切り役になることが多かった。真面目で責任感が強いミントらしいといえばらしい話である。
対して、幼少期のルドナの話は、今のルドナしか知らない者たちからすれば意外なもの。
ただそれも、理由さえ聞けば理解できない話ではない。
「意外ですね」
「う~ん、そうでもないと思うよ。だって、その頃のるーくんって、剣も習ってなければ、魔法も使えなかったわけでしょ」
「今でもそうですけど、ルドナちゃんって身体は大きくありませんし、基本的には優しい性格じゃないですか。だから、喧嘩とか全く出来ないコだったんですよ」
「ああ、なるほど」
学校に通う前の子供のヒエラルキーは、一に気の強さ、二に喧嘩の強さ……という感じなので、周りとの衝突を避ける優しいコは上手く自己主張が出来なくなる事がある。
ルドナは正にそんなタイプだった。
しかし―――
「でも、そんなルドナちゃんもある事がきっかけで、大きく変わります」
「ある事?」
―――そんなルドナにも転機が訪れる。
「あれは私たちが初等部の学校に通うようになった頃です。当時、私たちが遊び場にしていた広場に一匹の『子犬』―――いえ、一匹の子供の魔獣が迷い込んできました」
「魔獣っ!?」
「魔獣と言ってもペットの魔獣です。ブルーウルフの子供でした」
「なるほど。ペットね」
「そのコは行商に同行していたとある商家の女のコのペットだったのですが……なれない場所に戸惑って、女のコの元から飛び出してしまったみたいです」
きっかけは迷子のブルーウルフの子供。
当時のルドナたちはそうとは気づいていなかったが、青いフワフワの毛並みの珍しい『子犬』は、子供たちの受けが良かった。
迷い込んだ『子犬』も人馴れしていたようで、最初こそ警戒していたが、わりとすぐに子供たちに懐いてくれた。
ただ……その『子犬』が『招かれざる客』も呼びこんでしまう。
「で、その女のコとそのコの父親は迷子のブルーウルフを捕まえて欲しいと冒険者ギルドに依頼を出したのですが……どうも報酬がかなりよかったようで―――」
「……お金目当ての冒険者、それもあまり質の良くないのが来たって感じかな?」
「正にそのとおりです」
それが普通の犬猫であれば、状況はもう少し変わっていたのかもしれない。
しかし、逃げたペットは子供とはいえ魔獣である。
他人様に怪我のひとつでもさせてしまえば、ペットの処分はほぼ確定であるし、飼い主もかなり厳しく罰せられる事になる。
故に父親の判断はそれほど間違ってはいないのだが……迷子のペットを連れ戻すだけで高額な報酬が手に入るとなれば、金目当てのあまりよろしくない連中も集まってくる。
「私たちのもとに現れたその冒険者は最初こそ愛想よく振舞っていたのですが、『子犬』は警戒したままちっともなつかず……すぐに本性を現しましたね。無理やり『子犬』を奪おうとしてきたんです」
ルドナたちの前に現れた『招かれざる客』は分かりやすい小悪党だった。
冒険者としての評判もあまりよくなく、だからこそ、男は余計な欲をかいた。
子供たちと一緒にギルドに連れて行けば高額な報酬が得られたのに、ギルドに報告せず、自分の手元でしばらく隠しておけば、高額な報酬が更に高額になるのでは……と考えてしまったのだ。
だが、余計な欲をかいたことで、男はせっかくのチャンスも不意にする。
「それで、私たちも『子犬』を守ろうとしたんですが……流石に子供の私たちではかなうはずもなく一蹴されてしまいました。まあ、先に逃げたコがお父さんたちを呼んできてくれたので、すぐにその男も捕まったんですが……」
「その時、ルドナ君は……?」
「最初は怯えていましたよ。でも、私がやられた後は、私と『子犬』を守るために飛び掛かっていきましたね。ボコボコにやられていましたけど……」
「それじゃあ―――」
「……ルドナちゃんがお父さんに剣を習い出したのはそれからですよ」
「なるほどね」
事件の結末はミントの口にしたとおり。
しかし、事件はあくまで『転機』のひとつに過ぎず、重要なのはその後の変化である。
「それがルドナ君を意識したきっかけなの?」
「それは……どうでしょうね。きっかけのひとつではあるとは思いますが、むしろ、その後の方が大きかったかもしれません」
「その後?」
「それまでは何をするにもずっと一緒だったルドナちゃんが、剣の修行で私の傍にいることが少なくなってしまって……ルドナちゃんに対抗して自分も神官戦士の修行をしてみたりもしたのですが……」
「「あ~……」」
少しばかり言い辛そうに告げるミントに、ノアやイレーナも察する。
いつも傍にいた人が居なくなることで、その存在の大きさに気づく……というのは、恋物語でも定番であるが、定番であるだけに外れることも少ない。
自分から離れていくものほど追いかけたくなる……という心理もある。
当時、子供であったミントがどれだけ恋心を抱いていたのかなど、本人にもはっきりしないところではあるが、意識をするようになったきっかけであるというのは間違いではない。
そして―――
「るー君はお父さんとの訓練以外でも自主的に剣の練習をしていたんだよ~」
―――この話はリサにも繋がる。
「うん?」
「リサちゃんもそれを見ていたの?」
「そうだよ~。るー君が秘密の特訓をしていたのが『精霊の森』の……私の家の前だったの。まあ、その時の私は今みたいに人の姿にはなれなかったんだけどね~」
もっとも、当時のリサは精神体の姿でも行動することができなかったので、登場としてはもう少し先になる。
「そういうわけで……その迷子の『子犬』がいなかったら、今の私やルドナちゃんはいなかったかもしれません。それに、リサちゃんやサクヤちゃんとも出会っていなかったかもしれませんね」
「う~ん。私はともかくサクヤちゃんとは出会っていたんじゃないかな?だって、同じクラスメイトだったんでしょ?」
「まあ、そうですけど。今のように仲良くはなっていないと思いますよ。いや、今もそこまで仲良しというわけではないんですが―――」
ルドナと出会った順番でいえば、二番目となる幼なじみはサクヤ。
初等部に上がってから初めてのクラス替えで、ルドナとミントはサクヤと同じクラスになった。
ただ、出会った当初のミントとサクヤは、今以上に馬が合わず、やたらと衝突していた。
ルドナは二人の争いを諫める役として中立的な立場をとっていたが、普段ミントと共にいるだけに、サクヤからすれば敵という認識に近かったのだ。
ただ……この時点で四人の幼なじみにはか細いながらも繋がりが出来ていた。
それというのも―――迷子の『子犬』の飼い主がサクヤの『親友』であったからだ。
この章が終わるまで、毎日投稿する予定です。