異変の兆し
翌日も僕らはギルドの本館にいた。
ランク昇格試験を受けるのに必要な残り1ポイント分のクエストを探す為である。
ただ、残り1ポイントなのでそこまで吟味することはない。
「あっ、魔力補充のバイトがあるじゃないか。僕、これに―――」
「ダメよ、るー。それは私が貰うわ」
「え~、僕が先に見つけたのに……」
「よく見なさいよ。それ対象が魔法職全般になっているじゃない。で、るー、今のあなたの職業は?」
「あっ……」
「るーが今、冒険者として登録しているのは『ファイター』だけ。つまり、そのクエストは受けられない……わけじゃないけど、活動ポイントには加算されないわよ」
「うん、他のを探すよ」
そんな感じでそれぞれ別のクエストを見つけ、僕らはクエストカウンターに向かう。
具体的には、僕はギルドの倉庫整理、サクヤは魔道具の魔力補充、ミントはポーションの作成のクエストであったのだが……
「あっ、ミントさん、ちょっと待ってもらっていいですか?」
「はい?」
クエストカウンターにいた受付嬢―――クオさんが待ったをかけてきた。
「いえ、申請されたクエストはポーションの作成という事だったのですが……こちらの依頼を受けてもらえないかと思いまして」
そう言って、クオさんが手にしたファイルを広げて見せる。
「ギルド付けの治癒魔術師ですか……?でも、これ、対象がDランク―――」
「ミントさんはFランクではありますが、実力も十分ですし、実績もありますからね。むしろ本来なら協力要請という形で教会の方に話をさせて戴くようなものなのですが―――」
どうやらクオさんは、ミントが申請したクエストとは別のクエストを勧めているようである。
なので、僕はそこに口を挟む。
「ちょっと、クオさん。なに、うちの大事なパーティーメンバーを引き抜こうとしているんです?」
「え?あ、違いますよ。これはあくまで臨時です。正式な職員に引き抜こうとかそういうのじゃありません。もちろん、ミントさんのような優秀な人材なら是非ともスカウトしたいところではありますが……」
「臨時?」
「ええと……ルドナさんたちはミミナ遺跡で新規のルートが発見された事は知っていますか?」
「ええ、それは聞いています。僕らも昨日、ミミナ遺跡に行ってきたばかりですし。まあ、向かったのは反対のBエリアですけど……」
「実はその新規ルートが本格的なダンジョンだったようなのですよ。しかも、今まで誰も立ち寄っていない未踏破のダンジョンだったようで……魔物も相当数潜んでいるらしく、今日の午後にでも『緊急』で『大規模討伐クエスト』を発動する事になりそうなんです。ですから―――」
「もしもの時の為に、ギルドで待機しておく治癒魔術師も用意しておきたいと……」
クオさんの口から事情が話されると、僕たちもすぐに納得した。
「なるほど。事情はわかりました。でも、そうすると拘束期間は―――」
「クエストが発動するかどうかも未定なので、とりあえずですが、拘束期間は今日一日。それ以降は日ごとに更新ですね。報酬の方も同様です」
「活動ポイントは貰えますか?」
「はい、もちろんです。ただ、活動ポイントの性質上、それほど多くのポイントは与えられませんが……」
「それはわかっているので、大丈夫ですよ」
ミントもその依頼を受ける事に決めたようである。
ただ―――
「あ、でも、もうひとつ―――このクエスト、私たち3人で受けてはいけませんか?」
「え?」
「回復魔法ならルドナちゃんもサクヤちゃんも使えますよ?神聖魔法ではありませんが……」
「あ~……そういえばお二人共、本当なら『デュアル・クラス』なんですよね。Fランクの制限に引っかかっているだけで……」
「二つ以上の職業を登録できるのはCランクからですからね」
「う~ん……3人ですか……」
「何か問題ありますか?」
「いえ……回復魔法の使い手は多ければ多いほどいいので、この依頼に限れば問題ないのですが……倉庫整理や魔道具の魔力補充も人手は欲しいんですよね。まあ、倉庫整理は後まわしにしてもいいんですが……」
「それなら3人で全部受ければいいんじゃない?待機要員なんて出番がなければする事ないんだし。誰か一人が救護室に詰めるようにして、他の二人で倉庫整理と魔力補充をするって感じにすれば問題ないでしょ。なんならポーションの作成のクエストも受けるわよ。治癒魔術師を確保するくらいなんだから、ポーションもそれ用に用意しておこうって事よね?」
「あ、そうですね。そういうことなら、魔力補充とポーション作成の二つのクエストと一緒ということでお願いできますか?倉庫整理の方はそこまで急務という事ではないですし、ひとつのパーティーにクエストを重複させすぎてもあまりよろしくないので……」
サクヤの提案もあり、全員で3つのクエストを受けるという形で話がまとまる。
ポイント的にはさして意味はないが、報酬の方は3つのクエスト+α(僕とサクヤも治癒魔術師として待機する分)と少しお得になった感じ。
もちろん、格安で3人分の治癒魔術師を確保したのだから、ギルド的にも損はない。
あとは―――
「これで何もなければ、これほど楽なバイトはないんだろうけど……」
「るー、それはフラグよ……」
「無事に終わってくれれば言う事なしですが、それだけ危険性が高いと判断したからこその備えなわけですしね……」
僕らは出番が来ない事を祈りつつ、ギルド本館の救護室へと向かった。
結果から先に言うと、僕の立てたフラグは回避された。
その理由は簡単で、大規模討伐クエストそのものが延期となったからだ。
そして、延期された理由はというと―――先行したチームが転移魔法の魔法陣の構築に失敗したからである。
こういう大規模な討伐クエストが行われる場合、先行するチームが安全地帯に陣地を作り、転移用の魔法陣を設置するというのが常套手段。
転移魔法で目的地まで移動できれば、途中で消耗をすることがないという大きなメリットがあるからだ。
もっとも、もうひとつの理由として、精々チーム単位でしか動かない冒険者たちをダンジョンのある地点に再集結させるとか、どんなに優れた名将でも出来やしないというのもあるが……
ともかく―――そんな前段階で失敗したのだから、作戦が延期になるのも仕方がない。
僕らとしても楽が出来たわけであるし、報酬もきちんと出たので文句などない。
ギルドの職員さんたちが慌ただしく働いていたりするのを傍で見ていると少し申し訳ないような気もしたが……僕らも慈善事業で冒険者をしているわけではないので、そこは納得してもらうしかない。
そもそもFランクの僕らに何が出来るのか?という話もあるが―――
「緊急任務です」
「え?あの……マリサ様?」
「今日の訓練は休みだ。代わりにお前らにやってもらう事が出来た」
「やってもらう事ですか?」
「あのね、この近くのダンジョンに『邪竜』が生まれちゃったらしいの。だからそれを皆で退治しなくちゃいけないんだって」
―――Fランクの冒険者である僕らに出来ることはなかったが、神様である僕らには違ったようである。
唐突に事件発生。これを解決したら1章は終了です。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。
昇格ポイントを活動ポイントに変更しました。(20/05/17)