神の任命
ちょうど良い機会なので、僕たちは世界渡りについて様々な事を話し合う。
神人になってから半年余りが過ぎた僕たちはそれなりの知識を身につけていたが、後から加わったサヨさんやイレーナもいるので、再確認する意味でも情報を整理することにしたのだ。
とはいえ、世界渡りには不確定な要素も多く、この段階で話せる内容となると、どうしても限られたものになる。
「―――結局、マナの豊富な場所が見つかるかどうかが全てだからね~。でも、あんまり無理してもよくないし、次元移動の期間は1~2年じゃないかなぁ?あんまり遠くの場所に根付いてもそれはそれで不便だしね~」
「そうなの?」
「世界樹は根っこと根っこを繋ぐことでいろいろとやり取りができるって言ったでしょ。この世界と近い場所に根を張れば、ママたちと連絡するのも簡単になるんだよ~」
「なるほど」
「だけど、ある程度は距離を取らないとそれはそれで問題になるんだよね~」
「次元の狭間からマナを吸い上げるために親元から離れるわけだし、他の世界樹ともある程度の距離はあけないといけないのよね?」
「そうそう~」
「それじゃあ、次元間移動とかはもっと時間がかかりそうだね」
「そうだね~。情報のやりとりだけならそこまで難しくないんだけど、物とかヒトを転移させるとなると、それなりに時間はかかるかな~」
ちなみに今話し合われているのは『世界を渡った後、落ち着くまでにどれぐらいの時間がかかるか?』という話であるが、これも具体的な数字を示すのは難しい。
ただ、そんなことよりも―――
「う~ん。それじゃあ、どうしようかな~」
「うん?なにか問題でもあるの?」
「いや、リサちゃんたちって、アバン様たちから課題を与えられているでしょ?それでそのうちの一つに全員で結婚式を挙げるっていうのがあるわけだけど、私はどうしたらいいのかなって」
「え?」
「私が先に結婚式を挙げるのは……ダメでしょ?」
―――後に続いたイレーナの発言の方が問題としては大きい。
「……え?」
「あっ……」
「それは……」
「私はいつでもいいんだけど、家のことを考えるといろいろとタイミングが難しいかなって。出来る事なら、こっちの世界にいる間に済ませておきたいんだけどね」
「そ、そっかぁ……」
僕の婚約者になり、王族という立場を捨てたイレーナであるが、だからこそ、家族との距離の置き方には難しいものがある。
イレーナもそれなりの覚悟をもって王家から飛び出していたが、家族との仲が悪かったわけでもないし、結婚ということになると、丸っきり無視するというのも躊躇われるのだろう。
もっともこの話はイレーナだけに限ったものではない。
「というか、ノアさんとか、その辺はどうなの?」
やや唐突な振りではあったが、ノアさんにも同じような事は言える。
「え?私?」
「私の場合、お父様もお母様もエルフだからね。世界渡りの後になったとしても、それはそれで構わないもの。でも、ナナエさんは人間なんだし―――」
「ああ、なるほど、そういうことか。でも、私はもともと落ち着いた後でいいかなって思っていたし、それより先に、お姉ちゃん達が結婚してくれないかなぁと考えていたから……」
「あ~……」
ただ、話を振られたノアさんは、自分よりも姉であるナナエさんの結婚の方が先だと考えていたようで、話はそれ以上続かない。
「そうなると―――」
「私の家族は遠く離れた異世界ですし……」
「……私はスライムだし……親とか兄弟とか呼べるようなヒトがそもそもいないから……」
「はにゃ?なんの話なのだ?」
「う、ううん、なんでもないわ」
そもそもノアさん以外のメンバー(サヨさん・イエリスさん・ニーズ)に関してはイレーナ以上にどうしようもない話である。
とはいえ―――
(結婚式かぁ。そのあたりの事も皆とちゃんと話し合っていかないといけないよね)
イレーナの発言で僕はその事に改めて気づかされた。
★★★
そんな感じで始まった話し合いであるが、ある程度時間が過ぎたところで、少々中だるみする。
とはいえ、それも仕方がない。
きちんとした段取りを組んでいたわけでもないし、突発的に始まった会議などそんなものである。
まあ、仕事の話をしているわけでもないし、皆で仲良く歓談していると思えばそれも悪くはないのだが……
「―――そういえば、イレーナちゃんって結局なんの神様になったの?」
ふと思い出したという感じで、イレーナに問いかけるリサ。
リサからすれば、それも単なる話題のひとつであったのだろう。
ただ―――
「あれ?まだ決まっていなかったの?」
「う、うん。まだ少し迷っていて……」
―――問われたイレーナの方は少しばかり動揺を滲ませる。
即断即決をモットーとし、行動力の化身というべきイレーナにしては珍しい態度である。
「確か、『弓の神』と『森の神』で迷っているのでしたよね?」
「他にもないわけではないけど、ルドナ君が言うにはそのどちらかがいいんじゃないかって……」
「ああ、うん……」
僕はすでにイレーナを一時神化させていた。
ただ、その時に気づいたのだが、一時神化を使用した上位の神は新たに神化させた対象―――自身の系統神に『役割』を与えることができるようであった。
というか、この能力自体はノアさんの時にも発揮されていて、だからこそ彼女は『盾の神』となったわけだが……それがもう少し自由に使えるようになったという事。
ちなみにこの役割はなくても問題ない。
分け与えたマナを調整し、役割にそった方向に力を特化させるというものなので、下手に役割を定めると能力を制限してしまう可能性すらある。
とはいえ、それも使い方次第。
僕たちのように神に成り立てのものに役割を与えて、使える力に制限をかけておくというのも十分に意味はあるのだが……
「今は一時神化なんだし、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな~?」
「系統神の『任命』は後で変更も出来るんですよね?」
「そうだよ~。ただ、何を司るかは神様にとっては重要な問題だからね。あんまりコロコロ変える人はいないって話だけど―――」
「あ~……多分、そういう話じゃないと思うわよ……」
「うん?」
「どういう事です?」
ただ、イレーナが迷っている理由はそのような能力的な部分ではない。
「この場合、問題なのは選択肢が二つあるって事ね」
「うん?」
「ええと―――」
「『森の神』の方はともかく、『弓の神』は『弓』という武器の神様……『剣の神』であるサリアや『盾の神』であるノアさんと同じようなものになるわけだけど……武器や道具というのは『使い手』の存在が欠かせないものだし、『使われる事』に喜びを感じるものでしょ。だから、ハードルが高いのよ」
「ハードル?」
「イレーナからすれば、自分の『所有者』になって欲しいと言っているのも同じだし、るーからすれば『自分のもの』にするって宣言するのと同じなのよ。だから簡単には選べない」
「でも、それなら―――」
「簡単には選べないけど、嫌というわけでもないんでしょ」
「「あ~……」」
サクヤの解説に納得を示すリサとミント。
心の内を事細かに分析されたあげく、それを暴露されたイレーナは、羞恥でプルプルと身を震わせていた。
まあ、居たたまれないという気持ちは僕にも理解できる。
とはいえ、僕とイレーナのそれでは少々意味が違うのかもしれないが……
「イレーナもさっさと素直になればいいのに~」
「そ、その言い方は流石に語弊を産むと思うんだけど……」
「え~、そうかな~?私の勘だとイレーナもこっち側だと思うんだけどな~」
ちなみに、武器の神の先輩であるサリアからすると、イレーナはそちらよりの『適正』があるらしい。
扱いが難しいじゃじゃ馬であるが、だからこそ、心の奥底で手綱を引くものを求めている―――というのがサリアの見立てであった。
そして、それはあながち間違っていないように思う。
イレーナは自分が攻めている時とかには強いが、守勢にまわると弱いタイプ。大胆な行動をとる事も多いが、それが時に行き過ぎて自爆する傾向があった。まあ、このあたりに関しては単純な経験不足ともいえるが……
散々挑発したあげく、大変な目にあった―――というのもつい先日の事である。
いや、自分でしておいて、言う事ではないと思うが……
「るーの系統神ってだけでも、そういう部分は生まれてくると思うし、そこまで気にすることでもないと思うわよ。ぶっちゃけ、ミントとか、そういうのが無くてもそんな感じだし……」
「ひにゃっ!サ、サクヤちゃん、何を―――」
「それにイレーナが悩んでいるのは、『都合のいい言い訳』を逃すのが惜しいからでしょ?」
「都合のいい言い訳?」
「弓の神になれば、サリアやノアさんと同じように『武器化』も出来るようになると思うんだけど……その『武器』を使うのは?」
「え?ええと、それは……ルドナ君だよね?もちろんイレーナさん本人も使えるだろうけど……」
「そうね。でも、るーって弓は使えたかしら?」
「……一通りの武器の使い方は習ったけど、特別な訓練とかはしてないね……」
「じゃあ、練習しないわけにはいかないわよね?そうなると?」
「ああっ!練習って事にすれば、るー君と一緒にいられる時間が増えるわけだね!」
「そういう事よ」
僕がいろいろと考察している間も彼女たちの話は続く。
とはいえ、結局はイレーナ本人が決める事。他人がどうこう言えるものではない。
だから、自然と話は別方向に流れていく。
「とはいえ、『森の神』は『森の神』で十分なメリットがあると思うし、難しいところよね。世界渡りの後を考えると、能力的に幅のある『森の神』の方が有効な気もするけど―――結局、決めるのはイレーナでしょ?」
「任命するのは、るー君だけどね~」
「いっそのこと、両方試してみたらどうですか?」
「いや、それとすると、かなりの確率で『弓の神』の方が先に来るでしょ。武器ならすぐにでも能力が確かめられるわけだし」
「あ~……」
「まあ、だからこそ、丁度いいのかもしれないけどね」
「え?」
「そろそろ一度、装備の見直しをしておきたかったのよ。Bランクの冒険者がずっと初期装備のままというのも不自然だしね」
そんなサクヤの提案で、僕たちは自分の装備を見直す事になった。
この章が終わるまで、毎日投稿する予定です。