種船・その2
リサの案内で種船の中を見て回る。
とはいえ、パッと見た感じだと、普通の飛空艇と大差がない。
いや、普通の飛空艇がどうなっているのか、乗った事のない僕には正確なところはわからないのだが……僕が耳にした限り、船体を空に浮かせる機関部やそれを補助する翼の部分を除くと普通の船と大差がないとの事なので、想像くらいは出来る。
もっとも、外装・内装共にリサの意思で姿を変えることが可能な種船であるし、別に飛行艇の内部構造を模倣する必要もないのだが……
そもそもリサが種船をお披露目したのは、皆の要望を聞く為であった。
というのも、自由に姿を変えられる種船であるが、その調整には少なからず時間を必要とする。
ちなみに、現在の種船を作り出すのにかかった時間が3ヶ月ほどで、外装・内装・全てをやり直すとなると同じくらい時間を見て欲しいとの事。
とはいえ、おそらくその必要はない。
「これって、リノタ帝国の皇族専用船並みに豪華なんじゃないからしら?バーやサウナまであるし……」
「『ネッコット』で拾ってきたモデルをそのまま再現しただけなんだけどね~」
「というか、あきらかに広くないですか?外から見た感じだとこれだけのスペースはなかったように思うのですが……」
「それは『空間拡張』を使っているからだよ~」
「ここまで整っていると、このままここで暮らせそうですね……」
「あ、そういうヒトも結構いるって話だよ。根を張ったあとの種船はそのまま最初の世界の核にしちゃう事が多いから、種船を作る段階で頑張っておく方がいいみたい。とはいえ、あんまり張り切りすぎてもダメみたいだけどね~」
種船は十分な居住空間を有していたし、各種設備もこれ以上ないほど充実していた。
それこそ夏に泊まったリゾートホテルと比べても遜色のないレベルで、各自の個室もちゃんと用意されている。
ちなみに―――
「あ、ここがるーくんのお部屋だよ」
「なんだか変わった部屋ね」
「広いのは広いですけど、あんまり物がありませんね」
「あ、それはここが『ワシツ』だからだよ~」
「あっ、ホントに『和室』ですね」
僕の部屋は『ワシツ』と呼ばれる独特な部屋。
もともと『チキュウ』の『ニホン』と呼ばれる国で生まれた独特な様式であるらしく、サヨさんには馴染があるものらしい。
で、リサが何故、それをチョイスしたかというと―――
「『ワシツ』はね~、『オフトン』を並べれば大勢で寝られるんだよ~」
―――というのが理由らしい。
何故、僕の部屋で大勢が寝る必要があるのか?とか、そんな野暮な突っ込みはなし。
あと、普段実体化していない精霊たちやミントの『妄想の果て』で過ごしている天使たちにも部屋は用意されていた。
というか―――魔妖花四姉妹に至っては、既にここで暮しはじめている。
「リサ様に一時神化させてもらったんですよ」
「お花の神様に任命されたです~」
「おかげで移動も楽になりました」
「リサ様の従者としていっぱいお世話するですよ~」
ルネたち四姉妹は僕たちがレスファリア森林国に行く前から種船の構築に手を貸していたらしく、その時に一時神化も受けたとの事。
もっとも、彼女たちに分け与えられたマナはそれほど多くはないようで、一時神化に必要な分だけ与えられたという感じ。
「ルネちゃんたちは妖精さんや小精霊さんたちのリーダーになってもらったんだよ~」
「種船の事は私たちにお任せなのです~」
「といっても、人化出来るのは私たちだけだから、あんまり沢山仕事を持ってこられても困るんだけどね」
「やっぱり『ナイト・ガーデン』でもう少しスカウトしてくるですよ~」
「いや、それはもうちょっと待ってね。皆にも許可をもらわないといけないし―――」
更にいうと、種船には『精霊の森』で暮らしていた妖精や小精霊の一部が『船員』として雇われているらしく、四姉妹はそのまとめ役でもあるらしい。
ただ、そこには少々問題もあるようで……
「種船を動かすだけなら私一人でも問題ないんだけど、細かい事とかになるとどうしても人手は欲しいんだよね~」
「一人や二人なら自分たちでどうにか出来たかもしれないけど、二十人以上が共同生活をするとなると、そういう人手も欲しくなるわよね……」
「とはいえ、誰でもいいというわけにもいかないし、そこも皆と相談したかったんだよ~」
―――との事。
◆◆◆
船内を一通り見て回った僕たちは、船橋に移動し、改めてリサから話を聞く。
「―――というわけで、出来れば船員を増やしたいんだけど……」
「そこまでマナに余裕があるわけでもないと……」
「必ずしも一時神化させないといけないわけでもないんだけどね~。今、協力してくれているコたちも『落ち着いてからでいいよ』って言ってくれているし」
最初の議題は先程もあがった船員の問題。
種船は動かすだけならリサの意思ひとつで問題なく動かせる。
だが、船内にある多数の施設をリサ一人で管理するのは難しい。難しいというだけで、一応、出来なくもないとの事であるが……多くの施設が半自動化されているとはいえ、人手の有無はやはり大きいらしい。
となれば、妖精や小精霊たちにもっと協力してもらえばいいと、僕は単純に考えたのだが―――
「るーはどれだけ彼女を作る気なのよ……」
「……え?」
その場にいた全員からジト目を向けられ、僕はその意味に気づく。
「私たちについていくっていうのはそういう事だと思うんだけど?単なる移住じゃないんだし……」
「落ち着いた後に……神化して……ナニをするのって話でしょ……」
「い、いや、でも……協力者の同行はアリなんだよね……?」
「うん。それは普通にありだよ~。だけど、それとこれとは話が違うんじゃないかな~?」
「今、重要なのは、彼女たちの動機でしょ……」
「ルドナちゃんと一緒にいたいからついてくるというコを、私たちが止められるはずもないですしね……」
「………」
協力者の同行は世界樹とそのパートナーが認めれば問題はない。
問題はないが……それとは別な次元で非常にデリケートな問題を抱えていた。
「まあ、最後に決めるのはるーくんだしね~。協力してくれるというのなら、私はそれでいいと思っているんだけど、皆はどうかな~?」
「そうね。そこは本人同士で話し合ってもらうことよね。だから、協力者については反対しないわよ」
「そうですね。私もそれでいいと思います。あと、ルネさんたちの提案にも賛成します。協力してくれるヒトが多いというのは、決して悪いことではありませんから」
リサの問いかけにサクヤとミントがニコニコ笑顔で答える。
まあ、今の僕からするとその笑顔が恐ろしいわけだが……
「ん~……リサちゃん、ちょっと質問いいかな?」
そんなひりついた空気の中で手を挙げたのはイレーナ。
つい先日、神人になったばかりのイレーナは、世界渡りについての理解が僕たちの中でも一番浅い。
あと、物怖じしない性格なので、こういう場面にめっぽう強い。
「え?何かな?」
「いや、あのね、世界渡りの事は一通り説明してもらったけど、それで少し疑問というか……男のコは基本ルドナ君しかいないんだよね?それじゃあ、世界渡りについてきたコは、皆、ルドナ君と付き合う事になるのかな?」
「うん?そこは別に強制じゃないよ?」
「ああ、うん、それはわかっているんだけど。でも、そういう事じゃなくて。男のコがルドナ君しかいないんじゃ、ルドナ君と付き合わないと結婚とか出来ないって事になるんじゃないかなって。皆に子供とか生まれれば、そのうち関係なくなるのかもしれないけど……」
「あれ?そのあたりの事ってまだ話していなかった?」
「しばらくの間は自然の成り行きにまかせる感じで―――とは聞いたけど、詳しい話とかは全然だね」
「そっか。それならいい機会だし、その事についてもお話しよっか」
そんなイレーナの質問に答える形で、しばらくの間、リサの話が続く。
「イレーナちゃんにも教えたはずだけど、神様には大きく分けて二通りの子供の作り方があるんだよ~」
内容的にはリサが言葉にした通り、神人たちの子供の作り方であるが―――これは大きく分けて二つある。
ひとつは、自然の摂理に従い、生物としての営み(ぶっちゃけ、繁殖行為)により、子供を成すというやり方。
もうひとつは、お互いのマナを分けあい、意図的に子供を成すというやり方。
具体的な例を挙げると、世界樹として自然な形で生まれたリサは前のやり方で、マリサ様の『分体』として生み出されたレスファリア様たちが後のやり方といえる。
人の感覚からすると違和感があるかもしれないが、世界樹であるマリサ様からすれば数多の世界も自分の一部であるし、その中で自然と生まれたリサは前のやり方に分類されるのだとか。
ちなみにこの話の難しいところは、通常の繁殖行為も突き詰めると、お互いのマナを混ぜ合わせ新しい命を生み出すという点では何ら変わらないという事。そのうえ、真に神クラスの力があれば、通常の繁殖行動でも意図的に子供を成す事が可能となるので、この点でも線引きは難しい。
ただ、あまり細かい事を言っても仕方がないし、大雑把に『分体』を利用したものを二つ目のやり方としている……ぐらいの認識で問題はない。
そもそもこの二つを分けた意図は『分体』を利用した子作りが自然に行うよりも容易に行えるという点にある。
そして、その容易さこそが問題になる事もあるわけで―――
「神化した今のイレーナちゃんなら、作ろうと思えば、るー君の子供もすぐに作れちゃうんだよ」
「はい?」
「イレーナちゃんの中にはるー君が分けたマナがあるでしょ?だから自分のマナとるーくんのマナを混ぜ合わせて、新しい命にすれば、二人の子供って事になるでしょ?」
「え……あ……そ、そうなるの……?」
「だけど、それを皆がやり出したら、大変な事になるよね?というか、やっていいなら、私がするけど―――」
「待って!待って!そんなことになったら、僕がアバン様に殺されちゃうよ!」
「―――というわけで、新しい世界が安定するまでは『分体』を利用しての子作りはナシの方向だよ~。自然に授かった分には問題ないけどね~」
「とはいえ、寿命がない神人だからね。そう簡単に子供は出来ないと思うわよ」
「無理してマナを消費するとリサちゃんも危ないって話ですし、ある程度リサちゃんが回復するまで、ヒトを増やすこともしないという方針です」
あらゆる生命の誕生には元となるマナが必要とされる。
それは世界であっても変わらない。
世界樹が新しい世界を産みだす為には莫大なマナが不可欠であり、世界を作り出した直後に無理を重ねれば、世界樹そのものが危うくなる。
それが世界を渡った直後の世界樹であればなおさら。
「だけど、世界を安定させる為にも人―――というか、意思ある者は必要になるんだよね~」
「マナを効率良く循環させるシステムか……」
「世界樹が吸い上げたマナを世界に留めるのが『皆の意思』なんだよね……」
だが、その一方で、世界を維持するという点では意思ある者の存在が必要となる。
そして、これに関しては質よりも量が求められる。
意思のほとんどは他者との関わり合いの中で生まれてくるものなので、数を揃える方が重要となるからだ。
いや、一応の法則性として、強い意思の方がマナを多く引き寄せるというのはあるのだが……強い力を持つ神様でも、何の変化もない世界でただ一人存在するだけでは思考する意味がなくなり、そのうち考えるのをやめてしまう。言ってみれば、それを向ける対象があってこその意思なので、その対象は多い方が良いのだ。
「やっぱり最初はパパやママのマネをするのがいいと思うんだよね~。最初から無理しても仕方がないし」
「『あれんじ』は『きほん』が出来てからからって、チキュウの料理本にも書いてあったのだ!」
「過去に学ぶのは大事よ。でも、その過去が私たちにとっては神話で語り継がれるくらい昔だというのが問題なのよね……」
「といいますか……私たちの住むこの世界もマリサ様の生み出した世界の中ではわりと後発らしいのですが……あ、でも、マナを循環させる基本構造はそこまで変わらないのでしたか?」
「ママたちの考えたマナの循環はよく出てきているって評判だからね。水の循環を参考にした『おーそどっくす』なタイプらしいけど、地下をダンジョン化することで、マナをほどよく停滞させているんだって」
ちなみにマナを循環させる基本構造は水のそれと酷似している。
純化した状態のマナを大気中に漂う水蒸気、意思を核に姿を変えた状態を水や氷と捉えてもらえば、この例えはわかりやすいと思う。
―――で、長々と世界の根幹に関わるシステムについて話をしてきたわけだが……
「『しばらくの間は自然の成り行きにまかせる』っていうのは、私たちがわざわざ何かをしなくても、世界がそのうちヒトを生み出すからだよ~。私たちも世界の一部であることにはかわりはないし、私たちの意思から生物が生まれるなら、こちらの世界とそんなにかけ離れた存在にはならないはずだしね~」
「放っておいても私たちの意思をくみとって、この世界と似たような世界になるというのなら、無理に手を加えることもないって話ね」
「なるほど。それなら確かにその方がいいのかも」
リサやサクラが言うように、僕たちが何もしなくても今の世界と似たものとなるというのであれば、無理をする必要はない。
精神生命体である神人はマナさえあれば生きていけるし、必要なものを新しく生み出す力もそれなりに持っているので、それらを待つ時間くらいはある。
更に言えば、僕たちは協力してくれるものも多い。
「というか、六属性の精霊が揃っているだけで、かなり楽になるっぽいよ~。ママたちの時は精霊が生まれるようになるまで、だいぶ時間がかかったっていう話だし」
「あ、そうなんだ」
「むしろ、世界を渡る時点でこれだけ神様がいるって方が珍しいんだよ~。協力者を数名連れていくって程度ならそれなりにあるんだけどね~」
「へ~……」
「いや、あの……なんで皆、こっちを見るのさ……」
「「「別に~」」」
まあ、だからこそ、時折、問題も生まれるのだが……
この章が終わるまで、毎日投稿する予定です。