妄想の中で
ありていにいえば油断していたのだろう。
昼間の冒険と『神層世界』の訓練で疲れ果てていた僕は、今朝の出来事をすっかり忘れ、完全に熟睡していた。
だから―――
(あれ?ここは……?)
気が付くと僕はやたらとメルヘンチックな部屋にいた。
童話などで出てくるお菓子の家をそのまま実現させたような空間で、部屋の中央には天蓋付きのベッド。
その天蓋付きのベッドの中から声が掛けられる。
「……お、遅いよ、ルドナちゃん……」
「ごめんね、ミント」
その声に謝ると、僕はベッドへ歩み寄り、その上にあがる。
(あれ?なんか身体が勝手に動くんだけど……)
ふかふかのベッドの上にはやはりミントがいた。
ただし……ミントは全裸であった。
(は?えっ?なんで?)
思わず思考が停止する。
「え?ミント、その恰好は……?」
僕の口からそんな言葉が出たのも当然ではあった。
ただ、正確に言うと、ミントは全く何も身につけていないわけではない。
赤いラッピング用のリボンで肝心なところは隠していたりする。
「あ、あうぅ……あ、あのね……ルドナちゃんはこういうのが好きだと思って……」
「……そうなんだ……」
「あ、あの……ダ、ダメだった……?」
「ううん、そんな事ないよ。僕のために準備してくれたんでしょ。ミントのその気持ちが嬉しいよ」
(は?え?何言ってんの、コイツ!いや、好きか嫌いかで言えば好きだけどっ!そういう事じゃなくて―――)
自分の意識と乖離して動く自分の身体。
もちろんミントと会話をしているのも僕の意思ではないわけで―――まるで他人に身体を乗っ取られたかのようである。
「でも、いいの?ミントのこんな姿見ちゃったら……我慢できないよ?」
僕の身体がミントの耳元に顔を寄せ、囁く。
(お、お前っ!ふざけるんじゃないぞっ!僕の身体でミントに手を出すとか、そんなの絶対に許さないからな―――)
一気に頭に血がのぼり、誰とも知れない相手に底知れぬ殺意を抱いた、まさにその時―――
ドゴ~ン!
そんな爆音と共に、板チョコのような扉が吹き飛ぶ。
「だから、抜け駆けはダメだって~!」
「さすがむっつりミントね……まさか、昨日の今日でるーの監禁を企てるなんて……」
吹き飛んだ扉に続いて姿を現したのはリサとサクヤの二人。
「え?な、何?」
「え?リサちゃんに、サクヤちゃんも……?な、なんで……?」
突然の二人の登場に唖然とする僕とミント。
この時、僕は僕の意思で声が出せるようになっていたのだが、そんな事にも気づいていない。
「あら?まさか、自分の妄想の世界なら私たちに手出しが出来ないとでも思っていたの?」
「え……?も、妄想……?」
「ミントの妄想がるーの精神を引きずり込んだように、精神を飛ばせば私たちでもこの世界に干渉ぐらいできるわよ。さすがに侵入するのは手間取ったけどね」
「……せ、精神を引きずり込んだ……?」
「え……?あ、あの……ミント……あなた、まさか―――」
「サクヤちゃん、サクヤちゃん。ミントちゃんは多分無自覚だと思うよ?るーくんの精神が無防備だったから、それを呼び込んだだけで、自分の妄想がひとつの異空間を生み出している事も、それがるーくんの精神を取り込んでいる事も気が付いてなかったんだよ。そのせいでるーくんも混乱していたみたいだしね」
「……え?僕?」
「ここはミントちゃんの妄想の世界だし、今のるーくんはミントちゃんの妄想が生み出した理想のるーくんなんだよ。それに本当のるーくんの精神が乗り移っていたから、いろいろと混乱しちゃっていたみたいだね」
「ええと、つまり……さっきまで僕の身体を動かしていたのはミントって事?」
「うん」
ここがミントの生み出した妄想の中であるというのなら、ミントが作り出した妄想の僕がミントの思ったとおりに動くのは当然である。
僕はリサの言葉でようやくと事態を理解できた。
だが―――理解してしまったために追い詰められた者もいる。
「あわ、あわわっ……こ、ここが私の妄想で……で、でも、ここにいるルドナちゃんは本物で―――」
それはもちろんミントである。
自分の恥ずかしい妄想を全く予期しない形で自分以外の人に知られてしまったのだ。取り乱すのも当然である。
「ダ、ダメぇ!消えてっ!消えてぇ!これは何かの間違いっ!間違いなんですっ!」
だからミントは頭を左右に振って、自分の妄想をかき消そうとしたのだが―――
「あ~……残念だけど、それは無理だよ……」
そんなミントにどこか気まずそうに告げるリサ。
「……え?な、なんで……?こ、これが私の妄想の世界なら……」
「ミントちゃんの妄想がるーくんの夢をとりこんだからだよ」
「……ふぇ……?」
そして、サクヤも困ったように頬を掻きながら告げる。
「いや、昨日も言ったけど……るーがこの状況で終わりになんてしてくれると思う?」
「えっ……?」
「それ……」
「アッ……」
最初は意味がわからなかったようであるが、サクヤがミントの身体を指さしたことで、ミントも自分の状態を思い出したようである。
慌てて手で身体を隠すものの、既に手遅れなのは言うまでもない。
「ここはミントちゃんの妄想の世界であると同時に、るーくんの夢の世界でもあるからね。ミントちゃんが妄想を止めただけじゃ、この世界はなくならないんだよ」
「……というか、ミントはむっつりスケベだからね。止めようと思っても止められないでしょ」
「わ、私、そんなんじゃ―――」
「いや、ミントちゃん……流石にその格好だと何を言っても説得力はないと思うよ?」
「はうぅっ!」
「……だとすると……僕が夢から覚めれば―――」
「あら、るー。貴方はこんな姿のミントを前にして、我慢できちゃうの?」
「えっ……そ、それは―――」
「ここはるーの夢でもあるんだし、るーの好きにしちゃえばいいのに……」
サクヤが僕の耳元に顔を寄せながらそんなことを囁く。
しかし、それは見せかけだけ。
「あのね、るー……ミントは予期せず裸リボンなんて大胆すぎる行為に出ちゃったのよ。ここでるーにスルーされる方が絶対に面倒な事になると思うんだけど。あのコ、こういう事に関しては本当に尾を引くし……」
「……た、確かに……」
最後に小声で囁かれたのは忠告。
奥手なミントは恋愛が絡むと小さな事でもうじうじと思い悩んでしまうタイプであり、些細な失敗を気にして、どんどんネガティブな思考に陥るという悪癖がある。生真面目な性格なので、普段から考えすぎる傾向があるのだが、苦手とする恋愛という分野ではそれがより顕著になるのだろう。
ついでに言えば、サクヤがミントを頻繁にからかうのも、ミントの思考が負のスパイラルに陥る前に怒りで発散させるという狙いがあってのもの。もちろんサクヤが楽しんでいるというのも間違いではないが……
「なによりこれはミントの妄想なんでしょ?なら、るーが遠慮する必要もないと思うけど?」
「……うん、それもそうだね」
結論は出た。
「え?あ、あの、ルドナちゃん……?」
「言ったでしょ。こんな姿見ちゃったら……我慢できないって」
それはミントの妄想が言わせたセリフであるが、今は僕の本心でもある。
「いや、あの、でも―――」
「ミントちゃんもそろそろ覚悟を決めちゃおうよ」
「今のミントはるーへのプレゼントなんでしょ?一度あげたものを取り上げるなんてしちゃダメでしょ?」
「そういうわけで、いただきま~す」
リサとサクヤの後押しもあり、僕はミントの上に覆いかぶさった。
幼なじみ三人の中で一番目立っていなかったミントのターンです。
もともと(三人の中では)控えめなキャラにしようとは思っていたのですが、こういうコを上手に話に絡ませていくのは難しいですね。
やらかし系ヒロインでもあるので、今回みたいな話で話を広げられる分マシなんだろうけど……大人しいキャラを大人しいキャラのままで魅力を引き出せるようになりたいです。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。