新たな婚約者
「―――後の事は任せましたよ、イレーナ」
「はい、レスファリア様」
トリーシャさんとの口論に一区切りついたところで、レスファリア様は帰っていた。
もともと人の世の出来事に極力干渉しないというのがレスファリア様のスタンスであるし、この場にやってきたのはリサの付き添い―――トリーシャさんがリサに何かするのではないかと警戒したからである。
トリーシャさんに敵対する意志がない以上、レスファリア様も特にやることがない。
それに、神という存在はそこにいるというだけで影響力が大きい。
僕たちはこれから今後の事について話し合うつもりなのだが、レスファリア様の発言はそれが何気ない一言でも結果を左右しかねない。
まあ、この場に残っている中で『神人』でないのはイレーナ王女だけなのだが……
「それで―――どういう事なのか話してもらえますよね?ルドナ君」
イレーナ王女がとてもいい笑顔を浮かべながら顔をぐっと寄せてくる。
トリーシャさんの一睨みでガタガタ震えていたのが嘘のようであるが、あれには敵意や殺意が込められていなかったので回復も早かったのだろう。
とはいえ、苦手意識はきっちり生まれていたようで―――
「ああ、うん、それも話すけど、まずはトリーシャさんの方の話を―――」
「うっ……」
僕の提案にイレーナ王女が短く呻く。
ただ、話を振ったトリーシャさんの方が僕たちの話を先にするべきだと告げる。
「私の話は後でいいですよ。ルドナ君たちの正体を知らないと説明しにくい部分もありますから」
そんなわけで、僕たちはイレーナ王女にリサを紹介し、自分たちがどういった経緯で神人になったのかを説明する。
とはいえ、話そのものはそこまでたいしたものではない。
リサが世界樹であったからそうなったというだけで、それがなければ、『僕が幼なじみ三人と付き合う事になった』で終わってしまう話だからだ。
「なるほど。新たな世界樹とそのパートナー、ね」
「リサが世界樹であることが発覚するといろいろと面倒な事になるから隠していたんだ。その……エルフは世界樹の気配に敏感だと言う話もあったし……」
「まあ、そうね。別に間違ってはいないんじゃないかな?長老衆とかに知られたら確実に面倒な事になっていたと思うし……」
神人である事を隠していたことについても、イレーナ王女は素直に納得してくれたので、こちらの話はそれでおしまい。
あとはトリーシャさんの方の話となるのだが―――こちらもカムロークとのやり取りの中で大半が明らかとなっていたので、そこまで時間はかからない。
「もともとザイオン王子はカムローク翁たちの裏の意図を暴いてネア王女への手土産にするつもりだったんですよ。とはいえ、遠く離れた帝国の地から全てをコントロールするなんてことはいくら権謀術数に優れた彼でも容易い事ではないですし、いろいろと想定外の事態も発生しました。まあ、彼はそれを含めて楽しんでいたのですけどね」
「楽しんでいた……ですか……?」
「それぐらいでないと帝位争いなんてできませんよ。ただ、そんな彼でも流石に神の介入なんていうのは手に余るとの事で、私に事態の収束をお願いしてきたのです」
「それ、本当はアナタの方から持ち掛けたのよね?」
「私がしたのは貴方たちがリサ様のパートナーであると教えてあげただけですよ?」
「それはもうほとんど同じ事なのでは?」
「いえいえ、そうでもないのですよ。ザイオン王子の言葉をそのまま伝えますが―――『神に喧嘩を売るほど私は愚かではないよ……ただ、男は時に愚かにもなるからね。その男が私の敵となるとなら、例え神であったとしても私は全力で挑ませてもらうよ』との事でしたし」
「……え、それって―――」
「……ネア王女にまで手を出すようなら相手をするって事でしょ……」
「私としてはそちらの展開も見てみたかったのですが、ザイオン王子にはこれまでいろいろと楽しませてもらいましたし、彼のお願いを断るのも悪いかなぁと思いまして」
「……なるほど。だから、るーの反応を窺ったのね……」
「ええ、そういう事です」
「いや、あの……どういう事?」
「ザイオン王子はるーと同じようなタイプなんでしょ。だから、線を引いたのよ」
「線?」
「ルドナ君は先程、確かに言いましたよね?イレーナ王女は僕の『許嫁』だって」
「僕の……って事はそう簡単にヒトには譲れないでしょ、るーくんの場合」
「逆に、釘を刺された形のネア王女にはちょっと手を出しづらくなりましたよね。元から好意を抱いていたとかなら話は変わりますが」
「ルドナ君もザイオン王子もわきまえるところはわきまえるけど、女のコが好きというところはかわらないって事?」
「自分で女好きを公言しているくらいだし、皇族なら姉妹共にと考えてもそこまでおかしくはないんじゃない?」
「あ~……」
唯一時間がかかったのは、トリーシャさんが今回の事件に何故絡んできたのかという部分。
いや、僕としてはそこに至るまでの女性陣の話も問題ではあるのだが……
「今回、私は途中からの参戦でしたからね。そうでなければ、エルフの美姫姉妹をめぐって二人の男が争う展開にしていたのですが―――」
「おいぃぃぃぃぃっ!」
「おや?私は何かおかしな事を言いましたか?」
「うん!うん!おかしなことしか言ってないよねっ!」
「え、でも、エルフの女王がルドナ君の母親と約束したのは、『お互いの子供を結婚させる事』ですよね?それなら、そのお相手はネア王女の方でも構わないですよね?」
「……え゛……」
トリーシャさんの言葉に思わず固まる僕。
そして、そんな反応をすること自体がある種の答えになってしまっている。
「るーくん……」
「るー……」
「ルドナちゃん……」
「ルドナ君、流石にそれは……」
「い、いや、違うから……今のはそういうのじゃないから……」
女性陣の視線に思わず意味のない言葉を並べてしまう。
だが、そんな僕に―――
「じゃあ、どういう事なのか、きちんと説明してもらいましょうか」
―――ニッコリ笑顔のイレーナ王女が僕の腕を捕まえる。
まあ、その目はちっとも笑っていないわけだが……
(あ、詰んだ……)
この時、僕は己の運命を悟った。
◆◆◆
それからもいろいろとあった。
あったのだが―――詳細は省かせてもらい、重要そうなところだけ記しておく。
まず、事件を企てた回顧派の長老たちであるが―――これは全員捕まった。
ただし、処罰の方はもう少し先の話になるようである。
というのも、カムロークが全ては首謀者である自分の責任だと主張し、他の者たちの減刑を願い出ているのだとか……
とはいえ、自国の姫に危害を加えようとしたのだから、中々に難しい話ではあるが……
次にトリーシャさんだが、彼女はザイオン王子に報告しないといけないからとその日のうちに去っていった。
まあ、帰る前にザイオン王子とネア王女の会談の機会を作ってくれるように言付を頼まれたわけだが……これは僕たちがどうこうしなくてもおそらくそうなるはずである。
ザイオン王子は事件の関係者であるが、他国の王子。
話は聞いておきたいが、そう簡単にはいかない。
事件を公にするのもあまり得策ではないし、事件と関係ない名目でザイオン王子と接触を図るというのが無難な選択肢になる。
だとすれば、ネア王女が出てくる可能性は高い。
というか……人伝とはいえ、『神に喧嘩を売ってでも貴方を手に入れる』と宣言されたようなものだしね。姫将軍と謳われるネア王女が逃げ出すような事はしないと思うのだ。
まあ、そこから先がどうなるかは流石にわからないが……上手くいくといいんじゃないかとは思う。
最後はイレーナ王女。
いや、ここはもうイレーナと呼ぶべきだろう。
イレーナの希望は叶った。
女王様ももともと王宮に収まるようなコではないと考えていたらしく、イレーナは僕の『婚約者』として、僕たちと行動を共にする事となった。
ちなみにこれに関してはレスファリア様の口添えもあったようで、『新たな世界樹のパートナーに協力するのはエルフにとっても世界にとっても望ましい事である』みたいな神託が女王や一部の長老たちに極秘でもたらされたのだとか。まあ、そうでもなければ、あんなにスムーズに話が進む事はなかったと思うが……それでもここ数日はなにかと大変だった。
そして―――
いよいよシーケの街に戻るというその前日―――僕はイレーナを『一時神化』した。
何故か……?
それは限界だったからだ。
「あ、あの、ルドナ君……?」
「ここまでずっとお預け喰らわせてくれたんだから、覚悟は出来ているよね?」
「ま、まあ、これを逃すと『二人きり』っていうのは難しくなりそうだし……リサちゃんたちにも今日が最終期限と通告されているから、覚悟はしているんだけど……出来れば優しくして欲しいかな~、なんて。ほ、ほら、たとえ『夢』でも、私は初めてなんだし―――」
「ちょっ、ここでソレとかっ……いや、うん……わかった。わかったけど……そのかわり、今夜は寝かさないからね。それだけは覚悟しておいてね」
なんとかそう取り繕ったものの、正直、どこまで自分を抑えられるのか自信はない。
イレーナが僕にモーションをかけるようになってから、僕の彼女たちの間でイレーナの邪魔をしないという協定が出来上がっていたらしく、この二週間ほどはまったくそういう機会がなかったのだ。
まあ、そうでなくても、リサたちはレスファリア様のところにいたし、シーケでお留守番をしているサヨさんたちの事もあるので、そこまでかわらなかったのかもしれないが……それはそれというヤツである。
こちらが手出しできない状況でさんざん挑発されたのだから、少しぐらいの仕返しは許されると思うのだ。
だから―――ついやり過ぎてしまった。
「きゅうぅぅぅ~」
「や、やられた分はきっちり返したな、ウン……」
そう誤魔化すものの、ぐるぐる目をまわすイレーナは回復する兆しを見せず……
(あ、やばい。とうとう『起こしに来た』みたいだ……)
「おはよう、ルドナちゃん。昨日は随分と『お楽しみ』だったようですね。もうお日様も随分上がっていますよ」
「お、おはよう、ミント……」
ミントに起こされた僕は、これからの事を考えて胃を痛めるのだった。
7章本編はこれで終了です。おまけのキャラデータは翌日投稿予定です。
8章はまた少しお時間を頂きます。