神造素体(ハイ・ホムンクルス)
サクヤは元素魔法の他に錬金術にも精通している。
当然ながら『人造素体』についてもかなりの知識を持っている。
「こいつら『神の力』を宿しているっ!皆、絶対に油断しちゃダメだよっ!」
だから、僕が気付いた事ぐらいサクヤも気づいているし、それ以上の事だって判っている。
(なるほど。『神の力』ね)
それでもそんなふうに納得を示したのは、僕がその言葉を選んだ意図を理解してくれたからだ。
実のところ、僕の警告は少しばかり誤解を招きかねないものだった。
というのも……一般的に『神の力』といえば、真っ先に連想するのが『加護』。
僕の言葉を状況と合わせて解釈するなら、「妙な『加護』を持っているから気を付けろ」といった感じだろうか。
だが、神人である僕たちからすると、『神の力』は言葉通りの意味になり、『加護』以外のものも含まれる。
つまり―――
(人が作った『人造素体』じゃなくて、神が生み出した『神造素体』というわけね)
―――彼(彼女?)らに与えられたのは、神が作り出した『肉体』である。
ただし、それだけとは限らない。
(だとすると、核に収まっているのは神の分体の可能性もあるわね)
(核が解析できないのはその為ですか?)
(他の理由があるのかもしれないけど、『神の力』で隠蔽されていると考えた方がいいと思うわ。だから―――)
(―――『神の力』で隠された武器や能力があってもおかしくはない……でしょ?)
(その通りよ)
僕たちが手にした情報は少なく、わからない事もまだまだ多い。
そのうえ僕たちの情報共有は完全ではない。
(そうすると、危ないのは王女様だよね)
(『神造素体』がどの程度の実力かはわからないけど、イレーナ様も『神の力』は想定してないでしょうからね。ノアさんは彼女の守りを優先してちょうだい。こっちは自分でなんとかするわ)
(うん)
僕たちは自分たちが神人であることをイレーナ王女に話していない。
それ故に話せることも制限される。
もちろん、今話すようなことでもない。
(……話した方がいいのかな?)
(るーがそうしたいなら止めないけど、今の段階で彼女に秘密を預けるのはオススメしないわよ。それに、それを考えるのはここを乗り切ってからでもいいでしょ)
(確かにそうだね)
黒フード改め、神造素体たちとの戦闘は始まったばかりである。
あまり余計な事を考えていると、足元を掬われかねない。
◆◆◆
仲間を倒されても神造素体たちの動きに目立った変化はない。
再び距離をとり、じりじりと間合いを詰めるという展開に戻ってはいたが、武器に手をかけず、魔法を行使する素振りも見せないところは同じ。
(何が狙いなんだ?)
正直なところ、僕には相手の狙いが全く読めていなかった。
すでに一人斬り倒している以上、武器に手をかけない理由などないように思えたのだ。
(いやいや、理由なんていくらでもあるでしょ。例えば―――手の内を見せたくないとか)
しかし、サクヤの考えは違った。
(相手の狙いはイレーナ王女の奪取でしょ。それなら、護衛は別に倒さなくてもいいわけだし……ミント、念の為、全員に【毒抵抗付与】をお願い)
(わかったよ)
心話による指示を受けて、ミントが【【毒抵抗付与】を全員にかける。
(毒?)
(可能性のひとつよ。私たちの感知を潜り抜ける『神の力』で毒を撒かれたら厄介でしょ)
(確かに……)
神人である僕たちは状態異常に高い耐性を持っている。
しかし、全く効かないというわけではない。
やり方次第ではあるが、神の耐性に穴を開ける事も可能なのだ。
そして、『毒』を用いた攻撃は比較的穴を開けやすい傾向がある。
その理由を簡単に説明すると―――肉体を顕現させる際に『毒が効かない自分』というイメージを織り込みにくいからだ。
いや、これだけだと『何を言っているのか?』と思うかもしれないが……これは『毒』とは何を指すのかという定義づけの問題が絡んでくる。
分かり易い例えをあげるなら『薬』と『酒』だろうか?
よく言われることだが、『薬』も過剰に摂取すれば『毒』となる。
それに『薬』の中には普通に副作用のあるものもある。
しかし、それら全てを『毒』とするのは乱暴だろう。
まあ、神人が『薬』に頼るようなことは滅多にないので、薬品による効果を全て無効にしてもいいのだが……
それならば『酒』はどうだろうか?
酩酊状態を一種の状態異常と捉える事で、『毒耐性』を持つ者はアルコールを分解する事が出来る。
だが、常時『毒耐性』をONにしておくと、当然ながら酒に酔えなくなってしまう。
それを嫌い『毒耐性』持ちでも酒を飲む時には『毒耐性』を切る者が多いのだが……その結果、『毒耐性』を持っているのに、毒殺されるなんてことも起こってしまうわけだ。
要するに、どこからどこまでを『毒』として無効化するのか、はっきりしたイメージがないと思ったような効果は得られないという事なのだが、そのイメージを得るためには『毒』に関する知識が必要になるという話。
更に詳しく説明すると他にもいろいろとあるのだが、神の耐性も万全ではないとわかってもらえれば今のところ問題はない。
そして―――
「あっ!ノアさん!蛇!蛇に気をつけて!」
「えっ?あっ!うん!」
実際、サクヤの読みはいいところを突いていた。
神造素体たちが武器も魔法も使ってこなかったのは、こちらを躊躇わせるという思惑と、自分たちに注目を集め、足元を這う蛇もどきの存在に気付かせないようにする為。
そうでなくとも、森というのは死角が多い。
加えて、様々な生き物が住まう場所でもある。
魔力探知にしろ、生命探知にしろ、一定以下の小さな反応は無視するのが基本となる。小さな虫や草木にまで反応していたら、きりがなくなるからだ。
ちなみにミントが見つけた蛇もどきは蛇に似た『ナニカ』。
体長は15cmほどで、目はなく、大きな口だけがある。
そして、それは―――『麻痺毒』を持つ『魔法生物』だった。
「ちっ!気づかれたかっ!」
蛇もどきの存在に気づかれた神造素体たちが、ここでようやく声をあげる。
同時に動きを変えた。
そのパターンは大きく分けて二つ。
僕やミントと対峙していた神造素体は、武器に手をかけたり、魔法の詠唱に入ったりしたのだが、王女たちを取り囲むグループは、先程、僕に仕掛けたように素手のまま突撃を敢行した。
その理由は彼らの手に収められた魔法の道具にある。
「なるほど、『転送符』ねっ!ノアさん!イエナさん!触れらたらダメよ!強制的に転移させられるわ!」
『転送符』は転移魔法を部分的に再現する魔法の道具で、本来はダンジョン内で危機的状況から離脱するために用いられる。
魔法を再現する『呪符』は非常に高価なうえ、使い捨てが基本となるので、普段使いは難しいのだが、『転送符』はそんな中でも最上クラスの高額アイテム。一流クラスの冒険者でもホイホイ買える代物ではない。
ちなみに、このての転移魔法は対象が抵抗とすると、効果を発揮しないものがほとんどであるが、そのあたりはなんらかの対策がなされているのだろう。
神造素体たちの作戦は用意周到な上にかなりいやらしいものであった。
だが―――
「【スター・シールド】展開っ!モード、セブン・コメット!」
神造素体が仕掛けてきた事で、ノアさんも星の盾を起動させる。
3人に襲い掛かったのは5体の神造素体であったが、その全てが自動で迎撃する7枚の星の盾に行く手を遮られた。
盾の神であるノアさんの防衛能力は群を抜いている。
だからこそ、僕とミントは安心して迎撃に専念できるのだ。
作中の毒耐性云々ですが、神人であるルドナたちは精神体に戻ることで毒を無効化できます。また、『即時復活』を利用して肉体を捨てるという方法もあります。
ただ、イレーナに正体がバレる危険性があるので、どちらも使えないという前提です。
7章が終わるまで毎日更新する予定です。




