人造素体(ホムンクルス)?
「ちょっとくっつきすぎじゃないですかね?」
「え~っ、これぐらい普通だよ~」
「いや、でも、少し歩きにくいし……」
昨日と同じように森の中を探索するその最中―――
僕は腕を抱え込むように抱きつているイレーナ王女にやんわりと苦言を呈した。
しかし、それは聞き入れてはもらえない。
「これぐらい別にいいでしょ。それとも『ダーリン』は私と腕を組みたくないとでも~」
「い、いや、そういうわけじゃ―――」
「じゃあ、いいよね~」
聞き入れられない以上、今の僕の立場では強く突き放すようなことは出来ない。
僕たちは『イエナに気に入られ、付きまとわれている』という体裁で、イレーナ王女と行動を共にしているので、その演技を破綻させるようなことは出来なかったからだ。
だから、ある程度は受け入れるしかないのだが……
「ここまでする必要はないんじゃないかな?」
「ルドナ君が私を連れ去ってくれるなら考えてあげてもいいよ」
「昨日は諦めるって言ってなかった?」
「うん。だから昨日は諦めたでしょ?」
「……ああ、なるほど……」
イレーナ王女の返答に僕は思わず天を見上げる。
母さんに憧れる彼女が一度決めた事をそう簡単に諦めるはずがないと、妙な納得をしてしまったからだ。
もっとも、納得したからといって対処法があるわけではない。
(……この場合はどうすれば……)
思わず助けをもとめ、サクヤたちに視線を向ける。
(知らないわよ、そんな事)
(ルドナちゃんの好きにすればいいよ)
(ノ、ノーコメントで……)
その答えは三者三様であったが、助けとなるようなものはなにひとつない。
むしろ、現状のマズさをより鮮明にする。
いや、まあ、当然といえば当然だが―――恋人が自分以外の人とベタベタしているところなど、見ていて面白いものではない。いくら事情を把握していても、不満の一つや二つは出てくるものだ。
だが、現在の状況だとそれを表に出すのも難しい。
結果として、三人はフラストレーションを溜める事になる。
そして、それが誰に向かうかといえば……僕しかいない。
(あ、あれ?なんで僕、こんな窮地に追い詰められているの?)
気がつくと僕の逃げ場はなくなっていた。
昨夜のイレーナ王女の提案を拒否した以上、僕が現状で取りうる手立ては、今の作戦を続行する以外にない。
いや、依頼を放棄するとか、イレーナ王女を見捨てるとか、手段を選ばないというのならないわけではないが―――それを選べるくらいならそもそもこんな事にはなっていない。
かといって、今更イレーナ王女の願いを聞き入れるというのも難しい。
あれだけカッコつけておいて、そんなに簡単に手の平を返すようなマネが出来るはずがないからだ。
ただ、見栄を張り続けるというのも決して楽ではない。
なにしろ、彼女は可愛いのだ。
今のような複雑な状況でなかったとしたら、それこそこちらから拝み倒してでも関係を迫りたいぐらいの女のコなのだ。
なのに―――今のままではいくらアプローチされても我慢するしかないのである。
しかも、三人の監視付き。間違っても変なことは出来ない。
(どんな精神修行だっていうんだよっ!)
僕が心の奥底で思わず毒づいたのも仕方がないと思う。
◆◆◆
そこから更に二日―――いよいよ事態が動き出す。
「ルドナちゃん」
「うん、囲まれているね。それにかなりの手練れみたい」
すっかり定番となりつつある森の薬草採取の最中。
僕たちを遠巻きに囲む10人ほどの人の気配を感じとる。
いや、正しくはヒトではない。
「この反応は……ホムンクルス……?」
「そのようですけど、何かおかしいですね。よほど特殊な調整でもしたのでしょうか?」
魔力探知や生命探知で索敵していたサクヤとミントが共に怪訝な表情を浮かべる。
『人造素体』は通常、錬金術などで作られた『空の肉体』に、なんらかの『魂』を宿す事で完成する。
それ故に、いくら見た目が人間と同じであっても、探知系の魔法を使えば違いが明確になる。
熟練の使い手であれば、それだけで何の魂を宿しているのか見抜くことも可能。
だから、サクヤとミントが共に見抜けないとなると―――これはちょっとした異常。
「イエナ、この国には戦闘用のホムンクルスとかいるの?」
「ううん、そんなの聞いたことないわ」
「じゃあ、イエナとサクヤはこの場で支援ね。ノアさんは二人を守って」
「わかったよ」
短い指示を出した後、僕とミントはそれぞれ別方向に駆ける。
これは敵がどう動くかを確かめたかったからだ。
とはいえ、ある程度の予測はつく。
相手の狙いがイレーナ王女の身柄の確保にあるならば、突出した二人を最低限の人数で足止めし、残りは王女のもとへ向かうというのがセオリーだろう。
事実、目の前の黒フードたちはそれっぽい動きを見せた。
しかし、その動きが途中で変わり、イレーナ王女のもとへ向かっていた一部が僕の背後に回る。
ミントの方も同じような感じで三人の黒フードに囲まれていた。
ただ、一定の距離は保ったままなので、この時点では分断とまではいかない。
「一応聞くけど、僕たちに何か用なのかな?」
「………」
「答える気はない、と……」
(思った以上に慎重だな)
いきなり取り囲まれたわけだが、相手がしたのはそれだけ。
武器も手にしていない以上、こちらから斬りかかるというのはどうしても躊躇が生まれる。
「なんの用もないのならどっかにいって欲しいんだけどな……」
とはいえ、どう見ても怪しい輩であるし、それなりの対処はさせてもらう。
じりじりと間合いを詰める黒フードたちに僕は最終警告を告げる。
「それ以上近づくようなら……斬るよ」
剣を構えた僕の言葉に、正面に立つ黒フードはニヤリと笑う。
そして、黒フードたちが一気に距離を詰めてくる。
(くっ!厄介だなっ!)
だが、それだけ。
武器を手にする様子もなく、魔法を発動させる気配もない。
警告を無視したのは相手であるから、剣を振るう事に躊躇いはないが―――武器を持たない者を殺すことにはどうしても躊躇いが出る。
もともと僕たちが欲しているのは情報であるし、なんとしても相手を殺したいわけではない。
この段階でのベストな選択肢は相手を全て無力化する事―――そんな判断を下しかけて……気づく。
(ちっ!こいつら―――)
イレーナ王女の『カモフラージュ』を見抜いた時に言ったと思うが、最近の僕は一定周期で視界のものを『魂』で見る癖がある。
だから、黒フードたちが『ただの戦闘用のホムンクルス』ではない事に気が付いた。
「こいつら『神の力』を宿しているっ!皆、絶対に油断しちゃダメだよっ!」
そう声をあげながら、僕は接近してきた黒フードの一人を容赦なく袈裟斬りにする。
地に倒れ伏した黒フードはピクリとも動かない。
『神の力』を宿しているとはいえ、黒フードに与えられた力はそこまで強力なものではなく、少し強めの『加護』を与えられた程度であった。
もっとも、だからといって侮っていい相手ではない。
(こいつら一体何なんだ?)
そもそも僕たちはこの時点でも相手の正体を掴めていない。
いや、ある種の予測は出来るのだが―――それだけではない『なにか』がある気がしてならないのだ。
7章が終わるまで毎日更新する予定です。