それぞれの思惑・その3
僕たちがイレーナ王女と行動を共にして、二日余りが経過した。
この間、相手方に目立った動きはない。
故に、僕たちの方も特段変わったことはしていない。
しいていえば、イレーナ王女が僕たちの泊まる宿に移ったぐらいである。
まあ、冒険者らしくみせる為にそれなりの行動もしていたが、それもたいした活動はしていない。
なにしろ僕たちはイレーナ王女の護衛なのだ。
理由もないのにわざわざ危険なダンジョンに王女様を連れて行くわけにはいかない。
なので、比較的安全な採取系やアイテム作成系のクエストでお茶を濁していた。
ちなみに僕たちのパーティーに加わったイレーナ王女であるがその身分は当然偽っている。
今の彼女は『イエナ』という名の新米冒険者で、冒険者ランクはE。クラスはレンジャー。本当は精霊使いとしても相当な使い手であるのだが、冒険者ランクの関係でそちらは未登録。
あと、『カモフラージュ』による擬態は継続しているが、男装は解除しており、人間の女のコという見た目となっている。
そして―――
「ね~、ね~、ルドナ君~。これはどうかな~?」
「いや、あの……なんで僕に聞くんです?」
その『イエナ』がピンクのベビードールを掲げて尋ねてくる。
「え?だって、大事なことじゃない?」
「大事な事ですか?」
「お付き合いするなら、相手の好みぐらい把握しておきたいでしょ?」
「それはそうかもしれませんが……そうだとしても何故寝間着の好みなんです……?」
「そこまで関係が進んだのに、そんな事でがっかりされるとダメージが大きいから、かな?」
「……まあ、確かにそうかもしれませんが……」
この二日間、イレーナ王女はずっとこんな感じで僕に接していた。
一応の理由としては、一人で活動していた『イエナ』が僕の事を気に入り、半ば強引につきまとっている……という『演技』である。
ただ、それが本当に演技なのかは果てしなく疑わしい。
というか、これを演技でしているとしたら、彼女は女優として生きていくべきだと思う。
それくらい彼女の振舞いは自然なものだった。
だが、これが演技でないとするとそれはそれで不自然である。
いくら許嫁であったとしても、僕たちは二日前に出会ったばかりであるし、正直、そこまで気に入られる理由なんてないように思えたからだ。
しかし、サクヤたちの考えは違う。
(るーったら、すっかり王女様のペースに巻き込まれているわね)
(まあ、カンナさんと似たタイプですし、そうなるのも仕方がないかと……)
(でも、ホントなの?あの王女様が国を捨てようとしているって……)
(ホントもなにも彼女の行動はそうとしかとれないでしょ。無茶な行動で国から放逐されるのが王女様の本当の狙いだと思うわよ。それに、それにそこまでおかしな事でもないでしょ。もともと彼女は冒険者になったカンナさんの子供と結婚する気でいたみたいだし……王族という立場に未練なんてないと思うわよ。一応、いかに円満に国を出るかは考えているみたいだけど……)
(女王様も最初からそんな事を匂わせていましたからね。王女様が望むというのであれば、そこはなんとかなるのでしょう。まあ、国を出るための手段の方が先に来ているというのは少し問題ではありますが―――)
(るーがそんなこと気にすると思う?)
(ないですね……)
(……ないね……)
(まあ、私たちが気にする事ではないわよ。反対するというならともかく、ね。国なんて厄介なものが絡んでいる以上、当人同士に任せるのが一番よ)
(……そうですね)
(その方がいいかも……)
サクヤたちはイレーナ王女の真意に気付いていた。
気づいた上であえてそれを口にしなかった。
その理由は簡単で―――彼女たちには僕や王女を後押しする理由がなかったからである。
いや、それを言うと反対する理由も特にないのだが……
僕はイレーナ王女に3人が『僕の彼女』であると伝えていた。
同時に、他にもたくさん彼女がいるという事も伝えてある。
それを承知した上で僕との交際を望むというのであれば、サクヤたちには反対する理由がなくなる。
厳密には、僕の彼女である以上、完全になくなるわけではないのだが……せいぜい、僕との交渉材料に使うぐらいで終わってしまうという事だ。
ただ―――
(だけど、やりすぎないようにちゃんと見張らないとね)
(ルドナちゃんから手を出したとなれば、確実に面倒な事になりますしね)
(……いや、それ、自分たちより先にするのはダメってだけだよね……)
―――サクヤたちにも一応、譲れないラインはある。
だからこそ、彼女たちはお互い協力する事が出来ていた。
彼女たちが時折僕を後押しするような行動に出ていたのも、仲間に加えれば、自分たちの『協定』に参加を促せるからである。
しかし、今回ばかりはこの方法は使えない。
早急に事を進めて、国の意向を無視するような事になると、かなり面倒な事になると予測ができたからだ。
それにリサの事や神の力など、未だうちあけていない事も多い。
まだ二日しかたっていないというのもあるが、国に関わる者にそれをうちあけるというのはリスクが高く、いつもより慎重になるのは仕方がないことだった。
とはいえ、あまりに秘密にし過ぎるとそれはそれで問題が出る。
毎晩12時になると発動する『試練の加護』とか、一緒に行動するとなると話しておかなければ不都合なこともあるからだ。
だから―――
「マスターはセクシーなのも好きだけど、可愛いパジャマとかも好きだよ」
「あ、サリアさん」
剣の神であるサリアや僕に従う精霊たちの事はイレーナ王女にも伝えてある。
いや、一時神化していることは隠していたし、リサの護衛についている精霊たちの事はそれほど詳しく話してもいないが、それはそれというヤツだ。
流石に剣も精霊も使えないというのでは僕が何もできなくなる。
それに『神樹の弓』という祭器を持つイレーナ王女は僕の剣の力を見抜いていた。
というか―――イレーナ王女が言うには、僕の剣は『神樹の弓』と同じく、『神樹』の力が宿っているらしい。まあ、祭器である『神樹の弓』と比べると、ほんのわずかな力であるが……
僕の剣はもともとこの国で作られたものであったらしく、元々の持ち主も母さんであったらしいのだ。それが何らかの理由で父さんの手に渡り、その後に僕に譲られたということなのだろう。
とはいえ、これに関してはそこまで重要ではない。
二人共冒険者であったのだし、そういう事もあるだろうという程度。
ただ、わずかとはいえ『神樹』の力が宿っているというのは地味に重要な情報である。
何故なら、その事がサリアの誕生の大きなきっかけとなっていると思われたからだ。
サリアは僕が『一時進化』させる前から意識を持っていた。その意識がなぜ生まれたかを考えると、『神樹』の力の影響は決して小さくないと思われた。
もっともこれはあくまで憶測にすぎず、確かめるのは少々難しい。
サリア自身は僕の剣に宿った意思という認識しか持っていなかったし、『神樹』に関わるような能力も持っていない。剣に宿った意思はあくまで自身を『剣』とみていたからだ。
だが、それでも影響というのはあるのかもしれない。
サリアはもともと社交的な性格で誰とでも仲良くなれるタイプであるが、イレーナ王女の事はやたらと気に入っていた。
これを『神樹の加護』と結びつけるというのはいささか強引だろうか?
まあ、可能性としては、『元の持ち主である母に似たタイプだから』というのもあるので、正直、こればかりはわからないのだが……
「というか、セクシー路線で攻めるのなら、もっとエグイのでいかないと~」
「これ以上に際どいのは流石に厳しいかな」
「……いや、あの……そういう相談はせめて僕のいないところでしてくれないかな?」
イレーナ王女が皆と仲良くやれているというのは喜ぶべき事である。
だが、こういう所で結託されると、僕としては頭を抱えるしかない。
なにしろ彼女は護衛対象であり、一国のお姫様である。
間違っても手を出してはいけない。
そんな対象から一方的にアプローチを受け続けるとか、たとえ揶揄われているだけだとしても、相当に堪えるのだ。
7章が終わるまで毎日更新する予定です。




