それぞれの思惑・その1
イレーナ王女と行動を共にする事になった僕たちであるが、だからこそ話し合わなくてはいけない事がいろいろと出てくる。
そこで最初に確認したのがイレーナ王女の目的であるが―――これは女王様の見立て通り。
イレーナ王女は自身を囮にして、今回の黒幕を捕まえる計画を立てていた。
もっとも、それを計画といっていいのかどうか……
なにしろ、その内容は『自分の身柄を押さえに来た黒幕の手下を返り討ちにし、それを証拠に黒幕のところへ乗り込む』という恐ろしくシンプルなもの。
「いや、あの……王女様の身柄を押さえに来た手下が素直に黒幕をあかしてくれるとは限らないと思うのですが……」
「その時は別の手下がくるだけでしょ?なら、そいつらを捕まえればいいじゃない。全員が口を割らないなんて事はないと思うわ」
「確かにそうですけど、黒幕が素直に認めるとも限りませんよ。行方を眩ませた王女様を密かに探させたといえば一応の言い訳もたつわけですし……」
「それならそれで構わないわよ。回顧派へのけん制にはなると思うし、裏でこそこそ動かれるよりはるかにマシよ」
「回顧派の長老たちも一応はイレーナ様を推す立場にあるわけだし、騒ぎになった時点で軽々には動けないわね。そんなことをすれば自分たちが裏で動いていたと認めるようなものだもの。もちろん決定的な弱みでも手にしていれば別だけど」
「あ、そうか。相手からすれば全て裏で片付けないといけないのか」
「ですが……そんな弱みが王女様にはあるのですか?」
「あればこんなことにはなっていないわね。でも、なければ作ればいいだけよ。直接の弱みでなくても構わないわけだしね」
「となると、狙われたのは王女様の周りですか」
「だからこそ、イレーナ王女は王宮から姿を消したんでしょ。敵の目を自分に向けさせ、他の人を巻き込まないようにね。いくら裏工作をしても肝心の交渉相手が不在では効果が薄いし、下手をうてば自分たちの方に嫌疑がかかる。仮になんらかのネタを掴んでいても、このタイミングでおおやけにする意味はないわ。なにしろ、王女様を先に確保して、秘密裏に自分たちに従わせるというのが相手にとっての最善なんだから」
「確かに……」
ただ、作戦の基軸はそこまで悪いものでもない。
いろいろと問題もあるがメリットもちゃんとある。
もっとも―――
「だから、作戦としてはそれほど悪くはないと思うわよ。ただ―――」
「ただ……?」
「イレーナ様。失敗した時のプランなどはありますか?」
「え?特にはないけど……」
「では、具体的な作戦スケジュールは?」
「そう言われても……相手の出方次第じゃないかな……?」
「確かにそれはそうだと思いますが―――それって、細かいところは何も詰めていないって事ですよね……?」
「……ま、まあ、そうとも言うかな……」
サクヤの問いかけに目を泳がせるイレーナ王女。
そんなイレーナ王女の様子を目にしたミントは一言。
「なるほど。ルドナちゃんと同じタイプですか……」
―――との評価を下す。
「いや、ミントもあまり人の事は言えないと思うけど……」
「別に私が得意だとは言ってはいないですよ」
「まあ、そうだけど」
それで少し話がそれかけたが、それより先にサクヤが話を戻す。
「そもそも私たちが接触しなかったらどうするつもりだったのですか?」
「そ、それは―――」
「え?どういう事?」
「イレーナ王女の偽装はあまりに完璧すぎたのよ。私たちもるーが気づかなければ見逃していたくらいね。だから、今まで誰も見つけられなかったわけだけど……それじゃあ、囮の意味がないわよね?」
「あっ……」
「るーたちに無理やり仕掛けたのも、騒ぎを起こして人の目を引きたかったからでしょ」
「なるほど」
「あはは~……」
サクヤの指摘に渇いた笑いで誤魔化す王女様。
もちろんそんなもので誤魔化される者などいない。
「私たちへの対応もそうだったけど、あまりに行き当たりばったり過ぎるわ。だから、作戦をもう少し煮詰めるわよ」
そんなわけで、サクヤ主導で作戦の見直しが行われる事となった。
◆◆◆
僕たちが王女様とこれからの活動に話し合っていたちょうどその頃。
とある屋敷の一室でも話し合いが行われていた。
集まっていたのは年老いたエルフが5人。
回顧派―――エルフという種を至高とする選民思想に毒された長老たちである。
「困った事になりましたな、カムローク翁……」
「ギンチャーク殿、イレーナ王女はまだ見つからぬのか?」
「残念ながら未だその報告はありません」
「何を暢気な!ザイオン王子には話を通してしまったのだぞ!このままでは―――」
「……落ち着け、エルゲン。小娘ごときの浅知恵に乗せられてどうする。ギンチャークに事を大きくするなと厳命したのはワシじゃ。限られた手の者では捜索が難航するのもわかっておったわ」
その中心となるのがカムローク翁。
年齢は500歳をゆうに超えており、三代の王を支えた賢人とされていた。
もっとも今代の王であるジュリアの治世においてはさほど重用されていない。
他種族を積極的に迎え入れようとしている女王が、選民思想に染まった長老たちと距離を置くのは自然な事ではあったが……それでもカムローク翁は長老衆の中ではそれなりの発言力を有していた。同じ思想を持つ者たちの中であればなおさらである。
「いまの段階で下手に動けばこちらの目論見が露見するだけじゃ。ワシらは小娘が動く時までじっくりと待てばよい。ザイオン王子の方もそれで問題ないじゃろうしな」
「問題……ありませんか?」
「簡単に手渡してはどんな宝も安く見られるというものよ。交渉が難航しているとでも思わせておけばよいわ」
「な、なるほど……」
実際、回顧派の5人の長老たちの中でもカムローク翁は別格だった。
今回の謀略の鍵となるイレーナ王女が姿を消すという不測の事態にも関わらず、カムローク翁の態度は落ち着いている。
ただし、問題がないというわけではない。
「むしろ問題は王宮の方にある……」
「ネア王女が冒険者を呼び寄せたと聞きましたが……」
「……ですが、それも予想されていたことでは……?」
「まあの。だが、他国から呼び寄せた冒険者というのが気になる……」
「それだけ腕の立つ冒険者ということですからな」
「いや、それもあるが……女王が国の外の冒険者に頼ったとすると、あの女の関係者かもしれぬ……」
「あの女……?」
「女王を闇に染め上げたあの『魔女』よ……」
その言葉には明らかな憎悪が滲んでいた。
女王を闇に染めた魔女―――それはカンナの事を指している。
女王はかつて敵対していたダークエルフの族長と結ばれているのだが、その二人の仲を取り持ったのが、当時女王の親衛隊にいたカンナであった。
回顧派の長老たちからすれば、汚れた闇の血を王家に招き入れた魔女の所業というわけだ。
だが、カムローク翁の深い憎悪はそれだけでは生まれない。
カムローク翁とカンナの間には浅からぬ因縁があったのだ。
そして、その因縁が賢人と称された老エルフの心を蝕んでいったのかもしれない。
だからこそ、王女を傀儡にするという悪事を正義の名のもとに強行することが出来るのだ。
もっとも―――
「たかが人間の分際で我ら真なるエルフの邪魔をするというのなら、此度こそ思い知らしてくれるわ」
―――憎悪に突き動かされるカムローク翁は、自身が破滅に向かって突き進んでいることにも気が付いていなかった。
7章が終わるまで毎日更新する予定です。