再接触
王女様との最初の接触で失敗した僕たちであったが、だからといって特に慌てたりはしなかった。
「こんにちは」
「……貴方たちは思っていた以上に優秀な冒険者なのね。まさか、こんなに早くみつかるとは思っていなかったわ」
「森が味方なのは僕たちも同じですから」
その理由は簡単。
僕たちには王女様の潜伏先を見つけ出す当てがあったからだ。
それというのも……
(リサ、ありがとね)
(ううん、別にたいしたことはしてないよ。実際、探してくれたのはレスファリアおば様だしね)
(そうかもしれないけど、頼んでくれたのはリサだしね。それじゃあ、レスファリア様によろしく言っておいてくれるかな。あとで改めて挨拶には伺うつもりだけど―――)
(うん、伝えておくよ~。それじゃあ、お仕事頑張ってね~)
神樹であるレスファリア様は、世界樹であるリサの身内といっていい存在。
彼女にお願いすれば、王女様の潜伏先を知ることは容易い事であったのだ。
◆◆◆
イレーナ王女が潜伏していたのは森の中に建てられた木造家屋。
それは神樹であるレスファリア様の力で隔離されており、通常の手段では見つけることが困難な『隠れ家』であった。
故に―――
「まずはどんな手段でこの場所を突き止めたのか、それを聞いてもいいかな?」
イレーナ王女の質問は妥当なものと言えた。
そして、その反応は悪くはない。
なにしろ、この時点での僕たちの信用度などたかが知れている。
一応、王家の印が押された依頼書を見せているので、完全に敵とは思われていないはずだが、王女様の目的を考えると王宮からの遣いというのも邪魔者には違いない。
では何故、王女様が話し合いに応じてくれたのかというと―――僕たちがそれ相応の力を見せたからである。
力を見せたからこそ、王女様の興味を引く事に成功したのだ。
「先ほども言いましたが、森に聞いただけですよ。僕は精霊使いなので」
「それでもそう簡単にいかないはずなんだけど?現にお姉様たちの追手はまだここにたどり着いていなかったわけだしね」
「僕はこの森で生まれたエルフの血を継いでいます。見ての通り人間なので、因子という形ですが……だからなのか、この森の精霊たちとは相性がいいようでして……」
「それだけでは納得できないわね。お母様やお姉様でも、私の『神樹の加護』は手こずるものなのよ」
「ええと、それは―――」
しかしながら、あまり深く突っ込まれるとそれはそれで問題となる。
軽々しく『神の力が使えるから』なんて答えられないからだ。
だから、僕は思わず答えに詰まってしまうのだが……
「まあ、一言で言うと―――このコがカンナ様の子供だからよ」
言い淀む僕の代わりに、サクヤがそんなふうに答えた。
そして、その効果は絶大だった。
「え……?カンナ様の……子供……?」
「……はい……」
「……ほんとに……?」
「……まあ……」
いや、もちろん最初は王女様も戸惑っていた。
戸惑っていたが……それも僅かな時間。
「あはっ。そう来たか~」
「え?あ、あの―――」
「つまり、貴方が私の許嫁なワケね」
王女様の表情が唐突に切り替わる。
無茶や無謀という単語を知らないと言われた王女様であるが、決して頭が悪いワケではなかったのだ。
むしろ、知恵はそれなりに回る。
だからこそ、厄介なのであるが―――
「この策を考えたのはお母様ね?先に約束を交わした許嫁が現れた以上、お見合いなんて出来るはずがない。それにそういう理由があるなら、私も城に戻らなくちゃいけなくなる、でしょ?」
「ええ、そうなりますね……」
「でも、それを受ける前にひとつ確かめないといけないわけだけど―――」
「僕が本当にカンナの息子であるかどうかという事ですね?」
「いいえ、違うわ。それに関しては別に疑っていないもの」
「え?」
僕の言葉を遮り、にやりと笑顔を浮かべるイレーナ王女。
少年っぽい変装をしていることもあり、その笑顔は完全に悪戯小僧のソレである。
「私が確かめたいのは貴方の気持ちよ」
「……はい?」
「貴方たちは冒険者。つまり、今回の騒ぎが元でこの国に呼ばれたのよね?それじゃあ、この騒ぎがおさまったあとはどうするつもりなの?」
「え……?」
「私は子供の頃から貴方という許嫁がいると聞かされていたわ。だから、貴方が私を受け入れてくれるというのなら、私は貴方と結婚してもいいと思っているのよ?」
「……え?」
「でも、貴方にその気がないなら、この話は受けられないわ。だって、貴方は本当の許嫁なのでしょう?そんな貴方に仕事として一時の婚約者を演じてもらうとか、あまりに私が惨めじゃない?だから、城に戻るなら、私と正式に婚約してもらうわよ」
「い、いや、あの……」
「それが認められないなら、今は城には戻れないわね」
「え、ええと―――」
半ば一方的に選択肢を突きつけられた僕は、思わずサクヤたちに助けを請う。
しかし―――
(なるほど。そう来るのね)
(うわぁ……)
(な、なんか面倒なことになってきたね)
助けを求めたサクヤたちにしても、わりと頭を抱えているような状況だ。
ただ、理屈としては理解もできる。
というか……
(カンナさんに憧れているだけあって、やり口がそっくりね)
(結構な無茶振りですけど、リスクとしては彼女の方が高いでしょうしね)
(ええと……それはどういう―――)
幼なじみであるサクヤとミントは当然のように気が付いていたが、王女様の思考は母さんのソレとよく似ていた。
(彼女はリスクを恐れていない。だから、私たちがどちらを選ぼうとも構わないのよ。もともと自分一人でなんとかするつもりだったのだから当然よね。つまり―――)
なにしろ彼女の提示した条件は彼女自身にも相応のリスクがある。
彼女からすれば、僕が本当の許嫁であるかどうかも不明であるし、僕たちが王家に雇われた冒険者であるという事も完全に証明されたわけではない。
だが、だからこその『選択』。
彼女はこの選択を迫る事で、僕たちの反応を窺っているのだ。
(母さんと同じタイプってことは……王宮に戻ったら本気で婚約することになるよね……?)
(有言実行って言葉を具現化した人がカンナさんだものね。おそらく彼女も本気でしょ)
(自分の『覚悟』で相手の『覚悟』を測るというのがカンナさんのモットーですしね)
(……そ、それで、どうするの……?)
(どうするもなにも―――)
「……流石に今日あったばかりの許嫁と婚約するというのは難しいですね……」
心話による話し合いで少し落ち着いた事もあり、僕はそんな結論に至った。
「あれ?それでいいの?」
「良いか悪いかで言えばあまり良くはないですけど……正式な婚約とか持ち出されたら、慎重にもなりますよ」
「あれ?私では不満?」
「不満も何もありませんよ。僕は貴方の事をほとんど知りませんし……ここに来るまで許嫁がいたなんて事も知らなかったんですから」
「あぁ、そうなんだ」
「そういうわけで、しばらく一緒に行動することになると思いますが、それは構いませんね?」
「ええ、もちろん」
全て彼女の思惑どおりという感じであるが、それしか選べないのだから仕方がない。
「まあ、お互いを知り合う期間が出来たと前向きに考えましょう」
「……そうですね……」
そう言って差し出してきた彼女の手を、僕は苦笑気味に握り返すのだった。
7章が終わるまで毎日更新する予定です。