ファーストコンタクト
王宮を後にした僕たちは、新区の方まで戻って宿を決める。
そして、これからの方針を話し合うのだが―――
「とりあえず、冒険者ギルドにでも行ってみましょうか」
「冒険者ギルドに?」
「人探しの定番でしょ」
「でも、王女様がいなくなった事は秘密なんだよね?」
「それはそうだけど、やりようはいくらでもあるでしょ」
「まあ、そうだけど……」
「というか……いくら小国とはいえ、どこにいるのかわからない相手をあてもなく探すなんて効率が悪すぎるでしょ。だから、王女様の方に私たちを見つけてもらうのよ。でも、その為には自分を探している者がいると知ってもらわないといけないでしょ?」
「ああ、なるほど。そういう事ですか。ですが、姿をくらませた王女様がいまだ王都にいるとかありえるのですか?」
「可能性としてはむしろ王都の方が高いわよ。この国で都市と言えるようなこの街はくらい。あとは小さな集落や村といったところ。田舎の方が人の出入りは目立つものだし、ネア様が国外には出ていないと言ったのは、そういったところから情報が上がっていなかったからでしょ。なにより王女様の狙いは黒幕を捕まえる事。だとすれば―――」
「獲物の近くで罠を張るのが自然か……」
「更に言うと、私たちの役目は囮でしょ?目立つ動きを見せるのも仕事の内よ」
「確かにそうだね」
―――サクヤの話に納得し、僕たちは冒険者ギルドへ向かう。
僕たちが冒険者ギルドに到着したのは昼の三時過ぎ。
そんな時間であったからか、建物内の人影はまばら。
とりあえず、今見える範囲には四人ほど。
その内の二人はカウンターにいる職員である。
で、その職員と話しているエルフの女性が一人。
もう一人は壁にかけられたクエストボードをチェックしている冒険者らしき男性。
「私が話を聞いてくるから、皆はここで待っていて」
「うん。任せたよ」
サクヤがカウンターに向かったので、僕とミントとノアさんはなんとなくクエストボードに目をやる。
このあたりは冒険者の習性のようなもので、特に意味はなかった。
だが―――
「え……?」
「どうかしたの?ルドナちゃん」
「いや、あそこに立っている人だけど……男の人じゃなかった?」
「……えっ……?」
「はい?」
―――クエストボードの前に立っていた男の姿が女のコのものに変わっていた。
ただ、その女のコは男女兼用の探検服にゴーグル付きの帽子という装いであったので、ぱっと見ただけなら少年のように見えなくもない。
「あれ?」
「ええと……」
「……王女様って認識阻害系のスキルが使えるんだよね?」
「あっ……」
「スキルの効果で男性に見せていたという事?」
「多分そうだけど……厄介なのはそれが『加護』―――神の力で行われているところだね」
おそらく彼女は『少年』のような格好をした上で、『冒険者の男性』という『幻影』を身に纏っているのだろう。
そして、その幻影は魔力の気配をほとんど感じさせない。
幻影そのものは光の精霊たちが生み出したものであるが、加護の恩恵でその痕跡を隠蔽されていたからだ。
となると、通常の方法でこれを見抜くのはかなり難しい。
幻影の存在を感知できない者に、幻影を解除するという発想が生まれるはずがないからだ。
そして、それは僕たちにも当てはまる。
いくら神の力を持っていようと、意識して使わなければ、それらが発揮されることはほとんどない。だから、僕たちは最初、彼女を『冒険者の男性』と認識した。
ただし、ほとんどないということは、無意識で発動するものもないわけではないという事。
まあ、今回に関しては、半ば習慣としていた行為が功を奏しただけであるし、その経緯を考えると怪我の功名に近いものがあるのだが……
ぶっちゃけた話、悪戯好きな精霊たちやサリアを警戒しているうちに、視界に映るものを『魂』でチェックする癖が僕の中に出来ていたというだけである。いや、本当に警戒しているのはヤンデレ気味のエドや想いが強すぎるヌーモなのだが……お風呂とかトイレとかベッドの中とかで、姿を消した状態で待ち構えていたりするからね。いろいろと気が抜けないのだ。
ただ―――
「それで、どうするの?」
「ここで接触するのは流石にマズイかなぁ。騒ぎになると困るし」
「とはいえ、確かめないわけにも行きませんよね」
第二王女が行方をくらましているというのは当然ながら極秘情報である。
下手に接触して騒ぎになるというのはあまりよろしくない。
とはいえ、このまま見過ごす事もできないのだが……
(ええと、サクヤ……?)
(こっちも確認したわ。けど、向こうにも気づかれたようね)
(えっ?あっ……どうすればいい?)
(とりあえず、るーとノアさんで後を追って。それでチャンスがあったら彼女と接触。だけど、油断はしないでね。彼女はこちらが味方だとは知らないんだから)
(わかった)
サクヤと心話をしていると、彼女は僕たちの方を一瞥した後、出入り口へ歩き始めた。
なので、サクヤの指示に従い、僕とノアさんで後を追う。
◆◆◆
イレーナ王女と思しき少女は人通りの少ない裏道を歩いていく。
(ルドナ君……)
(うん。これは『誘い』だね……)
その後を追う僕たちであるが、尾行がバレているというのはまず間違いない。
だから、通りを曲がったところで彼女が姿を消しても、そこまで慌てることはなかった。
「あれ?いない?」
「いや、そこにいるよ」
通りから姿を消した彼女であるが、それは僕たちから距離をとったというだけ。
彼女は通りに面した住居の敷地に生えた高い庭木の上にいた。
「貴方たち、私に何か用があるの?」
弓を構えた状態で問いかけてくる少女。
「待ってください。僕たちはネア様に雇われた冒険者です。あなたと争う意志はありません」
「なるほど。姉様の……」
「はい。ですから―――」
「もし、それが本当なら、今すぐここから去りなさい。そうすればこの場は見逃してあげるわ」
「……え?」
「去らないというのなら、悪いけどここで排除させてもらうわ。貴方たちの言葉を鵜呑みにするわけにもいかないしね」
「いや、あの―――」
ノアさんの声に反応はするものの、少女は一方的に自分の要求を口にする。
「ハイ、後5秒ね。5、4、3、2……」
「ちょっと、ま―――」
「……【スタン・アロー】」
「うわっ!まじかっ!」
そして、その言葉は本当だった。
少女の弓から放たれた矢は幾重にも分身し、僕たちに降りそそぐ。
とはいえ、一応、警告後の攻撃である。
それを避けるのは容易い。
僕はバックステップで矢の雨を回避。ノアさんも大盾でもって全て防ぐ。
「あら、貴方たちなかなかやるわね」
そんな僕たちに少し感心した様子の少女。
それもそのはず―――
(ルドナ君、ちょっとマズイかも。あのコの手にしているのって―――)
(あれ、魔法の武具、それも『祭器』クラスだよね……)
(うん。こんな街中で使っていいものじゃないよ)
先ほどの攻撃は本気ではなかったが、かといって、手を抜いたものでもない。
「じゃあ、今度はもう少し本気で行くわね」
実際、少女の手にしていた弓は『神樹の弓』という祭器クラスの魔法の武具であり、使用者の闘気や魔力をつがえた矢に宿す力がある。
ただ、この効果だけなら、よくある魔法の弓であるのだが―――
「【ソニック・アロー】」
「うわっ!」
―――特筆すべきはその『充填速度』。
闘気や魔力を付与するのに時間を必要としないから、より強力な一撃を最速で放つことができるのだ。
ちなみに、放った矢が無数に分身するのは闘気によるものである。
「あれ、これも避けるの。じゃあ―――」
「―――おいおい、本気かよ」
二度目の攻撃を避けたことで、少女が三度矢を番える。
今度はすぐに矢が放たれる事はなかったが、それはそれだけの力を矢に集めているという事でもある。
だから、僕は剣を抜いて構える。
「流石にこれ以上はマズいと思うんだけどな」
しかし、そのアクションが結果としてはまずかった。
「え……なによ、それ……」
「はい……?」
僕が剣を抜いたことで、少女が唖然とした声を漏らす。
そんな少女の反応が予想外すぎて、こちらも思わず戸惑ってしまうのだが―――彼女の反応は僕が剣を抜いたことに対するリアクションというわけではなかった。
「その剣、普通の剣じゃないわね。祭器クラス―――ううん、それ以上の力を持っているようね」
そう、それは僕の剣に宿ったサリアの力を見抜いた故の反応であったのだ。
だから―――
「流石にそんなものをここで使わせるわけにはいかないわね。仕方ない、ここは一度引くわ」
「―――え?」
―――少女は迷うことなく撤退した。
「『森の抜け道』」
自身が立っていた庭木の幹に手を当てると、少女の姿が一瞬で掻き消える。
それは樹木を利用した特殊転移である。
「しまった……」
「今のは……?」
「樹木の精霊による特殊な転移魔法みたいだね。ただ、系統的には神聖魔法の方が近いのかも……多分、樹木の精霊を通じて、神樹に願いを叶えてもらうって感じなんだと思う」
「そういえば、そんなスキルもあるって言っていたね」
「うん」
「それで、どうするの?」
「ああ、それは―――」
相手が逃げてしまった以上、ここに留まる意味はない。
だから、僕たちはサクヤたちと合流することにした。
ようやく新ヒロイン登場です。
7章が終わるまで毎日更新する予定です。