指名依頼
サヨさんとイエリスさんが『一時神化』をした翌日。
「指名依頼?」
「はい。指名依頼です」
いつものようにクエストボードをチェックしていた僕たちに、ギルド職員のクオさんが声をかけてきた。
その理由は本人が口にしたとおり、僕たちに指名依頼が入っていたからだ。
「詳しい話をお聞きになりますか?それでしたら、上に案内させてもらいますが」
「……どうする?」
「そうね、聞くだけなら損はないんじゃない?実際に受けるかどうかは別として」
「それじゃあ、そうしようか」
一緒に来ていたサクヤとミントに確認を入れた後、僕たちは詳しい話を聞くために、滅多に足を踏み入れない2階にあがる。
通されたのは会議室のひとつ。
そこで僕たちはしばらく待たされる。
「指名依頼ってなんだろうね?」
「さあ?流石に今の段階では見当もつかないわね」
「それもそうか」
「持込依頼ならともかく、ギルドを通した指名依頼がCランクの私たちに来るというのはちょっと変ですよね?」
「まあ、珍しくはあるよね。依頼者が知り合いというならないわけじゃないけど―――」
サクヤやミントとそんな事を話していると、ノックもなしに会議室の扉が開く。
「―――悪い、待たせたな」
そして、姿を現したのは僕の良く知る人物。
「え?父さん?」
「おう、元気でやっているか?」
僕の父親で、冒険者ギルドで働くトール=エンタヤであった。
◆◆◆
「王族の警護……ですか?」
「ああ、レスファリア森林国の第二王女、イレーナ=クエゥ=レスファリア様の身辺警護を頼みたいんだと。契約期間はとりあえず、ひと月ほどだな。状況次第で多少前後するかもしれないが、早く終わっても報酬はきっちり出る。延長した場合ももちろん追加分は払うとの事だ」
「いえ、あの……何故、そんな依頼が私たちに……?」
軽く依頼内容の説明を受けたところで、交渉担当のサクヤが疑問を口にする。
それに対し、父さんはボリボリと頭を掻きながら答える。
「まあ、当然の疑問だな。だが、依頼者の項目をよく見てもらえるか?依頼者の最後、向こうの担当官の下に……カンナの名があるだろう?」
「え?あ、ホントですね……って―――」
「え?カンナって―――」
「ああ、母ちゃんの名だ。依頼者の1人が母ちゃんなんだから、お前らに依頼するというのもおかしなことじゃねーよな?」
「……そうですわね。ですが、それはそれで、新たな疑問が浮かんでくるわけですが―――」
「レスファリア森林国はカンナの生まれ故郷でな。王族とも面識があるんだよ。冒険者になる前は女王様の親衛隊を務めていたぐらいだしな」
「え?そうなの?」
「20年以上も昔の話だし、こんな事でもなきゃ話すような事でもないからなぁ」
親子でも知らない事などいくらでもある。
共に冒険者だった両親は、冒険者だった頃の武勇伝を語るのは好きであったが、プライベートな事はあまり教えてくれなかった。
ただ、その理由はそんな大層なものでもない。
基本豪快な父さんだが、意外と照れ屋な面もあり、母さんとの馴れ初めなどはなかなか話したがらないのだ。
いや、どこの家庭でもそんなものかもしれないが……
まあ、話を戻そう。
「ええと、それじゃあ―――」
「サクヤちゃんの予想したとおり、昔のつてでこっちに話が来たんだよ。信頼できる冒険者をよこしてもらえないか、ってな。こういっちゃなんだが、あの国は冒険者ギルドが弱い。腕の立つ冒険者もほとんどいないと思うぜ」
「―――なるほど」
父さんの言葉を受けて、サクヤはしばし瞑目する。
そして―――
「詳しい話は現地でとの事ですが、冒険者を必要とする事情があるということですね」
「それはそうだろうな。王族の警護に他国から冒険者を募るというのがおかしな話だしな」
「……どうする、るー?」
ひとつ確認を入れた後、僕へと問いかけるサクヤ。
ただ、その問いに対する答えはサクヤもわかっていたのだろう。
「母さんの依頼というなら断れないかな……」
「……まあ、そうなるわよね」
「カンナさんのお願いですからね……」
僕の中に母さんの『お願い』を断るという選択肢はない。
それはミントもサクヤも同じだろう。
「すまないな、ミントちゃん、サクヤちゃん」
「あ、いえ、そんな―――」
「報酬も良いですし、活動ポイントも破格ですからね。なんの問題もありませんよ」
高額報酬の裏に隠された意図も無視しておくに限る。
機嫌を損ねた母さんの相手をするより厄介な事など、この世には滅多にないと知っているからだ。
実質的には7章プロローグです。
7章終了までは毎日更新していく予定です。