今回の後日談
「そういえば、聞き忘れていたんだけど……トリーシャさんって、今回の事に関わっていたの?」
僕がその疑問を口にしたのは、一連の騒動から二日後のことだった。
まあ、この二日余りは、いろいろと忙しかったので仕方がないのだが……
「……何?トリーシャの事が気になるの……?」
「え?それはまぁ―――」
首をちょこんと倒して問い返してきたイエリスさんに、僕は素直に頷きそうになり―――
「………」
「い、いや、変な意味にとらないでよ!純粋に疑問に思っただけだからっ!」
―――背後から無言のプレッシャーを浴びせられ、僕は慌てて言いつくろう。
もちろん、その相手はサヨさんである。
「……残念ながら、女性関係に関しては、ルドナ君の信用度は0です……」
「……まあ、正しい意見だと思うわよ」
「むしろ、逆方向の信頼度は100%に近いのですが……」
「トリーシャさん、すごい美人さんだもんね~」
「うぐっ……ホ、ホントに気になっただけなんだけど……」
あの日以来、サヨさんの僕に対する風当たりは強い。
「サヨはそういうところ厳しいよね……」
「皆がルドナ君を甘やかしすぎているだけだと思う……」
もっとも、これは仕方がない部分でもある。
『チキュウ』育ちのサヨさんにとって、男女交際は1対1で行うものというのが常識であり、その価値観がすぐに変わるはずもない。場所が変われば常識も変わると頭の中では理解しているし、全て承知の上で受け入れた事ではあるのだが、そんなに簡単に適応できるのなら誰も苦労はしないのだ。
というか……あの時点で即行『別れる』と言われなかっただけマシだと思う。
それに―――
「……こういうのを『つんでれ』って言うんだよね……?」
「ベ、別にそんなんじゃないから……」
イエリスさんの言葉に顔を赤くして否定するサヨさん。
ある意味、その態度がツンデレっぽくはあるのだが……サヨさん本人からすると、その評価は不本意なものだろう。
なにしろサヨさんは愛情に飢えている。
経緯が経緯なので仕方がないことではあるのだが、恋人などにべったり依存してもおかしくないタイプなのだ。
それを考えると、本人的にはもっと甘えたいとか素直になりたいとか考えていてもおかしくはない。まあ、過度の依存を抑制出来ていると考えれば、今の状態もそれほど悪くないのかもしれないが……
いや、難しい事は一旦置いておこう。
「あの、それで……僕の質問の答えは……?」
「うん……?ああ、それは……関わっていたといえば関わっていた。私にサヨの情報をくれたのがトリーシャだし……魔神王の呪血宝珠の事を教えてくれたのも彼女だから……」
「え?そうだったんですか?」
「あくまで一時的な協力関係だったけど……サヨをこっちの世界に呼び戻す為にいろいろと協力してもらったの……サヨを呼び戻した後はすぐに別れたけどね……」
イエリスさんがそこまで話すと、サクヤとミントが話に加わってくる。
「やっぱり、サヨさんをこの世界に呼び込んだのは貴方だったのね」
「……魔神王の呪血宝珠を奪っていったのは、その為の触媒とする為ですか……?」
「うん……サヨは気づいていたみたいだけど……貴方たちは―――」
「『異界の門』を封印している時に痕跡を見つけたのよ。まあ、薄々そうじゃないかと考えてはいたけどね」
「神器『フェネクス』の代わりとして用意していたという話も筋は通っていましたし、今更な話でしたので特には聞かなかったのですが―――」
「イエさんは私を助けるためにそうしただけですし……その事については感謝こそすれ、不満に思ったことはありませんよ」
「そう……」
「サヨさんがいいのなら、私たちが口出しすることではありませんね」
だが、この話題に関してはいろいろと複雑だ。
サヨさんの話を聞く限り、『チキュウ』での暮らしはあまりいいものではなかったようではあるが、それでも自分が生まれ育った故郷である。何も思い入れがないとは限らない。いや、何か少しぐらいはいい思い出があって欲しいというのが僕の勝手な願望である。とはいえ、サヨさんが望郷の念に苦しむところも見たくはないし、『チキュウに帰る』とか言い出さなくて良かったとも考えているのだから、僕は本当に我儘なのだろう。
まあ、僕の想いはともかく―――この件に関してはミントの言葉通りにするのが正解だと思う。
サヨさんがそれでいいと言うのなら、他人が安易に口を出すような話ではないのだ。
だから、話を先に進める。
しかし、その先の話題もこれまた問題があった。
それというのも―――
「……後は何かある……?」
「いや、特には―――」
「ちょっと待って。まだ肝心なところが残っているでしょう?さっきの話だとトリーシャさんとイエリスさんは協力関係にあったのよね?なら……イエリスさんはトリーシャさんに協力していたって事でもあるわよね?」
「……その通り……だけど……それを言うのはちょっと問題がある……かも……?」
「……問題?言えないような何かがあるの……?」
「……そういうのじゃないんだけど……話すと確実に面倒なことになる……と思う……それでも……聞く?」
「え、なによ、それは……そんな事を言われると、余計に気になるじゃない」
「……じゃあ、話すけど……トリーシャは貴方たちに興味があるみたい……だから……貴方たちの事を聞きに来た……」
「私たちの事を調べていた?それは何故?」
「……あのコは新しい遊び相手を探していた……最近はアバン様も構ってくれなくなったし、つまらないって……」
「なるほど。厄介な相手に目をつけられたってことね……」
イエリスさんの言葉にそんな結論を出すサクヤ。
だが、それだけだと完全な正解とはいえない。
「あ、それは違う……いや、それもあっているけど……私が話せないといったのは別な理由……」
「……え?」
「トリーシャはサヨと同じ……」
「……ハイ……?」
「理由は違うけど……あのコはサヨと同じで……誰かに構ってもらいたくてしょうがないんだと思う……そして、その相手にあなた達……特にルドナ君に目をつけた……」
「え?僕?」
「……ルドナ君……構って欲しいという女のコ……無視できる……?」
「……え?」
「あっ……」
「それは……」
「ああ、それは確かに話しちゃダメなヤツだね~。るー君に女のコを無視できるはずがないし―――」
何故か嫌な方の信頼度が発揮され、まだ起きてもいない事で僕の信用が更に下がった。
いや、まあ、それも、これまでの自分の行いのせいではあるのだが……
◆◆◆
そんな事があったその日の夜。
「……なんだか、最近、僕の評価が著しく低下していると思うんですよね……」
「あっ?」
「……お前、それはマジで言ってんのか……?」
僕はメビンスさんとソーンさんの三人で酒場に来ていた。
メビンスさんたちは探索中に結構な臨時収入を得たらしく、偶には男同士で飲み行くのもいいだろうと僕を誘ってくれたのだ。
(ちなみに、マブオクさんはククルとの先約があったので誘われていないし、カズキ君はまだ子供なので飲酒がNG)
そして、その席で、僕はそんな愚痴をこぼしたのだが―――
「……え?」
「お前はあいかわらず、変なところで抜けているな」
「というか、それを俺たちに相談するっていうのもどうなんだ?下手したら喧嘩を売っているととられてもおかしくはないぞ」
「え?え?え?」
「いや、だって、お前……また新しく彼女を増やしただろ……?」
「しかも二人も……」
「……え……?あ、ええと……そ、それがどうか―――」
「『どうかしましたか?』とか言ったら、マジでぶっ飛ばすぞ。こっちは彼女が出来なくて悩んでいるっつーのによ」
「……あっ……」
「まあ、俺もソーンと同意見だな。お前の天然っぷりは知っているから、今更って話でもあるけどな」
「す、すいません……」
「そこで謝られるのもどうなんだって話だが……まあ、いいか。で、さっきの話だけどな……お前の評価が下がるのは当たり前だろ?お前はまた彼女を増やしたんだから……」
「あっ、はい、それはわかっているんですが―――」
「いいや、お前は肝心なところがわかってないよ。というか……お前の評価が下がったというのが、そもそもの間違いだと思うぜ?」
「……え?」
「彼女たちのお前の評価は変わってないんだよ。お前は彼女たち一人一人を大切に思っているし、彼女たちもお前のことを大切に思っている。だけど、お前の彼女たちは全員が顔見知り―――というか、仲間みたいなもんだろ?彼女たちには彼女たちの繋がりがある。だから、お前に求めるものが全部積み重なっていくんだよ。彼女たちの繋がりがもっと薄ければ話は違ったのかもしれないがな」
「一人の女を養うには一人分の甲斐性がいる。それが二人になれば二人分いる。それは金銭だけの話じゃねーよな?」
「お前が努力していないとは言わないが、十人以上彼女がいる時点で、並大抵の努力じゃ足りなくなるのも当然だろ?誰一人泣かせたくないというなら猶更な」
「ああ、なるほど……確かにそうですね……」
メビンスさんたちの言葉に僕は深く納得する。
いや、自分でもわかっていた事ではあるのだが……改めて言葉にされて、それを漸く実感したというか……
皆から好意を寄せられる僕は、それに応えられるだけの男にならなくてはいけないという事だろう。
まあ、それがどれだけ大変な事なのかは言うまでもないし、そのプレッシャーだけで胃が痛くなるところであるが―――
「あっ、でも、お前、新しい彼女は三人じゃないのか?」
「え?」
「……は?」
「いや、昨日の夜、サクヤちゃんともう一人、見ない女のコ連れていたよな?」
「……あ、そ、それは―――」
「オイ……お前、また……」
「い、いや、あの、マキナは―――」
メビンスさんの言葉で、その場の空気が剣呑なものとなる。
実のところ、新しく増えた彼女は二人ではない。
表向きはサヨさんとイエリスさんの二人ということになっていたが、本当はその4倍―――8人も増えていた。
ちなみに残りの6人は、ミカ・グエル・ウル・ファウの四天使にウラハッカとマキナである。
とはいえ、彼女たちは表に出てくることが滅多にないので、その存在を知る者はほとんどいないのだが……
(うわ、まさかメビンスさんに見られていたとは……)
ただ、マキナだけは少々例外。
「ん?マキナ?マキナって確か―――」
「……サクヤちゃんが制作したゴーレムの名前じゃなかったか……?」
「はい……そのゴーレムに別の身体を与えて、更に『人化』を習得させたんです。昨日の夜、街を散策していたのも『人化システム』の実験の一環で―――」
マキナのボディーというべき『アームズパーツ』は、サクヤが忙しい日々の中でコツコツと作り上げたものであり、メビンスさんたちもゴーレム状態のマキナは普通に目にしていた。
「え……?」
「……あのコが……ゴーレム……?」
「……ええ」
「マジで?どう見ても普通の人間にしか見えなかったんだが?」
だからこそ余計に、人化したマキナの姿とは映像が結びつかないのだろう。
実際、僕も最初は驚いた。
「僕も最初は驚きましたよ。でも、よくよく考えるとそこまでおかしな事でもないんですよね。ゴーレムの核って、契約した精霊や悪魔、幽霊なんかを宿らせるわけですが、力のある精霊や悪魔って、普通に『人化』しますよね。それならゴーレムに出来ない理由がないじゃないですか」
「え?そうなのか?でも、そんなゴーレムの話は今まで聞いたことないが―――」
「ああ、それは簡単な話ですよ。精神生命体にヒトの身体を与えるだけなら人造素体を用意した方が早いですし、ゴーレムとして活動させるならわざわざ『人化』する機能を付ける意味がありません。そもそも『人化』するだけのエネルギーをどうやってゴーレムに保持させるかという問題もありますし……結局のところ、マキナの人型ボディーも一種の人造素体のようなものなんです。コアとの接続で、ゴーレムの身体と人造素体の両方を扱えるようにしたというだけで……」
「ああ、なるほどな」
「まあ、マキナは喜んでいましたけどね。街中で行動するならヒトの身体の方が便利ですし」
ゴーレムについてはそこまで詳しくないので、サクヤから聞いた説明をほとんどそのまま伝えただけだが、メビンスさんはそれで納得してくれたようである。
だから、僕は安心したのだが……
「いや、待てよ。そういう事なら、あのマキナってゴーレムもちゃんと意思があるってことだよな?」
「……え、ええ。ゴーレムだって普通に意思はあるじゃないですか……」
「いや、まあ、そうだけど。俺が言いたいことはそうじゃなくてだな―――ホムンクルスと変わらないってことは、その扱いもヒトと変わらないんじゃねーのか?」
「………」
「お前は自分の精霊たちにも手を出していたよなぁ?」
「あ、あはは……」
ソーンさんの鋭い指摘に、僕は渇いた笑みを浮かべる。
「三人目だろ……」
「三人目だな……」
「……ハイ……」
この後、僕は二人から激しくお説教をくらう事になるのだが、それも僕たちの事を心配してのもの。
多少私情も込められてはいたが、黙って受け入れるしかなかった。
6章終了です。
おまけのキャラデータは翌日投稿予定です。
7章開始までは少しお時間を頂きます。