初めての冒険
食事を済ませた僕らは、セインさんのアドバイスを受けながら、どのクエストを受けるのが良いか話し合った。
その結果―――3つのクエストを受注する。
一つ目は、ミミナ遺跡のB-2エリアに出現する迷宮狼の討伐。
二つ目は、ミミナ遺跡でとれる『魔鉱石』の調査。
三つ目は、ポーションの原料となる『薬草』の採取。
本当はもうひとつ、ミミナ遺跡のクエストを受けたいところであったのだが……それはセインさんに止められた。
『この前、E-5で新規ルートが見つかって、人が殺到しているからな。討伐対象が狩り尽くされている可能性があるぜ』
クエストの内容としては、E-3エリアで鎧大蜥蜴の討伐であったのだが、新しく見つかったルートへの通り道になっているので、そこへ向かう冒険者たちによって、狩り尽くされているかもしれないとの事。
一応、クエストは出たままなので、確実に全滅したという訳ではないようだが……いるかどうかわからないものを討伐しに行くというのは効率が良くない。
『それに、新規ルートから魔物も流れ込んできているみたいだからな。2階層も離れていれば大丈夫だとは思うが、思いもしないような強敵と遭遇する危険性もないわけじゃない』
そういう事情もあって、僕らはそのクエストを受注しないことに決めた。
本当なら、そのクエストも受けて、一気にEランクへ昇格と行きたかったのだが……
Eランクへ昇格する為の試験を受けるのに必要なポイントは10ポイント。
迷宮狼や鎧大蜥蜴などの討伐系が3ポイントで、魔鉱石の調査が4ポイント、薬草採取が2ポイントなので、このままでは1ポイント足りなくなる。
ただ、残りが1ポイントであれば、街中でちょっとしたアルバイトのようなクエストをこなすだけでも得られる事があるので、そこは妥協した形。
Fランクの内はよほどおかしなことでもしない限り、クエストを失敗したしてもポイントを減点されるようなことはないのだが、クエストの達成率というのは冒険者にとって大事なステータス。自分から評価を下げにいくような真似は慎むべきなのだ。
冒険者の一番の仕事場といえば『ダンジョン』である。
もちろん中には例外もいるだろうが、多くの冒険者はダンジョンを探索し、お宝を持ち帰ることで日々の糧を得ている。
なにしろ、それが一番稼げるのだ。
基本的に『ダンジョン』というのは、自然が放つ魔力―――『魔素』が溜まりやすい場所であり、魔力を帯びた鉱石などが生まれやすい環境にある。それらを持ち帰って、売り払うだけでもちょっとした財産になるのだ。
ただし、それ相応のリスクもある。
魔素が溜まりやすいダンジョンは、危険な魔物が生まれやすい場所でもあるからだ。
では、何故、ダンジョンには魔素が溜まりやすいのか?
この理由はいくつかあるが……一番大きな理由は、全てのダンジョンが『混沌の大迷宮』と繋がっているからである。
『混沌の大迷宮』は、この世界の地中奥深くに広がる超巨大ダンジョンで、そこには地上とは比べ物にならないほどの膨大な魔素が溜まっているとされている。
そして、その溜まりに溜まった魔素が、網目のように走るダンジョンを通じて少しずつ漏れ出している……というのが、学者たちの一般的な見解である。
ただし、『混沌の大迷宮』は存在こそ確認されているが、そこに至った者はごく僅か。
それこそ、魔王を討伐した勇者とか、悪魔の王と和平を結んだ英雄とか、伝説級の偉人がその一部に足を踏み入れた程度なので、調査などはほとんど行われていない。
―――というか、普通の人間がそんな魔素の濃い場所に侵入しようものなら、即座に『魔物化』して終了となってしまうので、調査などしようもないのである。
ちなみに―――ここでいう『ダンジョン』とは、冒険者ギルドが定めたものを指す。
『混沌の大迷宮』と特に関わりのないような迷宮なども、場合によってはダンジョンと呼ばれたりするが、その場合の意味は『ダンジョンもどき』『外れダンジョン』というようなもので、冒険者の定義からするとまがい物扱い。もちろん、だからといって危険ではないとはならないが……
『ダンジョン』と『ダンジョンもどき』では難易度が大きく変わる。
その原因はやはり、魔素の濃度。
そもそも『魔素』とは、自然が放つ魔力……意思を宿していない方向性の定まらないエネルギーなので、そこに『意志』を与えるだけで、神羅万象、ありとあらゆる現象を再現することができるという事になる。
つまり―――『混沌の大迷宮』に繋がる『ダンジョン』というのは、それそのものが魔法で生み出した『異空間』のようなもの。
本来、地下に広がっているはずなのに、見渡す限りの草原があったり、火山と雪山が隣り合っていたり、いきなり海中に転移させられたり、と地上の常識がまるで通じない。
まあ、地上に近いダンジョンでは魔素濃度がそれほど高くはないので、そこまで理不尽な現象は滅多にないが……
冒険者たちの間に広く知れ渡っている、とある冒険者の格言にこのようなものがある。
『混沌の大迷宮に続くダンジョンは生きている。狡猾なソイツは目もくらむような財宝をエサに俺たちを己が胃袋へと誘い込む。だから、引き際を見誤るな』
生きたダンジョンは希少なアイテムと獰猛な魔物を日夜生み出し続けるが、それは冒険者の浪漫と命を食らい尽くす為なのだ。
ミミナ遺跡も『混沌の大迷宮』と繋がっているダンジョンのひとつである。
とはいえ、直接『混沌の大迷宮』に通じているわけではない。
繋がっているいくつものダンジョンを辿っていくと、やがて『混沌の大迷宮』にたどり着くというだけ。
ミミナ遺跡そのものは中規模のダンジョンで、エリアの数こそ多いが、一番深い階層でも10階までしかない。
ちなみに―――
『エリア』というのは、その場所の特徴や出現する魔物の傾向などで区分けされたもので、ミミナ遺跡の場合はA~Eの5つのエリアに分けられている。
『階層』についても同じようなことが言えなくもないが、こちらはあくまで補助的な区分け。
深い階層に行くほど魔素の濃度が高くなり、狂暴な魔物と遭遇する危険性は高くなるという傾向はあるが、それも絶対のものではない。
「それで、どうする?」
「最初の予定通りBエリアに移動しましょう。Eエリアとは反対だけど、それでも人が来ていないとも限らないわけだし……」
「なにより、これ以上リサちゃんを待たせるのは悪いですしね」
そんなやりとりを経て、僕らは遺跡の入り口であるA-1からB-1に向けて移動する。
そして、B-1に到着したところで、リサを召喚する。
リサは僕が契約したドライアドということになっているので、ダンジョンの中でなら、姿を現しても特におかしなことではないのだ。
「リサ、さっそくで悪いけど―――」
「うん。リフスちゃんを呼ぶね」
召喚されたリサはリフスと名付けられた風の中位精霊を呼びだして先行させる。
僕らのパーティーはスカウトがいないので、それを魔法で補っていた。
「魔力探知に目立った反応はないわ」
「生命探知にも特に反応ナシです」
サクヤが魔力探知で罠を警戒し、ミントが生命探知で魔物の奇襲を警戒する。
もちろん僕も周囲に注意を払っているが、一人だけ楽をしているような気もしなくはない。
役割分担と言ってしまえばそれまでではあるが……
精霊たちの本来の主であるリサを召喚した以上、僕が魔法を行使して、精霊を使役する意味はほとんどない。大抵の事はリサに丸投げで済んでしまうのだ。
故に―――僕はファイターとして、三人を護る事に意識を傾ける。
探索は拍子抜けするほど順調だった。
もともとFランク向けのクエストなので、それほど難しいものでもなかったのだが……
冒険者になって初めて挑んだクエストという事で、僕らは慎重になっていた。
そして、それは悪い事ではない。
「なんだかあっけなかったわね」
「迷宮狼は群れになると怖いですが、個々の強さはたいしたものではないですし……」
「もう少し奥の階層まで行ってみる?魔鉱石の調査はボーナスも出るんでしょ?」
「う~ん……物足りないって気持ちはわからなくもないけど、やめておいた方がいいと思うわよ。ノルマ以上こなしてもポイントが増えるわけじゃないし……今夜も『訓練』はあるんでしょ?」
「そうですね。その分の気力はちゃんと残しておかないと……」
「確かに……」
受注したクエストの最低限のノルマを達成したところで、僕らはダンジョンから帰還する。
遺跡から街へと移動し、ギルドでクエスト完了の報告した頃には、日も完全に落ちていた。
「それじゃあ、初めての冒険の成功を祝って、軽く打ち上げでもする?」
「う~ん……それは悪くない提案だけど……」
「それだとリサちゃんが参加できないのでは?それとも今から森に行くの?」
「いや、今から夜の森に行くのは目立つだろうし……私の家でするのはどう?家の中ならリサを呼んでも問題ないでしょ?」
「ああ」
「それなら大丈夫かな?」
この日の稼ぎはたいしたものではなかったが、全員怪我もなく戻ってこられたのだし、初めての冒険としては上出来な部類であった。
ダンジョン探索回じゃなく、ダンジョンの設定を解説した回ですね。
まあ、このレベルのダンジョンでは主人公たちが苦戦しようがないので仕方がないです(言い訳)
ちなみに、討伐クエストより魔鉱石の調査の方がポイントが多いのは、単に調査する場所が多いからです。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。