ルドナと3人の幼なじみ
初投稿です。いろいろと至らないところがあるかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
僕はお祭りの喧騒を避けるように、人通りの少ない裏道をとぼとぼと歩く。
今日は年に1度の『創世祭』。
女神マリサがこの世界を作られたといわれる日であり、世界各地で同じようなお祭りが行われていた。
とはいえ、僕は生まれた国―――いや、生まれ育った街でさえ碌に出た事がないので、他のところでどんなお祭りが行われているのかは知らないのだが……
ただ、基本的にはそこまで変わらないと思う。
要は、今ある世界とそれを生み出した神々に感謝の祈りを捧げる日なのだ。
そんなおめでたい日に、何故、僕が一人沈んでいるのかと言うと……
創世祭の中には『神授の儀』と呼ばれるものがある。
これは大いなる神々に祈りを捧げる事で、『加護』と呼ばれる祝福を授かる儀式。
僕たちの国では、成人と認められる15歳を迎えた年(生まれた月日のよっては16歳になるが……)の創世祭の日に、自分の信じる神様の神殿に赴き、祈りを捧げるというのが習わしであった。
ただし……神様は基本的に気まぐれである。
神授の儀に参加した全員が必ずしも加護を得られるわけではない。
それほど多くはないが、何の加護も得られない人というのもそれなりにいるのである。
もっとも、それが悪い事かと言うとそうとは限らない。
『加護』は神の助力であるが、だからこそ、加護が無くても貴方は十分にやっていけると神が認めたという解釈も成り立つからである。
もちろん、単に信心が足りなかったという可能性もあるが……
地上で生きる矮小な人々には大いなる神の意思は測れないものであり、そこにどんな意味を見出すのかは受取り方次第なのだ。
だが―――
「おう、お前がルドナ=エンタヤだな?」
僕の前には神が現れた。
主神アバン。
女神マリサと共にこの世界を構築した男神であり、数多の神敵と戦ったとされる戦神でもある。
そんな神様が―――
「お前にやる加護なんてねーから」
う●こ座りをして、僕の顔にタバコの煙を吹きかけながら、そんなことを告げてきた。
(あ、あれ?僕、何か悪い事をした?)
僕はこれでも品行方正に生きてきたつもりであった。
もちろん虫も殺さないような善人ではないが、悪事と呼ばれるようなことは特にしていないと思う。
だから、アバン様にメンチを切られる理由がさっぱりわからない。
(ひょっとして、信者でもない僕が加護をお願いしたのがいけなかったのかな?)
ひとつだけ思いついた理由はそれだった。
僕は主神アバンを信仰していたが、熱心な信者というわけではなかった。
というのも、戦の神でもあるアバン様は冒険者に広く信仰されている神様で、冒険者見習い―――Fランクの冒険者である僕もその例に倣っていただけ。
にわか信者もいいところである。
そんなにわか信者が加護を求めたから、アバン様は怒ったのかもしれない。
ただ、それ以上の事はなにも起きなかったので真相はわからない。
「わかったら、さっさとどけよ。次がつかえてんだろ」
神様との邂逅は、どうやら僕の精神世界の中で起こった事らしい。
祭壇の前で祈りを捧げていた僕は、周りの喧騒が戻ってきたことでそれを悟る。
主神であるアバン様は創世の女神であるマリサ様に次ぐ人気の神様。僕と同じように神授の儀を受けに来た人は大勢いて、神殿内は人でごった返しになっていた。
僕は黙って祭壇から降りるしかなかった。
―――というわけで、思いもしなかった神様の塩対応に僕は落ち込んでいた。
しかし、いつまでも落ち込んでいるというわけにもいかない。
目的地である街外れの小さな森―――『精霊の森』が見えてきたことで、僕は意識を切り替える。
暗い顔をしていては、これから会う彼女たちに余計な心配をさせてしまうかもしれない。
僕は自分の頬を両手でパンパンと叩いて笑顔を作ると、街の人たちが滅多に訪れない森の奥に足を進めた。
◆◆◆
待ち合わせ場所は森の奥の少し開けたところ。
そこに3人の女のコが集まっていた。
「あれ?皆、もう来ていたんだ」
「あ、るーくん!」
声をかけると、3人の内の1人、栗色のロングヘアに大きな花の髪飾りをつけた少女が笑顔で駆け寄ってくる。
「リサ、誕生日、おめでとう」
「えへへ、ありがとう、るーくん」
彼女の名前はリサ=ユグルド。
僕の幼馴染の1人である。
「こんにちは、ルドナちゃん」
「遅いわよ、るー」
リサに続いて声をかけてきた二人も僕の幼馴染。
金色のショートツインテールの小柄なコがミント=セウオスで、桃色のロングヘアの長身のコがサクヤ=ベロスである。
「遅いって……時間、間違っていた?」
「ううん、そんなことはないよ」
「むしろ早いくらいかな?」
「……るーが私たちを待たせるのが悪いのよ」
「そっか。それなら良かったよ」
約束の時間に遅れたわけではないとわかり、ほっと胸をなでおろす。
今日は大切な幼馴染の1人―――リサの誕生日。
その誕生日を祝うパーティーをこれから行うのだ。
遅れたとあっては申し訳ない。
仲の良い友達の誕生日を祝うことはそこまで珍しいことではないと思う。
だが、このような森の中でパーティーを行うとなると、奇特に思われるかもしれない。
もっともこれには理由がある。
それを一言で言えば―――この森がリサの家であるからだ。
リサは樹木の精霊であった。
精霊や妖精が隠れ住むこの森が彼女の生まれ育った場所なので、家といってもおかしくはないだろう。
いや、まあ、精霊に誕生日があるのかと言われると、これまた説明が必要になるのだが……
自然発生的に生まれてくる精霊には、本来、誕生日という概念がない。
生まれた日時や年齢もよくわからないのが普通である。
そもそも樹木の精霊は、長い年月を生きた樹木が自我に目覚め、本体である樹木から精神だけを飛ばして行動できるようになった存在とされていて、生まれた時を『いつ』と定義するのか難しい。
本体である樹木が芽吹いた日か、自我に目覚めた時か、精神体が自由に行動できるようになった時か、精霊を研究する学者の間でも意見が分かれるところなのだ。
故に、リサの誕生日というのは僕たちが勝手に決めたもの。
子供の頃に仲良くなった僕たちは、一人だけ誕生日のないリサを不憫に思い、創世祭の日を彼女の誕生日と定め、皆でお祝いをすることにしたというだけ。
ちなみにリサの年齢についても同じことがいえる。
リサ以外のメンバーが全員同じ歳であったから、リサも同じ歳にしただけである。リサの見た目は僕らと同じように成長していたので、それで問題なかったのだ。
パーティーといっても別にたいしたことをするわけではない。
それぞれが用意した誕生日プレゼントをリサに渡した以外は、各自が持ち寄ったものを飲み食いしながら談笑するだけである。
だから、その話題が出たのも特におかしなことではない。
「それで、るーは加護を貰えたの?」
「うぐっ」
サクヤの問いかけに、僕は言葉を詰まらせた。
子供の頃から付き合いのあるサクヤにはそれで十分に伝わったのだろう。
「あ~、やっぱり貰えなかったのね」
彼女はそんな事を呟いた。
だが、その言葉が逆に僕に疑問を抱かせる。
「え?やっぱり?やっぱりって、どういう事?」
やっぱりというからには、サクヤは僕に加護が与えられないと予想していたのだろう。当然ながら、僕としては『何故?』となる。
すると、サクヤはすっと僕の斜め後ろを指さす。
それにつられて、僕もそちらに視線を向ける。
そこにはふわふわと漂う青色のオーブがいた。
「小精霊?」
「そう」
「小精霊がどうかしたの?」
小精霊は下位精霊とも呼ばれる存在で、言ってみれば精霊の子供のようなもの。
自我は目覚めているが、はっきりとした意思を示す事は少なく、たいした力も持っていない。
「るーは精霊に好かれているでしょ」
「精霊や妖精は警戒心が強いから、普通は滅多に人前に姿を見せないものなんだよ」
「うん、それは知っているけど、それが―――」
「それがるーの加護なんじゃないの?」
「え?」
「ルドナちゃんには精霊に好かれるという加護がすでにあるから、他の加護は授けられなかったんじゃないかな?与えられる加護によっては前の加護と打ち消しあう事もあるって言うし……」
「あ~……」
サクヤとミント―――二人の言葉に僕は思わず間の抜けた声をあげてしまう。
二人の推測に納得できてしまったからだ。
僕は薄くではあるがエルフの血を宿している。
だからなのか、昔から他の人より精霊を身近に感じとる事が出来た。
そして、その力はリサと『契約』を結んだ事で更に強まっている。
「リサと結んだ契約がすでに加護みたいなものでしょ。だから、他の加護は受けられないんじゃないかなって思っていたのよ」
『加護』とは神様より授けられた祝福を指す言葉である。
だから、神様以外のものに力を授けられた場合、それを加護と呼ぶことはない。
とはいえ、力あるものがその力の一部を貸し与えるという本質は全く同じ。
故に、二つ目の加護が一つ目の加護を打ち消す……というような現象も同じように起きる可能性があるわけだ。
ただ、それでも疑問は残る。
「でも、精霊使いにも加護持ちはいるよね?」
精霊使いは精霊と契約して精霊魔法を使う職業であるが、そんな彼らの中にも加護を授かっている人は普通にいる。
そうであるなら、『何故、僕だけ?』となるのだが……
「ええ、いるわね」
「なら―――」
「あのね、るー……普通の精霊使いは何の修行もしないで、中位精霊を召喚できたりしないのよ」
「あっ……」
「六属性の中位精霊を使役できている時点でBランクの冒険者と同程度です。更にドライアドであるリサちゃんも召喚できるとなると……」
「わかった?るーに与えられた力は神様の与える加護と同レベルのすごい力なのよ」
呆れたように告げるサクヤの言葉に、僕は今度こそ納得する。
だから、その後に続いたサクヤの呟きには気が付かなかったのだが……
「……というか、その力を与えたリサが神様みたいなものなんだけどね……」
「うん?何か言った?」
「ん~ん、何にも。それよりそっちのお菓子取ってくれない?どうやら他のお客さんたちも来たみたいよ」
木々の陰から顔を覗かせたのは手の平サイズの妖精たち。
木漏れ日に交じって姿を見せたのはカラフルな小精霊たち。
森の住人たちもリサの誕生日を祝いに顔を見せ始めたようである。
1章の終わりまでは毎日更新していく予定です。