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戦闘モード

これはイルサがまだ幼い頃の物語、そう、赤ん坊のイルサが森で拾われてから数年後のこと。


はぁっ、はぁっ!

まだ朝靄が煙るアルテニルの渓谷を駆ける年端も行かぬ少女がいた。年の頃は7.8歳くらいだろうか。

「よし!これなら先生より早くに着くはずっ!」

少女は軽快に駆けながら自信ありげに言った。

「今度は勝てるかなっ⁉」

そう言ったのは少女の肩に掴まっている「妖精」のシャルだった。

「うん、何回も先生に負けるつもりはないよ!」

急斜面の崖を身のこなしも軽く駆け上がると大木が聳え立つ、そこがゴールだった。


「よしっ!わたしの勝ちだねっ!!」

勝者の証、大木の枝に結ばれた赤い布を取ろうとした少女は愕然とした!

「イルサよ、陽が暮れてしまうかと待ちくたびれたぞ」

布に手を伸ばしていた「イルサ」と呼ばれた少女は、聳え立つ大木の上に立つ男の声に諦めた表情を見せた。

「なーんだっ、また負けちゃった。今度は勝てると思ったんだけどなぁ」

「ははは、まだまだだな」

そう言って初老の男は木から飛び降りた。


「もうっ!先生!なんかズルしてない⁉」

イルサは頬を膨らませながらふてくされて言った。

「何だと?バカなことを言うでない、いつものようにハンデを付けて、儂のほうが遅くスタートしたではないか」

「そうだけどさぁー。おっかしいなぁ、絶対勝ったと思ったのに...」


それから月日が過ぎイルサは12歳になっていた。


ビュンッ!

「イルサよ、もっと寸での所で避けるのじゃ!でなければ反撃する隙を与える事になるぞ!!」


はぁ、はぁっ!


初老の男とは思えぬ連続攻撃にイルサは息を切らしていた。

ビュンッ!ビュンッ!

手にした剣で男はさらに攻撃を続ける!


キイイーン!


目にも止まらぬ連続攻撃に、イルサはさけきれず、思わず持っていた短剣で攻撃を受け止めた!だが、その短剣はあっけなく弾かれイルサの手を離れた!


「あ...」


初老の男が剣先をイルサの喉元に突き立てる。


「ふむ、イルサよ、お前には獣にも勝る素早さがある。だがその分、他の者に比べ力が弱い。よいか、敵の攻撃を受けるのではなくさけるのじゃ!もし今のように受けなくてはならぬ時は、力で受け止めるのではなく、受け流すこと。わかったな⁉」


はあっ、はぁ...


イルサは乱れた呼吸を整えると、額の汗を拭った。


「それともう1つ、敵を倒す時は確実に止めを刺すのじゃ。よいか、如何なる時も油断するでないぞ、確実に倒すには首をはねろ!不死の怪物さえも首をはねれば活動を停止する」


「はい、わかりました、バシル先生」


村を旅立ったイルサと「妖精のシャル」は、無事に森を抜けることができた。


森を抜けるとそこには見渡す限りの草原が広がっている。斜めから陽が差し込み、眩しく照りつける朝陽を背に2人は歩き続けていた。


「ねぇ、イルサ、おなかすかない?」

シャルがふわふわと宙に浮きながらいう。


イルサは足を止めずに答えた。

「もうっ、さっき村を出たばかりじゃない。もう少し進みましょう」


「えーっ!」

シャルはクルクル回ってふてくされている。


それからしばらく行くと、ぽっかりと口を開けた不気味な穴が現れた。そこは、遠い昔に忘れ去られた坑道。

「ここがおばあさまが言っていたところね。この坑道を抜けると、渓谷に続く入り口まで行けるとおばあさまは言っていた」


何かを感じ取ったのだろうか、イルサは目の前にある不気味に佇む坑道の入り口を見つめていた。


坑道の中に入ると、天井までは大人3人分ほどの高さがあった。そして、冷たい壁に囲まれている横幅は、大きく動き回れるくらいの広さがある。遠い昔は使われていたのだろう、トロッコを走らせるレールが闇の中へと続いていた。そう、入り口近くは光が届いているが、少し進むと急に暗闇に包まれていくのだ。


「よし、行こう」

イルサは灯した松明を手に持つと、腰に下げた短剣を確かめた。シャルは暗闇に目を慣らすため、イルサの肩に掴まり目を瞬いている。


しばらく行くと道が二手に分かれていた。トロッコを走らせるレールが所々断裂している、中には何かの衝撃を受けたのか?グンニャリと曲がっているレールもあった。


「イルサ、どっちに行くの?」


イルサは松明をかざして、ゆく先を確かめた。

「左に進みましょう」

すると、今度は通路が真っ直ぐと右に分かれている。

そしてそのまま真っ直ぐ進むと、少しして突然イルサが立ち止まった。


「どうしたの?イルサ」

「シッ、後ろからつけてきてる」

シャルは振り返った。

「え?なにもいないよ?」

暗闇の中、松明の灯りが照らす範囲にはなにも見えない。


彼女たちは風下にいた。入り口から吹き込む風が少しだけ流れてきている。


すると、イルサは目を閉じ神経を研ぎ澄ませた。


「なにかが、少し距離を置いてこちらを伺っている」

そのとき、かすかに金属の擦れ合う音がした。


二人?いえ、二匹かしら...。


この獣の臭いは...。

イルサは記憶を辿った。


ゴボルト!!


ゴボルトはイヌのような顔を持つ人型の生き物だ。その性格は臆病だが残忍、しかし、1、2匹ならたいした相手ではない。おそらく、不意をついて後ろから襲うつもりなのだろう。


立ち止まっていたイルサだったが、振り返らずに再び歩き出した。すると、また道が二手に分かれている。

イルサはすばやくその角を曲がり、身を潜めると、さっき立ち止まっていた場所に火の付いたままの松明を投げた!


「シャルは隠れていて」

イルサはそう言うと、腰にさげた長さ1.5フィートの短剣を抜いた。

「うん、気を付けてね...」


投げられた松明は、油を染み込ませた布を巻いたばかりだ、燃えさかる炎が通路を明るく照らしている。


カシャン!ガシャン!!

金属の擦れ合う音が激しくなり、それはこちらに近づいてきた。そして、炎のあかりに照らされた二つの影が現れる!

ザザッ!

二つの音は立ち止まった。


そっと覗くと、二匹のゴボルトが辺りを見回している、急に獲物が消えたことに動揺しているようだった。


一匹のほうはその身に古びたヘルム、ボロボロのキュイラス、右手には刃の欠けたロングソード、片方の手にはバックラーを上下逆さまに構えていた。

どうやら、道具を使うという知恵くらいはあるらしい。

しかし、ゴボルトがその装備の戦士を倒せるはずがない、おそらく死体から剥ぎ取ったものだろう。


このゴボルトは装備のせいで動きがおそいだろう、武器を振り上げてからの攻撃か?それとも突き刺してくるか?

もう一方は手に棍棒を持っているだけで体には何も着ていない。

こっちのゴボルトはそれなりに動きがあるだろう、武器を振り上げながら向かってくるか?


イルサは瞬時にそれらを分析した。

どちらから倒すか...。


そして、一呼吸つくと、イルサは通路に飛び出した!!


突然現れた自分たち以外に、二匹のゴボルトは牙を剥き、今にも襲い掛かろうとしている!!


”ガァーッ!”


イルサは壁を背に短剣を構えた。

するといきなり、手にした武器を振り上げながら、鎧のゴボルトが襲い掛かってきた!!

同時にイルサも地面を蹴って飛び掛かるっ!!!


ビュンッ!

ゴボルトは目の前に着地した獲物を切り裂くが、その剣は空を切った。なんとそれは、高速で移動したイルサが残した残像だったのだ!!


グサッ!!!

長さ1.5フィートの短剣が、ゴボルトの急所を突き刺していた!!

そう、残像を残しながらも、彼女はゴボルトの背後に跳躍し、着地と同時に首に短剣を突き立てたのだ!

イルサは突き刺した短剣を引き抜きながら、もう一体のゴボルトを睨みつける!!

ドサッ!

絶命したゴボルトがその場で崩折れた。


牙を剥く以外の表情がない生命体が、後退りながら怯えている。ゴボルトは本能的に敵わないと悟ったのか、一目散に逃げていった。


このときのイルサは「戦闘モード」になっていた。松明の照らす薄明かりの中、誰もが振り返るその美しさとは裏腹に、金色の髪は逆立ち、髪に隠れていた尖った耳が現れ、青く澄んだ瞳は漆黒の色に変化していた。


彼女はいったい...。

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