いいかげんなレストラン
私もいろいろなことを経験してきたが、一時期食堂をしていたことがある。パラグアイの現地食にライスを添えただけの、誰でも食べているような家庭料理の店だ。
せいぜい20人程度が入れるような規模の小さい店なので、特別に料理人は雇わず家で働いていた女中さんに現地食を作ってもらうことにした。うちにもう5年近くいて、昼食を賄ってもらっていたのだが、なかなかいい味をしている。これならいけると思っていた。年は40歳そこそこ。
市内の繁華街からは少し外れていて人通りは少ないが、市内バスも通っていて事務所などの看板が目立つ。オフィス街といったところだろう。ここら辺りの、店の店員やOLを対象にした、大衆食堂のようなものだ。
かねてからの念願だったレストランを開店して、私はもう嬉しくて嬉しくてたまらない。
まるで、おもちゃを与えられた子供のようだ。
娘いわく「ママは遊んでるみたい」
と言われても、開店にこぎつけるまであちこち走り回って、調理道具から始まって、長いカウンターや椅子を据えつけて内装にも相当お金がかかった。税務局の方は税務氏に任せて、名前は「ドレミ」なんて、なんとなく幼稚な名前を付けて、やたら張り切っていた。
私はいつもプラス思考で、何か始める時に損をするなどと考えたことはない。儲ける、と思っている。もっとも、身に余るような資本を投資してなどという勇気はないのだ。
開店してから数日して、知人のM氏が遠くからわざわざ来店してくださった。60歳前後の恰幅のいい紳士である。
なにしろ、知人や友達には電話をかけまくって宣伝しておいたのだ。
毎日メニューを替えて、この日は野菜とひき肉を煮込んだスープとライス。それに漬物も添える。
だいたい食事を運んでいくのは私の役目だった。満面の笑顔で食事を運んで、にこにこと温厚そうなM氏にオーナーを気取って挨拶をして、奥に引っ込んで自分もスープを注いで一口飲んでびっくり仰天!!???
から~い!!
塩っぱい!!
これはいかん!!
女中はすでに気の毒そうな顔で俯いている。
「どうしたの、これは???」
もう言われることを予測していたのか、私の顔をうかがいながら
「はい、塩が袋半分ぐらい入ってしまいました」
塩は一袋250グラム。半分ぐらいザーっと入ってしまったというのだから、半分に割って125グラム入ってしまったということになる。
「ええっ!!!なぜ早く言わないのよ。早、水入れて炊き直ししてよ」と、野菜や肉も継ぎ足すように言って、自分も慌ててやかんに水を入れて火にかけた。
そして、店に走り込んで
「Mさん、それ、からいから湯持ってこうか!?」
なにしろ、私は根が上品じゃないうえ、このときは慌てているので、方言丸出しの乱暴な言葉になってしまった。M氏、驚いたように私を見て
「からいけど、まあ大丈夫です」
「ええっ、そうですか?」
少しは安心したが、半信半疑のままそれではとまた奥へ引っ込んだ。
幸いにして、M氏が来たのが早くて他のお客さんはいなかった。
それで、自分の皿には沸かした湯をどぶどぶっと入れて、とにかく腹の中に収めた。でもM氏の事が心配でまた店に顔を出してみると、M氏ゆっくりと私の顔を見上げて
「奥さん、やっぱり効いてきましたわ!!」
そりゃあそうでしょう、と口には出さず、調理場に取って返して、やかんの湯を持っていくと、M氏のスープの皿にどぶどぶっと….
まるで落語になってしまいましたが、この後店はどうなったかというと、しばらくしてから買い手があって居抜きで売ってしまいました。