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日常系短編小説

寝る前の白湯

作者: マキザキ




 寝る前に白湯を飲む。

 簡単ながら一定の効能があるとされ、健康志向な方々がよく実践されている。

 かく言う私も、その愛飲者である。


 冷蔵庫を開け、材料をピックアップしていく。

 鶏ガラスープの素、中華調味ペースト、粗挽き胡椒……

 普段ならばこれを御椀に入れ、湯を注ぐだけで完成なのだが、今日は少しばかり小腹が空いている。それに何とも気だるい。日中、面倒なクライアントとの商談が長引いたせいだろうか……?

 そこで、私は少しばかりアレンジを加えることにした。



 まず、調味料棚を覗く。

 すると、あった、あった。唐辛子ペーストとチューブニンニク。

 コレが入ると、発汗作用、温感作用、食欲、精力増進作用が白湯にエンチャントされる。

 だが、これでは小腹は満たされない。

 春雨でも入れようかと思ったが、生憎今は品切れだ。

 流石にラーメンやうどんはちと重い。

 何か無いものかと冷蔵庫の小瓶やタッパーを避けると、白い長方形の物体が姿を現した。

 

むむむ……。これは……豆腐か。

カロリー低めで、そこそこに食べ応えがあり、それでいて重くない、そんな奇跡の食材である。

賞味期限を10日ほど過ぎているが……まあ大丈夫だろう。

パッケージのシールをベリベリと剥がし、お椀に落とす。

白い四角形がプルンと震えた。


ガラスープの素、中華調味ペースト、ニンニク、唐辛子ペーストを豆腐の上にまぶしていく。

期せずして、お椀の中に豆腐と辛子の日の丸が出来上がったが、その内訳は和食と中華のるつぼである。

折角なので、洋食要素でも入れられないものかと、野菜室を弄ってみる。

だが、残念ながら、洋のテイストを持った食材は何もなかった。

昨日まではイタリアンパセリがあったのだが……。妻が鶏むね肉を焼くので使いきってしまったらしい。


 ふと、野菜室の隅の方に、鮮やかな緑色が転がっているのに気が付いた。

 おお、これはこれは……。青なんばんじゃないか。

 ん? これを入れれば、緑、白、赤でイタリア国旗の色になるな……。

 これは和洋中のコンプリートと言っても良いのではないだろうか。

 まな板を出すのも面倒なので、キッチンバサミでチョキチョキと青なんばんを切り落としていく。


 全ての食材が入り、イタリアンな雰囲気を醸し出す器に湯を注ぎ、ゆっくりとかき混ぜる。

 豆腐も崩し、中まで熱を入れる。

 よく冷えた豆腐が熱々の湯を適度に冷まし、ちょうど食べやすい温度にしてくれた。

 一口食べると、唐辛子ペーストの辛味が舌をピリリと刺し、その後、青なんばんの辛味が口いっぱいに広がる。

 ちょっと待って、コレくそ辛い! ファッキンカライ!

 ゲホゲホと咳き込みながら、台所に走り、牛乳を一口飲んだ。


 これは……しくじった。

 まさか青なんばんがここまで辛いとは……。

 色のよく似た獅子唐の、俗に言う「アタリ」よりも遥かに辛い。

 何か辛さをマイルドに出来るものはないだろうかと冷蔵庫をゴソゴソやると、レモン汁のボトルがゴロリと転がり出てきた。

 そういえば、辛味と相殺する味覚は酸味だと聞いたことがある……。

 レモン型のそれを持ち、私は激辛白湯の目の前に舞い戻る。


 ジョボジョボとレモン汁を注ぎ、今度は慎重に豆腐を口に運ぶ。

 む! 辛い! 辛いのに違いはないが、不思議と飲める。

 辛さに酸味が加わることで、これほどまでに変わるものなのか……。

 思えばエスニック料理なんかも、辛いものにレモングラスを入れたりしていたな……。

 和だの洋だの中だのと考えていた自分が馬鹿らしくなるほどの、エスニックの大勝利である。

 

飲み終えてすぐに、体がポカポカと温まり、全身から汗が噴き出してきた。

 素早く歯を磨き、布団に潜りこむ。

 既に寝ていた妻が、うーんと唸った後、布団を脱ぎ捨てつつ壁際に転がっていった。

 寒いのに風邪ひくぞ……と言いながら、妻に布団をかけてやる。

 「おやすみ」と言って、そっとその頬に口づけを落とす。

 彼女はウンウンと唸り、頬をしきりに掻いていた。


「白湯」が「パイタン」ではなく、「さゆ」であると知ったのは、この2か月後の事であった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 妻が寝静まった頃、夫が小腹を抑える為に一人深夜に料理していると思うとほっこりします [一言] タイトルで寝る前の"サユ"に対するエッセイかと思っていたらパイタンでんん?と思い、寝る前のジン…
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