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 カルヴェドア王国の王都はタッカ市の何倍も賑やかだった。


 タッカ市を出立して他の街を経由しながら街道を進み、王都に到着したのは十日後のことだった。


 大路にはいくつもの商店が建ち並び、喧噪の中で走り回る丁稚もどこか垢抜けて見える。

 道行く人々の顔も明るく、タッカ市に溢れていたような冒険者や兵士たちは少なかった。


「……ここか。でかいな」


 師匠から渡されていた地図を頼りに王都の中心街に入ると、そこは貴族や富裕層の住まう場所だった。

 綺麗な町並みが続き、少し歩くと広い庭がある屋敷街になった。

 地図通りにたどり着いた邸宅は、師匠の家の何倍も大きかったし、庭もかなり広かった。

 壁に囲まれているが、壁の向こうには多くの木々が並んでいるのがわかる。ちょっとした都心の緑地公園みたいだ。


 ぐるりと壁沿いに進んでいると門があり、守衛が二人立っていた。


 声をかけると誰何されたので、自己紹介がてら師匠から預かった紹介状を見せる。

 するとすぐに中に通された。


 門を通り過ぎてからが遠い。屋敷までは少し歩いた。

 屋敷も立派な玄関で、一度に何十人と通れそうだ。


 屋敷の中にはいくつかの調度品がセンスよく並べられている。

 成金っぽくもないし、それなりに由緒ある家柄なのかもしれない。


 応接室にはそれはまたご立派なソファーがあった。

 なんとメイドまでいた。

 恭しくお茶を出されたので恐る恐る飲む。

 美味い。茶葉が違うのだろう。香りがまず違った。


 しばらくして入ってきたのは還暦を過ぎたようなおじいさんだった。

 たぶんこの屋敷の主人だろう。


 俺は立ち上がって頭を下げる。


「ああ、よいよい。座りなさい」


 彼は俺の前にどっしりと座って相好を崩した。


「よく参った。私はマリウス・ヴィッカーだ。由緒正しきヴィッカー家の現当主……といっても、君にはわからんだろうな。まあ、気楽にしてくれて構わんよ」

「お気遣いいただきありがとうございます。師匠アンジェラの紹介により参りました。ハロルドと申します。田舎者で無礼もあることかと思いますが何卒よろしくお願い申し上げます」


 マリウスは嗄れた声で笑って身を乗り出すと俺の肩をバシバシと叩いた。


「がははっ! 若いのが肩肘張る必要もないぞ! もっと力を抜きなさい」

「は、はあ……」


 それから始まったのはマリウスの自慢話というか、ヴィッカー家の由緒についてだった。

 長いので要約すると、カルヴェドア王国建国以来数多の魔術師を輩出した名門中の名門だそうだ。


 今では宮廷で政務も担う貴族だという。道理でこんなにでかい邸宅に住んでいるわけだ。


「ハロルド君。君はあのアンジェラに教育されたのだろう? さぞや優秀な魔術師なのだろうねえ」

「誰かと比べたことはありませんが、師匠に言わせればきっと未熟者と言われるかと思います」

「ああ、アンジェラはあてにしない方がいい。あれは人間のものさしで計れんからな」


 古い知り合いからもそう言われるとは、我が師匠ながらぶっ飛んでいるようだ。


「アンジェラは元気にしていたかね?」

「はい。毎日研究に没頭しています」

「がはは、相変わらずか。もう三十年来の仲だが、変わらんな」


 マリウスは懐かしそうに目を細めた。


「それで、彼女からは数日世話してやって欲しいと聞いているが、君は王都で何をするつもりかね?」

「魔導義肢を作ろうと思いまして」

「ふむ」


 俺はマリウスに俺の過去を語った。

 戦争に巻き込まれて一人になったこと。魔獣に襲われて左腕と両脚を失ったこと。師匠に拾われて新しい手足を得たこと。師匠から魔法を叩き込まれたこと。魔導義肢を自分でも作れるようになったこと。


「昔の俺のように手や足を失って困っている人を少しでも助けられたらと思います」

「うむ。見上げた若者だ。素晴らしい夢だ。私もぜひ応援させてもらおうじゃないか」


 マリウスは工房や新しい住居が見つかるまでの間、ずっと屋敷にいていいと言ってくれた。さすがに長期間は世話になれないが、彼が言うには良い物件を探すには一ヶ月ぐらいかかるという。


「焦らずじっくり探すといい。資金はあるのかね?」

「あ、はい。えっと、聖金貨二枚と金貨五百枚ぐらいは」


 俺が答えると、マリウスは目を見開いて驚いて、それから言った。


「そうか。師匠はアンジェラだったな。うむ。そうか。なるほど」


 どうやら俺も師匠のせいでいつの間にか常識がなくなっていたらしい。


「しかし、どうやってそれほどの金を稼いだ?」

「えっと、師匠から言われて赤竜を……」

「核かね」

「はい」


 マリウスは盛大なため息をついた。

 俺の持っている金は鱗を売却した分もあるが、師匠が伝手を通じて核を売ったときの金が大半だ。


 核の売却益は金貨一万八千枚。聖金貨は金貨千枚で一枚だから、本当は聖金貨十八枚にもなる。さすがにそんな大金を持ち歩けないので、タッカ市の商人組合に貸し付けてきた。


 エミリーの婚約者との契約だ。十年で一割の利率だが、若旦那は何も言わずに契約を結んでくれた。むしろこんなに低い利率でいいのかと怪しまれたくらいだ。


「家と工房を購入するだけならば、ピンキリとはいえ、金貨三百枚といったところか。下町であればもっと安く住む。それだけ予算があるのならば、私からも伝手を頼ってみよう。職人街でそこそこの物件があるだろう」

「ありがとうございます!」


 せっかくの申し出なのでお任せすることにしよう。


「ハロルド君はかなりの使い手なのだな。アンジェラの指導つきとはいえ、赤竜を倒したとは恐れ入った」

「あ、いえ。師匠はおうちで留守番でした」

「……うむ。やはり君はアンジェラの弟子で間違いないな」

「なぜでしょうか。なんだか自分が人外になった気分です」

「諦めた方がいい。あれに関わると誰もがそうなる」


 師匠は魔術師界隈でかなり有名らしい。


「普通は魔導義肢と神経を直接つなげようなどとは思わん。思いついたとしても諦める。患者がもたないからだ」

「ですよね。死ぬかと思いました」

「いくら患者の様子を見ながら手術をしても、途中で音を上げるのが普通だ」

「腕も脚も全部同時でした……」


 マリウスは俺の肩を優しく叩いて言った。


「苦労したんだな、ハロルド君」


 なぜか同情された。


 マリウスはメイドに俺の案内をするように命じて席を立った。

 応接室から出て行こうとして彼は振り向く。


「ところで、アンジェラは私のことをなんと?」


 質問の意図がよくわからなかった。


「王都の知り合いだと聞きましたが、それ以上は何も」

「ふむ。そうか……」


 マリウスは少し俯いて何かを考えているようだった。


「えっと、それが何か?」

「いや、なに。少し気になっただけだとも。では、ハロルド君。長旅で疲れただろう。ゆっくりと休むといい」

「ありがとうございます。しばらくお世話になります」

「うむ。ではな」


 マリウスはごまかすように笑って応接室を出て行った。

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