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師匠に言われてベルト固定式の魔導義肢を作った。
我ながら良い出来映えだと思う。
今までの魔導義肢は接続式に比べて魔力の消費量がはるかに大きくて効率がすこぶる悪かった。
なので、俺は魔導義肢の内部に受信機のようなものを組み込んで、わずかな魔力信号を内部の魔導回路で演算して出力できるようにした。
慣れるまでに数日必要だが、それでも一日つけっぱなしでも普通の人が使えるくらいには魔力の節約ができるようになった。
「まあ、及第点ね」
師匠は辛口だ。
「どこが悪いですか?」
「ロマンがないわ」
「ロマン」
「ロマンよ」
師匠は両手を広げて熱弁した。
「生身じゃできないことをしてこその魔導義肢でしょう!? つまりブレードを仕込んだり、魔法陣を組み込んだりしないと宝の持ち腐れじゃない!」
しばらく師匠の熱弁に付き合った。
師匠は言いたいことを全て言ったあとで小さく息を吐いた。
「まあ、普通に生活する分には申し分ないわね。いいわ、合格としましょう」
「はあ……よかったです」
一緒にお風呂に入ったのは先週のことだ。
あれ以来、俺は自分にできることはなんだろうと考えていた。そこに師匠が「魔導義肢を作りなさい」と言ったので、渡りに船だった。
魔導義肢製作は日頃のメンテナンスも兼ねて師匠から色々と教わっている。いちいち鍛冶場が必要ないのは魔法のいいところだと思う。魔力の微調整は相変わらず苦手だけれど、それは今後の課題だ。
俺は俺みたいに手足を失って苦しむ人を少しでも減らせたらいいなと思う。
「ハロルド」と、師匠は急に真面目な顔をした。
俺も居住まいを正して耳を傾ける。
「――王都に行きなさい」
それは事実上のお別れ宣言だった。
「去年ぐらいからずっと考えていたのよ。あなたが本当に活躍できる場所はどこか。あなたの力を戦争なんて虚しいものに使わずに、未来に向けて使えるのはどこなのか。師として、最後にあなたにやってあげられることはなんだろうって」
「師匠、それは……」
「ハロルド――」
師匠は首を横に振って目を閉じた。
俺は何も言えなかった。
「きっとわたしはあなたよりも長く生きる。あなたが死ぬころにはまだ同じ姿だと思うわ。でもね、そんなことはどうでもいいのよ、ハロルド。あなたにはあなたの人生がある。あなたは普通の人間だもの。友達を作って、伴侶を得て、一生懸命仕事をして、子どもを作って、次の世代の道しるべとなる……それがあなたの義務よ」
師匠は優しく微笑んで俺を抱きしめた。
身長が違うので、師匠が俺の胸に顔を埋めることになったけど。
「はふぉふほ」
「……何言ってるかわかりません」
師匠はくすくす笑って俺の胸から顔を離した。
「ハロルド。幸せになりなさい。師匠として、最後の命令よ」
そっと頬を撫でた師匠の手はとても温かかった。
いつの間にか流れ出した涙を師匠が拭う。
「――はい」
師匠は一瞬だけ寂しそうな顔をして、そしてすぐに満面の笑みで頷いた。
「よろしいっ! すぐに支度をなさい! 王都の知り合いに数日世話してくれるように頼んでいるから、明日の朝にでもすぐ出立するのよ!」
それはあまりにも早い別れだった。
けれど、きっと師匠は寂しくなるのが嫌だからこんなに急に言い出したんだと思う。
そうじゃなかったら準備が良すぎる。
翌日。
師匠は最低限の荷物をまとめた俺を屋敷の前から見送った。
「師匠、落ち着いたら手紙を送ります」
「毎日送りなさい」
「さすがに無理です」
「意気地がないわね」
「違うと思います」
師匠は別れ際も師匠のままだった。
いつものニコニコした顔で、どこか安心している自分がいる。
師匠は俺に一冊の魔導書をプレゼントしてくれた。
「餞別よ。ちゃんとものにしなさいね」
「魂魄魔法、ですか。難しそうですね」
「大丈夫よ。まあ、概念魔法の類だから、小難しいあなたなら一ヶ月ぐらいで覚えられるわ」
パラパラとページをめくってみると、師匠の字だった。
師匠の知識を自ら俺に伝えてくれようとしているのだと思うと、目頭を押さえたくなった。
「師匠」
「しみったれた挨拶なんていらないわよ」
「どうして先手を打つんですか」
「ハロルド。あなたがわたしに言うことなんて何もないのよ。あなたはあなたの幸せを得ればいい」
「……はい」
「でも、子どもができたら抱っこさせてちょうだい」
「はい!」
「ハロルドの子どもだもの。きっとかわいいわ」
「早いですよ。というか相手もまだいませんし」
「全身金属製で生まれたらどうしましょうか」
「師匠、さすがにそこは遺伝しません」
「残念ね。ぜひとも改造してあげたかったのに」
顔を見合わせて笑った。
「行きます。お達者で、師匠」
「二度と帰ってくるんじゃないわよ、ハロルド」
「そこはいつでも帰ってきなさい、では?」
「馬鹿ね。破門よ、破門」
師匠は俺の背中を叩いて送り出す。
なぜだか振り返ることができなくて、俺はそのまま歩き出した。
聞こえてくる嗚咽に振り向くことができなかった。
思えば、あの苦しみの日々から救ってくれた師匠は決して俺に弱さを見せなかった。
いつもニコニコしていて、いつも冗談を言って、いつも優しくしてくれた。
たまに殺されそうになったけど、いつだって俺の味方で、いつだって困ったときには助けてくれて、いつだってそっと背中を押してくれた。
愛情の与え方を知らないと師匠は言っていた。
でも、それは違うと思う。
ちょっと変わったやり方だったけれど、俺は師匠ほど愛情深い人を知らない。
師匠ほど俺のことをよく知って、信じてくれた人を知らない。
魔法が下手くそな俺を根気強くできるまで教えてくれた。
トラウマでゴブリンごときに殺されそうになったとき、師匠は「あなたならできるわ」とずっと俺を鼓舞してくれた。
魔導義肢の手術のあと、痛みに苦しんでいる俺を、三年もの間傍を離れずに看病してくれたのは他の誰でもない、師匠ただ一人だ。師匠が俺の手をずっと握っていてくれた。だから俺はあの痛みと苦しみに耐えることができた。
師匠、師匠、師匠。
俺は師匠からたくさんのことを教えてもらった。
魔法だけじゃない、居場所だけじゃない。腕や脚だけじゃない!
「師匠!」
俺は振り向けなかった。でも、きっと俺の言葉は聞こえているはずだ。
「お世話になりました!」
踏み出す。師匠がくれたこの両脚で。
踏み出す。師匠がくれた新しい未来を。
踏み出す。師匠が望む俺の幸せを得るために。
この恩は決して忘れない。忘れられるわけがない!