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 俺と師匠が住む街は帝国との国境にほど近い辺境都市――タッカ市という。


 十三年前には帝国との小競り合いが起き、最前線基地としての役割も果たした。だが、非常に短期間で収束し、停戦合意をしてからは交易が盛んだ。


 辺境とはいえ、帝国との交易で栄えているし、周囲は手つかずの自然があるため魔獣の素材を求めて冒険者たちがやってくる。


 師匠は偏屈だ。

 絶対に王都で暮らした方が気楽だし、何も心配しなくていいのに、なぜかこの辺境にこだわっている。いや、こだわっているというか確かに師匠からすれば魅力的なんだと思う。


 師匠は色んな実験が大好きで、素材を集めては新しい魔導義肢を作っている。それ以外にも色々とやっているけど。

 だから、珍しい素材の集まるこのタッカ市は師匠にとって王都よりも優れた拠点なんだと思う。


 あと、弟子の荒療治にちょうどいいとか、多少手荒にしても人目につかないとか、そういう理由も多分にあると思う。悲しくなるから聞かないけど。


 それはさておき。


 俺はタッカ市の南街にある宝石商に来ていた。

 残念ながら目利きができない。とはいえ、師匠が持っている装飾品をいくつか見たことがあるから、それを基準に選んでみようと思う。


 誰に贈るかと言えば、もちろんエミリーだ。

 まあ、別に、その、下心がないってわけじゃないけど、今回は純粋に日頃頑張ってることのご褒美っていうか応援の意味を込めたプレゼントだ。


 たかだかアクセサリーぐらいで勘違いされても困るから、ちゃんとそこは言っておかなきゃいけないな。


 売り子がしきりに高そうなのを勧めてきたけど、そんなに高いのを贈ってもエミリーはきっと萎縮してしまうだろうから、ほどほどのがいいだろう。


 とりあえず金貨三枚ぐらいでシンプルなブローチにした。ちゃっかり小さなダイヤもついている。本当に小さいけど。


「ねえ、ハロルド。それは誰にプレゼントするのかしら」

「……なんでいるんですか、師匠」


 後ろからのぞき込んでくる師匠。

 そういえばいつの間にか俺が師匠の身長を抜いていたんだな。

 まあ、俺の身長は魔導義肢あってのものだから擬似的な身長だけど。


「別に誰だっていいじゃないですか」

「この前の鱗で稼いだお金でプレゼントってわけね」

「ええ、まあ。良い機会ですから」

「いいなー、いいなー。ハロルドからプレゼントされるなんて羨ましいなー。わたしもハロルドから情熱的なプレゼント欲しいなー。扇情的な下着とか、一晩中野獣になれる精力剤とか、幸せな家庭とかー」

「師匠、棒読みで言うのやめてもらっていいですか? あとせめて明るい家族計画が必要だと思います」

「ハロルド、ノリが悪いわね。友達できないわよ」

「あとさらっと下ネタ入れてくるのは師匠の悪癖なの知ってますけど、さすがに店頭でそれはやめてください。仮にも師匠は有名なんですから。評判落ちますよ?」

「ハロルドったら、そんなことを心配してくれているの? とっても師匠思いなのね」


 師匠はにっこりと笑って俺の頭に手を伸ばしてぐりぐりと撫でた。

 初めてのことだったのでしばらくそのままにさせていたら、自分より身長が高くなっていることが気にくわなかったのか、頭を鷲づかみにされて同じ目線まで頭を下げる羽目になった。


「頭が高いわね」


 師匠は理不尽だ。

 勝手で気ままで、とにかく行き当たりばったり。


「わたしが評判を気にする人間に見えるのかしら」

「見えません」

「よろしい」


 師匠と一緒に店を出ると、師匠は俺の周りをぐるぐる回って品定めした。


「よく考えたら、ハロルドにおしゃれを教えてなかったわね」


 確かに。

 師匠から教えてもらったのは戦う術と魔法、それから……いや、それ以外に何を教わっただろうか。ちょっと思いつかない。師匠から教わる常識は当てにしないようにしているし、読み書きぐらいは教わったけれども、数字さえわかれば計算はできた。家計の管理も俺の仕事だ。

 師匠はお金にあまり興味がないので、家の倉庫に無造作に金貨の詰まった袋が置かれていることもある。たぶん師匠は総額でいくらあるのかも知らない。


「ハロルドって昔から大人びていたものね」

「そうですか?」

「そうよ。もっと子どもらしく甘えてくれてもよかったのに」


 俺が甘える、か。

 確かに拾ってもらった当時は五歳だったし、もっと甘えてよかったのかもしれない。でも、今更だと思う。もう十八歳だ。


「――というか、度々死にそうな目に遭わされても甘える度胸があると思います?」

「そこはもっと図太くならないとダメよ」


 むしろ甘えていたのは師匠の方だと思う。

 やれあれをしろ、それをやっておけと自分で動かない。別に俺はそれで構わないけれども、師匠は基本的に出不精だし、放っておくと風呂にも入らないし、服も着替えない。食事も忘れて研究に没頭することだってざらにある。


「師匠も素材はいいんですから化粧ぐらいしてもいいと思いますけど」

「あははっ、百歳超えてるのに今更化粧なんて馬鹿らしいじゃない」

「初耳なんですが」


 さすがハーフエルフ。今まで聞かなかったけど、師匠は百歳を超えているらしい。

 俺なんて孫よりもずっと下じゃないか。

 でも素材がいいのは本当だ。とびきり美人ってわけじゃないけど、中々端正な顔立ちをしている。


「ちなみにハーフエルフの寿命ってどれぐらいあるんですか?」

「さあ。エルフでも五百年ぐらいって聞くから、たぶん二百年から三百年ぐらいじゃないかしら。ハーフエルフなんて滅多にいないからわたしも知らないわよ」


 そういえば、俺は師匠の経歴をほとんど知らない。

 時々遠征軍に付き合うことがあるくらいは知っているし、それなりに名が知れた魔術師だということは知っている。けれど、どんな人生を歩んできたのかは知らない。聞きたいとも思わないけど。


「ハロルド。ついでに服屋にいきましょう。選んであげるわ」

「いいんですか?」

「お財布忘れたから自分で買うのよ」


 師匠はやっぱり師匠だ。

 もうこの台詞も何回目だろう。


 師匠に連れられて服屋に行くと、俺は着せ替え人形になった。

 師匠があれやこれやと服を持ってきて次々に着せ替える。


「ハロルドったら、なんでも似合うわね」

「……もう帰りましょうよ」

「ダメよ。もっと似合うのがあるはずだから」

「本当に似合ってると思ってます?」

「馬鹿ね。ちゃんと相手の魔力を見なさいな。わたしが嘘を吐いていたら魔力が濁っているわよ?」

「そんなの見れるの師匠ぐらいだと思いますけど」

「目を魔力で強化するだけよ。あ、注ぎ過ぎちゃダメよ。うすーくうすーくすこーしだけよ」


 そうして一時間以上着せ替え人形を続けた結果、俺は予定になかった衣服を二十着近く買う羽目になった。庶民用の服屋だったら布地が置いてあるだけなのだが、ここは富裕層向けの仕立てもしている店だから、平気で金貨五枚が飛んだ。

 それでも安い方らしいけど、おしゃれに気を遣わない性格なのでいまいち納得できない。


「師匠、今日は服を選んでくれてありがとうございます」

「まあ、無理矢理付き合わせたようなものだから気にしないでいいわよ」


 師匠は珍しくそんなことを言って笑った。


「これ、もらってください」

「なあに、これ」


 師匠が服を探している間に見つけてこっそり買っていたスカーフだ。


「たぶん似合うと思います」


 袋から出して、師匠は首元にスカーフを巻く。

 深い紅のスカーフは師匠の雰囲気にぴったりだった。


「どう? 似合うかしら」


 俺に見せつけるように、道の真ん中でくるくると回ってみせる。


「とっても似合ってます」

「これから寒くなるものね。ちょうどよかったわ」


 師匠は俺が思っていたよりもずっと喜んでいた。

 ニヤニヤしていた。


「ありがとう、ハロルド。大事にするわね」


 少しだけ師匠孝行ができた気分だった。

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