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本日から毎日二話、12・22時更新

 師匠はご満悦だ。


 そりゃそうだ。念願のドラゴンステーキをたらふく食べているのだから。


「はあ、幸せ。前倒したときはお肉もらえなかったから食べたかったのよ」

「半信半疑でしたけど、実際美味しかったですね」

「だってドラゴンよ? 当たり前じゃない」


 何がどう当たり前なのだろう。

 肉は赤身だったし、黒毛和牛のような脂の旨みはなかったけれど、純粋に肉の旨みが凄かった。

 熟成させたわけでもないのにこれはすごい。噛み応えを残しつつ柔らかい。しっかりと味があるのにクセや臭みがない。


「ふう。で、聞き忘れていたけど、どうやって倒したのかしら?」


 俺は赤竜との戦いを詳細に語った。

 すると師匠は呆れているようだった。

 ヒントをくれなかったのは師匠だと思うのだが。


「ヒントならあげたわよ。ちゃんと死んだら逆鱗が落ちるし、鱗も剥げるって言ったでしょう?」

「えっと、それのどこがヒントなんですか?」


 盛大なため息を吐かれた。


「ドラゴンが魔力で鱗を硬く保っていることはわかるわよね?」

「はい。そうだろうなって思いました」

「だから、ドラゴンの魔力を部分的にでも奪うか中和させれば、その部分だけでも柔らかくなるわよね?」


 理論的にはその通りだ。

 だが、それをするためには少なくとも手を触れる必要があるし、できたとしても一瞬だ。

 一秒にも満たない。大凡人間が反応できる時間とは言い難い。


「ちょっと触って、ほとんど同時に魔法障壁の槍で串刺しにすればいいだけじゃない。わざわざ溺死させるだなんて面倒だし、何より赤竜が可哀想だわ。どうせ殺すなら苦しめちゃダメよ」

「肉のために倒してこいって言っておいて何言ってるんですか」

「ハロルド。人間は食欲に勝てないのよ」


 そもそも近づくのも困難だし、近づいて触るのはもっと困難なのだが、師匠からすれば簡単なことらしいので如何ともしがたい。


「次はそうやってみたらいいわ」

「次、ですか?」

「明日また素材を取りに行くんでしょう? たぶん他の赤竜が血の匂いにつられて近くに来てると思うから、喧嘩売られるわよ」


 そういう習性も先に教えて欲しかった。


「肝に銘じておきます。ところで素材はどうしますか?」

「うーん。鱗は売ってもいいけど、逆鱗は地下室に入れておいてちょうだい。薄皮はシグラ草の溶液に三日浸してから陰干ししたら保管かしらね。核は……売って小遣いにでもしなさいな」

「本気で言ってます?」

「あっ、骨はダメよ。魔導義肢に使いやすいからちゃんと取ってきなさいね」


 どうやら本気のようだ。

 赤竜から取れる素材で一番高価なのが核なのに。

 金貨換算で一万枚を越えるんじゃないだろうか。


「核って売れるんですか?」

「あっ、そうね。普通には売れないわね。なら地下室に入れておいて。代わりに逆鱗以外の鱗をあげるから」


 俺が倒した赤竜だが、師匠にはジャイアニズムの対象らしい。別にいいけど。

 それに鱗でも一枚当たり金貨数枚の価値がある。

 全部で百枚以上はあるからちょっとした大金持ちだ。



 三日後。

 素材も粗方集め終わり、現れた二体目の赤竜は倒せなかったが撃退することはできた。

 ようやく落ち着いたところだ。


 俺は鞄に赤竜の鱗を五枚ほど入れて冒険者ギルドに向かった。

 長袖長ズボンに手袋まではめていれば俺が魔導義肢をつけているとは誰も思わないはずだ。


 さすがに戦闘ともなればバレるけど、普通の人間が相手ならわざわざ本気を出す必要がない。

 師匠の訓練は伊達ではないのだ。


「あれ? ハロルドさんじゃないですか。お久しぶりです」


 今日の買取担当は新入りのエミリーだった。

 エミリーはかわいくて明るくて冒険者たちからも人気がある。

 かくいう俺もエミリーを見るとちょっと胸がざわつく。

 好きってわけじゃない。なんというか、保護欲をそそられるというか、応援したくなる感じだ。


 まあ、未だ十八歳とはいえ、中身は生まれた瞬間から妻子持ちだったおっさんなので、どうしても恋愛感情というものが薄い。

 師匠はまあ、どこまでいっても師匠だが。


「これを売りたいんだ」

「はい、査定をしますので少々お待ちくださーい」


 エミリーはまだ新人なので査定に時間がかかる。時々先輩に聞きに行くこともある。

 今回も鱗を見て首を傾げていた。素材辞典を開いて睨めっこをしていたが、結局自信がなかったようで先輩のもとに行ってしまった。


 けれど、すぐに慌てた顔で戻ってきた。


「ハロルドさん! これ、どうやって手に入れましたか?」

「北の森で拾ったんだ」


 嘘だ。

 別に実力を隠したいわけじゃない。

 でも、師匠が「冒険者ギルドに目をつけられると面倒くさいわよー」と言っていたので一応ごまかせるうちはごまかすつもりだ。


「拾った……ですか」

「うん。それ以外にどうやって手に入れるのかな」

「そ、そうですね。そうですよね!」


 エミリーは乾いた笑いを浮かべていた。まさか俺が赤竜を倒せるような男だとは思っていないんだろう。

 だって、俺は冒険者ギルドに登録さえしていない。


 時々ギルドを尋ねては素材を売っているだけだ。

 どれも高いけど、盗品だとすぐに足が付くし、ギルド側は俺が何かしらの伝手を持っていると思っているようだ。

 好都合なので訂正はしない。


「ハロルドさん。この鱗ってまだありますか?」

「んー、探せばあるとは思うけど、危険だからなあ」

「無理をしない程度で構いません。なかったらなかったで」

「まあ、探してみるよ」

「お願いします。赤竜の鱗は今相場が上がってるんです。滅多に市場に出回りませんし」

「了解。あとエミリー」

「はい?」

「買取品のことを口に出すのはマナー違反だよ」


 エミリーは即座に頭を下げた。


「申し訳ありません! わたしったらなんてことを……あっ、あのっ」

「いいよ。でも次は気をつけてね」

「はいっ! ごめんなさい!」


 あんまり虐めても周りの目があるし、何より俺はエミリーを応援する側だ。

 今度何かプレゼントでも贈ってみようかな。いや、別に下心があるとかそういうのじゃない。

 ただ純粋に応援したいだけだから。うん。


「こちらが買取金額です。お納めください」

「ありがとう、エミリー。またよろしくね」

「はい。またお越しくださいね」


 赤竜の鱗は一枚当たり金貨四枚だった。

 中々いい稼ぎだ。普通の相場ならもうちょっと下だと聞いていたけど、エミリーが言う通り相場が上がっているらしい。俺にとっては好都合だ。

 買い手市場にならないように少しずつ売ることにしよう。


 冒険者ギルドを出て帰ろうとすると呼び止められた。


「なあ、そこの坊主。ちょっといいか」


 いきなり不躾なやつだ。

 だが、下っ端の冒険者ってわけでもなさそうだ。

 俺はあんまり魔力で相手の力量を測るってのが得意じゃない。

 けど、なんか強そうな感じがする。


「坊主じゃないし、カツアゲなら他を当たってくれません?」


 その冒険者はきょとんとした顔をしてからからと笑った。


「あっはっはっ! そいつはすまなかったな! 俺はゴードンだ。これでもA級冒険者でやってる。坊主の名前は?」

「ハロルド。あと十八歳だから坊主って年齢でもない」

「そうかい。そりゃあ悪かった」


 ゴードンは気さくな雰囲気の男だった。

 腰に下げているのは斧だろうか。かなり大きい。でも、鋼だ。柄の部分だけミスリルみたいだけど。


「お前がさっき持ち込んだのは、赤竜の鱗だろ?」

「……だったら?」

「俺は耳がよくてな。北の森で拾ったんだって?」

「欲しいなら自分で探しに行ってどうぞ」

「だろうな。俺がお前でも絶対に教えねえ」


 ゴードンはにやりと笑って言った。


「鱗なんて俺は欲しくねえ。赤竜と戦いたい。それだけだ」

「あんな化け物と?」

「燃えるじゃねえか。男だろ? 男に生まれたからには強い奴と戦って勝つ。負けたら死ぬ。わかりやすくていいじゃねえか」


 バトルジャンキーってやつか。

 理解できない。命はもっと大事にしろ、筋肉馬鹿め。


「ゴードンさん。もしかして脳筋って呼ばれることありません?」

「お? よく知ってるな。なんだ、俺のこと知ってたのか?」

「いえ、今日初めてですけど、なんとなくわかりました」


 なんか変なのに絡まれてしまった。

 面倒だ。というか、早く帰って師匠の昼食を作らないと地獄の特訓メニューだ。


「じゃあ、急いでいるので帰ります」

「あっ! おい、待てよ! 秘密は守る! 赤竜と戦いてえんだ!」

「ご自分で探してください!」

「こらっ! にゃろう! 逃がすか!」


 わりと人間の限界ぐらいで走ってみたらゴードンは付いてきた。


「お前、脚速いな! でも俺も負けてねえ!」

「……うわあ、本当に面倒くさいこの人」

「絶対に教えるまで付いていくからな!」


 しばらく走っていたけど本気でついてくるようだ。というか、十分二十分と走っているのに全然へこたれない。持久力がすごい。

 仕方がない。


「ゴードンさん。諦めてください。それじゃ!」


 倍のスピードを出す。

 あっという間にゴードンが見えなくなった。

 そのままさっさと家に帰る。


「あら? そんなに急いでどうかしたのかしら」


 珍しく師匠が外に出ていた。庭で育てている薬草に水を与えているようだ。

 俺がでかけたから代わりにやってくれているらしい。


「師匠、すみません。お手間を取らせてしまって」

「うふふ。いいのよ。水やりぐらいわたしだってできるんだから」

「師匠」

「なあに?」

「水のやり過ぎです。鉢はバケツじゃありません。溢れてるじゃないですか」

「――世の中難しいことが多すぎると思わない?」

「魔法の方がずっと難しいです」


 やっぱり師匠は師匠だ。

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