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十八歳になった。
俺は今、師匠アンジェラの命令によって赤竜と戦っている。
「あー、師匠ってこいつを一撃で倒したんだっけ。マジ無理ゲー。現実だったら積みゲーまっしぐらだわ……」
赤竜はとにかく硬い。
鱗がとにかく硬い。
そしてでかい。師匠の屋敷の倍ぐらいある。
おまけに火を噴く。空を飛ぶ。
「なにこの空飛ぶ戦車……」
ブレスを魔法障壁で耐える。
五枚も張ったのに四枚割れた。最後の一枚が消えそうだったので、そのまま落下して回避する。
思えば魔導義肢もかなり進化したものだ。
つい先日、師匠が「全属統合魔法陣仕様ができたわ! さあ! これをつけて赤竜討伐に行ってきなさい! わたしはドラゴンステーキが食べたいわ!」と言い出して、今がある。
最新式の魔導義肢は各関節に全属統合魔法陣が組み込まれており、媒体にはオリハルコンが使われている。まあ極々微量だが、それでも比重が金よりも重たいので、軽いミスリルに添加しただけでもバランスがちょっとズレる。
ひとまずは外装の形状を少しずつ変えてバランスを整えてある。
「さーて、どうやって倒すかなあ……」
踵から風魔法と火魔法を組み合わせて筒状の魔法障壁を構成して、ジェットエンジンのようにして移動する。
かなりのGがかかってきつい。でも、潤沢な魔力で身体を強化しているので意識が飛ぶようなこともない。
師匠の訓練に比べれば大したことじゃない。
尻尾が飛んできた。間に合いそうにないので左腕と左脚でガードする。魔法障壁を同時がけするが、無理に抵抗せずにそのまま弾かれる。
さすがはミスリルの外装だ。魔力を通したときの硬度と柔軟性が非常に使いやすい。
「っと、ほんとどうやって倒せばいいんだ、こいつ」
近くの大木のてっぺんに立って考える。
赤竜はまだ若い個体だが、こちらをあざ笑うかのように滞空して睨んでくる。
師匠に倒し方を教えて欲しいと言ったら「それじゃあ勉強にならないじゃない!」と言われてしまった。もうちょっとヒントぐらいくれればいいのに。
「うーん。鱗は硬いけど、中身は肉だもんな。骨もそんな硬くないって話だし……」
実際、今の魔導義肢の心材は赤竜の背骨を使っているが、そんなに硬い代物ではない。スポンジ状で、魔力保持力がトップクラスでおまけに非常に軽い。
どうやってその巨体を支えているかというと、ドラゴンはある意味外骨格をもつ生き物と似ているらしい。つまり、昆虫みたいな感じだ。
「でもなあ、解体ができるってことはどこか剥がせる鱗があるってことだもんなあ。あっ、いや違うか。死んだら鱗が剥げるんだったか」
ということは、あれだ。
赤竜の鱗は魔力で補強されているということなのか。
だからこれだけ硬いと。
ある意味ミスリルみたいなものか。
天然のミスリルか。なるほど。そりゃあ高値で取引されるはずだ。
「げっ、まだやんのか!」
またしてもブレスがきた。
あれは火炎弾というよりも火炎放射と言った方が正しい。
じっくり十秒ぐらいはずっと続くし、逃げても首を動かして追ってくる。
さすがに連発はできないみたいだから、耐えるか逃げるかすれば余裕ができる。
魔法障壁を六枚かける。
一瞬で五枚削られた。やばい。さっきよりも威力を上げてきている。
急いでもう五枚かけ直す。
なんとか一枚だけ残して耐えることはできたが、ブレスが消えた途端目の前に口を大きく広げた赤竜がいた。
「やばっ!」
間に合わない。
顎門が閉じる瞬間。俺は一か八かで雷魔法を口の中目がけて放った。
「紫電霹靂!」
できれば使いたくなかった。
自分に魔法障壁を何枚もかけたって魔法の威力で吹き飛んでしまう。
「かーっ! クソ痛え! 痺れるから使いたくないんだよ、これ!」
耳もおかしくなる。
雷を間近で発生させているのだから、そりゃあもう轟音だ。
酸素がオゾンになるんだったか。吹き飛ばされるからあまり影響はないけど。
それにとにかく熱い。魔法障壁ではそう簡単に熱波を防げない。左腕にストックしてる緊急用魔法陣で十枚がけをしたけど八枚も割れてしまった。
「赤竜はっと……げっ! まだ動けるのか!」
赤竜は地べたで生まれたての子鹿みたいにビクビクしてた。
なんとか立ち上がろうとしているみたいだが、力が入らないみたいだ。
「今がチャンス!」
一気に飛び上がって頭上から脳天に踵落としをしてやった。
「硬い! 硬すぎ!」
踵落としのダメージはほとんど入ってないみたいだ。
放っておいたらそのうち回復するだろうし、今のうちになんとかしないといけない。
「あっ、そうだ」
赤竜は先ほどの雷を警戒しているのか口を開けない。
試しに魔法障壁を口にかけてやった。
鼻で息をしているから平気だろう。
今なら赤竜も弱々しくて魔法障壁を割れないようだ。
念のため二十枚ぐらいかけた。
次に鼻の周りに球状の魔法障壁を張った。
これだけだと多少の空気を通すので、水魔法で中に水を満たしてやる。
「おー、暴れよる」
赤竜が藻掻く。
必死に口を開けようとしているようだ。
魔法障壁が次々に割れていく。
だが、割れた分だけどんどん張り直す。
球状の魔法障壁から一瞬で水がなくなる。また入れ直す。
一体何回入れ直せばいいんだろう。
「こいつ、一体どんな肺してるんだ……」
赤竜が動かなくなったのはそれからたっぷり三十分経ってからだった。
逆鱗がポロリと落ちた。
赤竜が死んだ合図だと師匠が言っていたから、もう大丈夫だろう。
「どうにか倒すことができたけど、ちょっと残酷な殺し方になっちゃったな……」
とりあえず持ってきた鞄一杯になるまで鱗を剥いで詰め込む。
死んだら本当に剥がれやすいし柔らかい。パリパリと一枚ずつ取れる。
鱗の下には柔らかい皮膚のようなものがあって、これはナイフで簡単に切れた。
薄皮は優秀な素材の一つなので絨毯一枚分ぐらい確保しておく。
なんとか核を取り出すことができた。でかい。重さだけでも百キロぐらいはありそうだ。
「空間魔法とかあればよかったのになあ。ないんだよなあ……」
残念なことに、この世界には空間魔法がない。
転移も転送もできないし、アイテムボックスみたいな便利な魔法もない。
作れないかなと思って師匠と相談して研究したけど、結果として無理なことがわかった。
転移だけは理論的にできることがわかったけれど、ハイエルフでも古代竜でも無理なほど魔力がいる。いくら常人離れした魔力がある俺でもできるわけなかった。
アイテムボックスは、別の空間を作るということで試行錯誤した末に、別次元に移すということができたのはできた。けど、結果的に術者が別の次元を知覚できないので取り出せなかった。
意味がない。
とりあえず、近くに停めて魔法障壁で守っていた馬車の荷台に積めるだけ積んだ。
ドラゴン肉も大量に積み込む。
たぶん数年は肉に困らない。
ドラゴン肉は完全な赤身の肉だった。脂っぽさがほとんどない。
師匠は美味いって言ってたけど、疑わしい。
魔力量が多いからそう簡単には腐らないと聞いたけど、本当に一年以上も腐らずに保つのか甚だ疑問だ。
一応冷蔵庫は作ったからあるけど。
「よし、こんなもんかな。骨はまた明日取りに来るか」
他の魔獣に食われたら元も子もない。
できるだけ集められる素材は集めておこう。俺のお小遣いにもなるし。
意気揚々と馬車を引いて帰る。馬はいない。
俺が引いてる。身体強化で。
師匠が言ったのだ。
「ハロルド、馬の世話は誰がするのかしら」と。確かに馬の世話は面倒だ。
ただでさえ師匠の世話で忙しいのだから。