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32.エピローグ

最終話

 春の日差しが温かかった。

 西方軍はタッカ市を無事奪還した。

 俺はアリスを連れて師匠の屋敷にしばらく滞在することになった。

 動くに動けない事情あってのことだ。


 いつの間にか厳しい冬が終わってもう春だ。


 本当はすぐに王都に帰るつもりだったのだけれど、この際だから三兄弟もこちらに連れて来ようかと思っている。


「今日は暖かいですね」

「ああ、でも風が冷たいから、風邪を引かないようにしないと」

「そろそろ戻りますか?」

「……いいや、一人で帰るよ。少し話があるんだ」


 エミリーは生き返った。

 師匠の命を触媒にして、無理やり彼女の命を呼び戻し、治癒魔法で怪我を治し、そうして息を吹き返させた。


 師匠が考えついたのかどうかは知らないけれど、かなり強引なやり方だった。

 師匠らしいといえば師匠らしいけれど、もう二度とやりたくない。


 最近は、エミリーが俺の車椅子を押してくれる。

 結局、両脚とも軍と合流してからぶっ壊れてしまった。


 幸い左腕は残っていたので、なんとか右腕の魔導義肢を作ったが、材料は揃わなかったので旧来の魔導義肢のままだ。

 せめて素材が帝国軍に接収されていなかったら両脚も義足が作れたのだが。


 エミリーはあの夜、俺に「殺してください」と言ったけど、最近は元気そうだ。

 というか、元々甲斐甲斐しい性格なのかもしれない。


 両脚がなくて困っている俺をいつも世話してくれる。

 タッカ市のゴードンの家に居候しているらしいが、毎日やってきてアリスとにらみ合いをしているのは少し面白い。


 そういえば、アリスをハルメ町に連れて来たのはメイだった。

 なんでも治療する人間が足りないだろうから来てやった、と言っていたけれども、あれはたぶん嘘だろう。目が泳いでいた。

 まあ、アリスは無理が祟って長期の治療が必要になったのだが、日常生活はできている。


 それはさておき、世話してもらうだけってのもありがたいし気楽だけれど、さすがにそろそろ真面目に動き出すつもりだ。


 右腕があったころは魔法も使いやすかったけれど、今はないから色々と苦労している。

 魔法陣が必要だったり、仮に魔法陣ナシでも制御が難しかったり。

 肌を触れずに魔法を使う練習を繰り返しているところだ。



「――ここにいたのかね」


 後ろから声をかけたのはマリウスだった。

 彼はタッカ市奪還の数日後にやってきて、安置されていた師匠を訪ねたのだ。


 マリウスは「二人きりにしてほしい」と言って俺たちを部屋から追い出したけれど、俺の不安なんてよそに、部屋の中からは大号泣が聞こえてきた。

 きっとマリウスには師匠に何か思うところがあったのだと思う。


 魔導人形計画とやらにマリウスが加担していることはほとんど確実だろう。

 だが、俺はマリウスがそれほど悪い人間には思えない。

 アリスを殺そうとしたことは未だに解せないし、許せないけれども、それなりの地位にいて責任者がとるべき行動と考えたら、理解はできる。絶対に納得はしないが。


「まさか、アンジェラが死ぬとは、私も予想外だったよ」

「ええ、そうですね」


 マリウスは俺の隣にやってきて一緒に師匠の墓石を眺めていた。

 そっと花束を墓石の前に置いた。


「――計画は、もう終わりにしたよ」

「……そう、ですか」

「やっぱり知っていたのかね?」

「さて、なんのことだか」

「はっはっはっ。あまり侮らないでくれ。二〇八番が君のところにいることは、当初から知っていたのだ」

「なぜ知っていたのに手を出さなかったんですか?」

「さあ、なんでだろうね。私も人の親だったということかもしれん」


 マリウスは小鳥の囀る空を仰ぎ見て行った。


「君と初めて会ったとき、いや、アンジェラの紹介だということも多分に影響しているとは思うのだが……まるで息子が帰ってきたような気がしたのだよ」

「息子、ですか」

「ああ。ヴィッカー家当主として、ではなくね」

「……そうですか」


 マリウスは微笑んだ。


「ちょうど三十年ほど前だったか。私はまだ三十を過ぎたばかりだった。あの頃のアンジェラはまだ几帳面で、杓子定規で、君には想像もできないような性格だったのだよ」

「にわかには信じられませんね」

「ああ。そうだろう? まあ、それはそれだ。アンジェラとの関係は、最初は計画の一環だった。けれど、日に日に変わっていくアンジェラを見て、私はいつの間にか……ははっ。なあに、昔の話だ」

「愛していたんですね、師匠を」


 それは違う、とマリウスは言った。


「愛してしまったのだよ」


 人形に恋をした憐れな男だよ、とマリウスは目を閉じた。

 何を思いだしているのかはわからなかった。


「出会って十年が過ぎたころ、子どもができて、アンジェラは変わった。それまでの機械じみた精巧さがなくなって、感情が豊かになった。同時に面倒くさがりにもなった。まるで、一緒に成長しているみたいだった」


 けれど、子どもは死んでしまった。


「最初から、魔導人形に子どもを作ることは許されていなかったのかもしれん。いくら人工的に作られた生命体だとはいえ、神の領域を侵すようなものだ。それまで元気だった子どもはある日突然死んでしまった」


 師匠はその時初めて寂しさを覚えた。

 悲しみを覚えた。

 大切な何かを喪うことの痛みを知った。

 マリウスは当時の師匠を見ていてそう感じたらしい。


「しばらくして、アンジェラは遠征軍に付き合ったまま帰ってこなくなった。手紙が来たよ。タッカ市で男の子を拾ったという。自分が育てるから邪魔をするな、と書いていた」

「それは……」

「ああ、君のことだよ」


 俺は喪った我が子の代わりだったのだろうか。

 けれど、もしそうだったとしても、俺はそれでもいいと思う。


「ハロルド君」

「はい」

「二〇八番……いや、アリスをよろしく頼む」


 頭を下げるマリウスに、俺は小さく「はい」と答えた。


「最後に、一つだけ聞いてもいいですか?」

「なんだね?」

「師匠は嘘を吐かないと思っていましたが、ハーフエルフってのはやっぱり嘘だったんですよね?」


 マリウスはしばらく沈黙して言った。


「あながち、嘘ではない。だが、事実でもない」

「そうですか。わかりました」

「……聞かないのかね?」

「師匠が嘘を吐いていなかったとわかりましたから」

「そうかね……では、失礼するよ」


 とぼとぼと帰る男の後ろ姿は、どこまでも悲しみに溢れていた。


「師匠。結局、色々聞きたいこと聞かないままですね」


 墓石に語りかけても返事はない。

 けれど、それでいいのだ。


 師匠は終わりのない命を、未来に託した。

 自分の望むことに使って終止符を打った。

 俺にそれを責めることはできないのだから。


「師匠。また来ます。今度は温かいお茶を水筒に入れてきますよ」


 車椅子を義手で動かして墓地を進む。

 帰ろう。アリスとエミリーが待ってる。

 ああ、早く三兄弟も迎えに行かなきゃいけない。

 今頃スミスさんやウッドさんに怒られてるかもしれない。


 師匠。俺はやっぱり、師匠は人間だったと思います。








 ――ドゴオオオオオオオオオン!!!


「……は?」


 振り向くと、墓地の一角が吹き飛んでいた。

 何かが爆発したらしい。

 この感覚は魔力爆発か何かだろうか。


 唖然として爆心地を見ると、大きな穴が空いていた。

 土塊の中から白い腕が出てきて悲鳴を上げそうになった。


 けれど、それは土まみれの顔を穴から出して、俺を見つけるや否やにっこりと笑ってみせた。


「やっぱり心残りがあるとダメね」


 ああ、いつも通りだ。

 なんだよ、せっかく人間だと思ってたのに。

 そんなのありかよ。

 もうなんでもありじゃないか。


「ハロルド、まずはお茶が飲みたいわ。それからお茶菓子も用意しなさい。夕飯はビーフシチューにローストビーフがいいわね。あと手紙に書いてた鹿肉のシチューも食べたいわ。それから、もう子どもは生まれた? 早く抱かせなさいな。まだなの? 子作り嫌いなのかしら。困ったわね。そっちの教育してこなかったものね。でも、安心しなさい。これからたっぷりと――」


 常識ってもんを、そろそろ教えてやった方がよさそうだ。


「あら? ハロルドったらなんで泣いてるのかしら」

「……色々と台無しにするからですよ」

「そうかしら。まあ、いいじゃない」

「――おかえりなさい、師匠」


 師匠はやっぱり、師匠だった。


「あと、子どもできるほど時間経ってないです、師匠」

「それをなんとかするのが弟子じゃないかしら」


 違うと思います。

~完~





読者のみなさまへ。


完結までお付き合いいただき、

誠にありがとうございます。

色んな結末の選択肢はありましたが、

ラノベ的大団円となりました。

これにて全32話。『異世界で師匠にサイボーグにされました』は完結です。

ひとまずは、という但し書きがつきます。

もしかしたら番外編などを書くかもしれません。

これを書いているのが1/11なので、

続編はまあ、落ち着いたら追々ということで。


改めて、最後までご覧頂きありがとうございました。

(2018/01/11, by Sakuta)

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