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さらに五年後。
「もうハロルドったら、そんなに拗ねないでもいいじゃない。いいかげん許してくれてもいいでしょう?」
「許すも何も怒ってませんよ?」
「ほら、怒ってる! もう。そりゃあ夜に突然押しかけたのは悪かったわよ? でもね、十五歳にもなれば、男の子ならそういうことしてても普通だし、わたしもいちいち気にしていないから――」
「気にしていないならいつまでも言わないでくださいよ! ああっ、もうっ!」
師匠は相変わらず師匠だった。
思春期健康チェックなどと称して、夜中突然俺の部屋を開けて来る。
本当に困る。何が困るとは言わないが、ナニが困る。
本当にやめていただきたい。バッチリ目撃したあとで「今日も元気でよろしい! 立派に育ってよかったわね!」とか言うのも本当にやめて欲しい。切に願う。
「まあ、それはそうとハロルド。新しい魔導義肢の調子はどうかしら?」
「さらっと話題変えましたね。いいですけど」
つい先月。
師匠は魔導義肢を新しく作り直して取り替えてくれた。
いつもは遊び心たっぷりだけれど、今回はきちんとした腕と脚だ。
鈍色なのでサイボーグ感が否応なく増したけど、この際目をつむる。
「魔力の効率だけで言えば、今までで一番ですよ。抵抗がなくて、感覚も鋭敏です。ただ待機魔力の消費量が多いなって感じです。前のに比べたら五割増しですよ」
「かなり魔力効率は上がっているはずだから、まあ魔力切れは起こさないと思うわよ?」
「そこは心配してませんよ。ただまあ、戦闘になると長時間は無理かなあと」
「まあ、ハロルドはわたしの倍ぐらい魔力があるからたぶん大丈夫よ」
さらっと言っているが俺も初めて知った。
「そうなんですか?」
「あれ? 言わなかったかしら」
「聞いてないです」
師匠はこういうことをよくやらかす。
「そういえば聞きたいことがあったんです。師匠って全然老けませんよね?」
「そりゃあそうよ。ハーフエルフだもの」
「……知りませんでした」
エルフは耳が長いと聞いたけど、師匠は人間と変わらない。人間の遺伝子の方が強く出たのだろうか。どっちでもいいけど。
「あれ? それも言ってなかったかしらね。まあ、いいじゃない。人間よりもちょっと長生きするぐらいだもの。あ、でもハロルドはハーフエルフのわたしよりも魔力が多いんだから、不思議よね」
「そうですね。でも、おかげで生きてます」
「うふふ。そうよ。命は大事にしなくちゃね」
そう言ってる本人に何度殺されそうになったかわからないのだが、言わぬが花だ。
「話を戻すけど、新しい魔導義肢の使い心地はどう?」
「うーん。今までよりもずっと感度が高いですね。最初は戸惑いましたけど、ようやく慣れてきたところです」
「ハロルドって細かい魔力の調整苦手だものね」
「もしかして、その克服のために作ったんですか?」
「ううん。いい素材が手に入ったからついでに」
師匠の気遣いに感動しかけたのに、ひどい。返せ! 俺の感動を!
「ちなみに何の素材ですか? 外装はいつも通りですけど」
「見た目は一緒だけどそれミスリルよ」
「は?」
ミスリル。それは魔法金属とも言われる。キロ単価にして鉄のうん十倍の価値がある。
そんなものを使っていれば確かに魔力効率は上がるはずだ。
「……中身はなんですか?」
「えへへ、赤竜の背骨」
「なんてもん使ってんですかあああっ!」
自分の手足に金貨何千枚の価値があると知ったとき、人は震える。
身を以て体感している真っ最中である。
「だってだって、この前軍の遠征に付き合ったじゃない? たまたま赤竜が出てきて、あー兵隊さんが危ないなあって思ったからさくっと倒してあげたら、背骨くれるって言うじゃない? でも使い道もとくにないし、それなら新しい魔導義肢の心材にしようかなあって」
しばらく留守にしていたときがあったが、まさか軍の遠征に付き合っていたとは。おまけにもののついでとばかりにドラゴン退治までしていた。珍しく一人で外出したと思っていたのに。
我が師匠ながら色々とぶっ飛んでいる。
「ハロルド、どうしたのかしら。おーい、ハロルド、帰っておいでー」
「……師匠は料理も洗濯も掃除もできない人ですけど、常識はあると思ってました」
「常識? わたしみたいな常識人も中々いないと思うわよ?」
「あ、はい。そうですね」
ダメだ。非常識な人には話が通じない!
「もうかなり慣れたかしら」
「まあ日常生活で困らない程度には」
「そう。じゃあ、次は戦闘ね」
「言うと思ってましたし、覚悟はしていましたけど……今回はどんな魔獣と戦わせるつもりですか?」
もう魔導義肢を取り替えるたびの恒例行事なので今更だ。
最初はゴブリンだった。二回目がオーク。
前回はグリフォンだったっけ。
「んー、とりあえずワイバーンとかいっとこっか」
「――師匠」
「えっ、弱すぎたかしら。じゃあ、コカトリスあたりにしておく?」
「……ワイバーンでお願いします」
どうせ戦うなら毒がない方がマシだ。
一度戦って毒にやられたときは三日三晩師匠の作ったクソみたいに不味い毒消しポーションを飲まされて死ぬかと思った。
あとで薬屋に行ったら普通に飲みやすいやつが売られていた。それを訴えたら「だって不味いともう飲みたくないから同じヘマを打たないでしょう?」ときた。師匠はドSだと思う。
「そうそう。義足の方は踵の部分に風魔法の魔法陣を内蔵してるから、空中で体勢を整えるぐらいはできると思うわよ」
「……もしかして他にも魔法陣仕込んでます?」
「もっちろん! 左腕の肘には雷魔法の魔法陣が仕込んであるのよ。あと右足の甲には火魔法でしょう? 左膝には水魔法ね! うまく使いこなせばハロルドの魔力量ならわたしの次くらいに強くなるわね!」
「道理で待機魔力が多いわけですよ……」
そんなに魔法陣を内臓させたら魔力消費量が増えるのも頷ける。発動にはもっと消費量が増えるはずだ。
なんという燃費の悪さ。俺じゃなかったらまず使えない。
「まあでも、欲を言えば全属統合魔法陣を組み込みたかったのよね。やっぱり一つに偏らせると使い勝手が悪いじゃない?」
「待機魔力だけで五倍以上ですよ、それ……」
「あははっ、でもハロルドの魔力量なら大丈夫よ!」
「書き込める媒体も中々ありませんよ?」
「オリハルコンならいけるわ。ちょっと重たくなるけど、もう三年ぐらいしたらハロルドの成長も止まるでしょうし、ちょうどいいわね」
「……一体いくら使う気ですか」
オリハルコンなんて使ったらミスリルの比じゃない。
というか、いくら王国屈指の魔術師とはいえ、そんなに簡単に手に入るのだろうか。
「えー、いいじゃない。地下室で眠らせておくのももったいないし」
買うんじゃなくてすでにあるらしい。なんでそんなところばかり準備がいいんだ!
というか地下室があることも今初めて知った。なんで教えてくれないんだか。いや、教えたつもりになってるのか。俺が知らないってことはたぶん書斎に入り口があるはずだ。
「あっ、そうだった。忘れるところだったわ。そろそろ接続部のアタッチメントも取り替えましょう」
「……師匠。それ聞いてないです」
「仕方ないじゃない。いずれにせよそろそろ成長期が終わる頃だし、今までのは成長期用に可動式だったから強度が足りないのよ。まあ来年ぐらいにしておきましょうか」
またあの激痛の日々が始まるのか。
「まあ、今度は大丈夫よ。痛くないようにするし、あなたも治癒魔法で痛みが抑えられるでしょうから」
そういえばそういう治癒魔法の使い方を教わっていた。あれはこのために教えてくれたのか。
「せっかくだから、どういう風に固定するのかも自分で見た方がいいわね」
「……自分の手術を、ですか?」
「当たり前じゃない。自分のことでしょう? ハロルドが見ないで誰が見るのかしら」
さも当然のことのように首を傾げているけれども、やっぱり師匠はどこかおかしい。
これが魔術師の普通なのかどうかはわからない。
だが、これだけはわかる。
師匠はドSだ。
次回、本日22時