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「魔術師はどうした!」

「隊長! またやられました! 引きましょう!」

「馬鹿を言うな! 侵入者を前に尻尾を巻いて逃げられるか!」

「ですが、隊長! あれはもう化け物ですよ!」

「見てろ! 俺が止めて――」

「たいちょおおおおおっ! うわあああああああっ!」


 俺は今までの鬱憤を晴らすかのごとく領主屋敷で暴れ回っていた。

 襲い来る兵士たちを次々に屠っていく。

 最初はもっと良心が痛むかと思った。

 けれど、予想に反して俺は冷徹になれた。


「化け物? エミリーにあんなことをしておいて何言ってんだよ。お前らの方がよっぽど化け物だろうが」

「ひいいいいっ!」


 また一つ、敵の首を飛ばした。

 自分でも不思議なほど、怒りが身体を満たしている。

 けれども、俺は冷静だ。自傷したくなるほどの怒りに身を焼かれているように感じるのに、どこまでも気持ちが沈んでいる。


 ただ、敵を殺したくて仕方がなかった。


「銃が利かねえなんてアリかよ!」

「対魔術師弾を使え!」

「もう使ってる!」


 屋内で銃を向けられるのはそこまで怖くなかった。

 こんなに近距離で撃たれても、何枚も重ねれば全て魔法障壁で防げる。

 銃は一度撃つと次弾装填までに時間がかかるから好都合だった。


 ただ、対魔術師弾は障壁を無効化することがわかった。

 それでも一枚多く障壁を破壊するだけだ。

 おそらく触れた瞬間に対象の魔力を霧散させるようにできているのだろう。


「当たらなければどうということはない、か。本当にそうだな」


 一体どこから湧いて出てくるのか。

 帝国兵はどこからともなく続々とやってくる。


「――火炎弾!」

「ようやくやってきたと思ったらなんだそれは」


 どこからともなく現れた魔術師の放った火魔法を魔力で中和する。


「なっ! お、おれさまの火炎弾がっ!」

「お前のじゃせいぜい豆鉄砲だ。本物はこうだ――火炎弾」


 指先から射出した火炎が通路を埋め尽くすかのように膨らんで魔術師を含む敵を一掃した。

 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこういうことを言うのだろうか。

 肺まで焼かれた敵はしばらくもがき苦しんでいたがすぐに息を引き取った。


 延焼が広がる前に水魔法で鎮火する。


「だいたい片付いたか……」


 黒焦げの死体が邪魔だ。踏み潰すと炭を踏み潰したようにガシガシと固い音がした。

 領主屋敷には詳しくないので、とりあえず地下室を目指しているが中々効率が悪い。


 階段を降りるとロビーに敵兵が家具を並べて陣を構築していた。


「来たぞっ! ってええええっ!」


 号令一下、銃が乱射される。

 即座に魔法障壁を張って割られる前に壁に隠れた。


「……やかましくてかなわんな、こいつは」


 銃声というのは、近くで聞くと金属の擦れ合う音が混ざって聞こえるようだ。

 まさか異世界に来てまでそんなことを初めて知るとは思わなかった。


「一列目は後退! 二列目構え!」


 どうやら次弾装填までの隙間もくれないらしい。

 つくづく面倒なものだ。


 魔法障壁はどれも無効化されているみたいだから、敵も俺が魔術師だと思って対魔術師弾を用意しているらしい。

 こうなってはいつまでも隠れてるわけにもいかない。

 何かしらの突破口を見つけなくては。


 でかい魔法で吹き飛ばすという手もある。

 俺は大丈夫だが、エミリーを巻き込むかもしれないし、地下室への通路を塞いでしまうかもしれない。

 かといって小さな魔法では一発撃てても反撃の余地を与えてしまう。


「……となれば、やっぱり懐に潜り込んで肉弾戦しかねえな」


 速さには自信がある。そう簡単には狙いをつけられないだろう。

 だが、敵が弾幕を張ってくる以上、数打ちゃ当たるということもある。


「師匠が待ってる。賭けるなら今だ」


 魔導義肢のリミッターを解除する。

 全身の末端まで魔力を行き渡らせて強化する。

 リミッターを解除すると普通の身体では耐えられないから必要な措置だ。


「消耗が激しいから、あんまり使いたくないんだけどっ!」


 一気に飛び出した。

 体勢を低く、低く。


「てえええええええええっ!」


 火を噴く瞬間、地を蹴って天井に逃れる。


「う、上だっ!」


 一列目が発砲したばかりだが、次弾装填を済ませていた二列目が銃を構える。その後ろには装填中の三列目。


「三段構えか!」


 即座に天井を蹴って床に落ち、そのまま横っ飛びに避けてみるが、銃口がこちらを向いているのに気づいて柱の陰に隠れた。


 ぼろぼろと背中を託した柱が崩れていく。

 一瞬の隙をついて転がるような低い姿勢で敵の陣の横に回る。


「――雨竜瀑布!」


 猛烈な勢いで噴出させた水流が、まるで龍のように敵を飲み込んでいく。

 陣のおかげで流されずに済んだものもいるようだが、これで銃は使い物にならなくなっただろう。


 即座に崩れた陣に突入した。


「悪いな、ちょっと貸してくれ」

「あがっ!」

「けっこういいの持ってるな。ありがとうよ」


 なんとか立ち上がって短剣を抜いた将校からそれを奪い取って首筋を切りつけた。


 敵を盾にするように立ち回り、次々に敵の急所を切り、突き、殺していく。

 何発か濡れずに済んだ銃を発砲する敵がいたが、この距離でこの敵の数だ。

 俺に当たる前に敵に当たった。同士討ちで撃たれた敵は絶叫して死んだ。

 どうやら対魔術師弾は普通の人間にとってどこを撃たれても絶命するほどの威力らしい。


 そういえば、アリスが魔力を強制的に抜かれるのはどうとか言っていたような気がする。


「……さて、あんたが最後の一人だ」

「化け物めっ!」

「聞き飽きたな。お前らは語彙力ってもんがないのか」


 軍服の装飾からして他の将校たちとは違う。

 おそらく司令官かそれに近い幹部だろう。


「余をなんと心得るかっ! 帝国軍中将イヴァン――ぎゃあああああっ!」

「お偉いさんなんだ。ちょうどよかった。地下室に行きたいんだ」


 わざわざ名乗ってくれるとはありがたい。

 肩に短剣を突き刺してやると良い声で泣いてくれた。

 リミッターをもとに戻して小さく息をつく。

 やっぱりリミッター解除はかなり魔力の消耗が激しい。

 今の一瞬で半分近く持って行かれた。

 おまけに魔導義肢にも微妙な違和感がある。すぐには壊れないだろうが、これは帰ったら要点検だな。


「こんだけ殺しておいてなんだけどさ。俺は別に人殺しがしたいわけじゃないんだよ。ただ大切な人を助けに来ただけなんだ」

「ぬぐううううっ!」

「あれ? なに痛いふりしてんの? ねえ? 銃で撃たれた王国兵が何人も死んでるってのに、まさか自分は安全な部屋の中でへこへこ暢気に女を抱けるって? あははははっ、そんなの子どもでもわかる理屈だろ? なあ? 自分がされて嫌なことは人にしちゃいけないって両親に教わらなかったか?」

「おのれおのれおのれえええええっ!」

「――うっせえな、ウジ虫が」


 あんまりうるさいものだから左手を切り落としてしまった。


「がああああああああっ!」

「だから、うるせえって。ああ、でもよかったな。実は俺魔導義肢装具士でね。王都の店に来て金さえ積んでくれたらいくらでもいい腕作ってやるよ」

「うでっ、よのうでがっ、ああああああああっ!」

「それじゃあバランス悪いだろ? 右手もいっとくか?」

「ひいいいいいっ!」

「あははははっ! 冗談だって! そんなに怖がるなよ、あははははっ!」


 今度は左足。


「あぎゃあああっ! あっ、あああああっ、あしっ、あしいいいいいっ!」

「右手を切り落とすってのは冗談だったろ?」

「あああああああああああああっ」

「それじゃあ歩きにくいだろうから右足も切ってやるよ」

「あっ、ああっ、うあっ、ひっ、ひっ、いひっ、いひひっ、あし、よのあしっ」


 いい気味だ。もっと苦しめ。もっと叫べ。

 もっと、絶望すればいいんだ。


「なあなあ、今どんな気持ち? 左手と両脚を切り落とされた気分は。あはは、言い忘れていたんだけどさ、実は十年以上前、俺の両親や村のみんながおたくら帝国兵に殺されたんだよ。あんときは辛かったなあ。いやあ、本当に苦労したんだ。ひとりだけ村を逃げ出したってのに魔獣に襲われてさあ。今のあんたと同じように右腕一本になっちまってね。でも、これであんたもよくわかっただろ? 戦争に巻き込まれるだけの一般人がどれだけ苦しんでるかって。痛い? 痛いよなあ。その痛みは俺もよくわかるよ。だって、同じ状況だったんだからさあ。でも、綺麗に切り落とした分痛みも少ないだろ? 魔獣に少しずつ食われるよりずっと痛くないと思うんだよなあ。まあ、でも大丈夫。接続式の魔導義肢をつければ俺みたいに……っと、あんたじゃ普通の魔導義肢でも動かせないか。魔力量少なすぎだろ。残念だったなあ。いや、ほんと。せめてその倍の魔力があれば左腕だけでも魔導義肢をつけて動かせたのに。あははっ、でもまあお偉いさんなら召使いがいっぱいいるだろうし苦労しないで済むだろ? スラム街に放置されて、物乞いに身を落とすなんてこともないんだ。いやあ、恵まれてるよなあ。ほんと――これくらいで心を壊すなんてな」


 中将とはいえ、仮にも軍人の模範たるべき人物が、これしきの痛みで自我を喪失するなんて。軍人の風上にも置けない。さっきからイヒイヒと不気味に笑っているだけだ。

 気色悪いったらない。


「せっかく道案内してくれたら命だけは助けてやろうと思ったのに。残念だよ。イヴァンなんとかさん」


 一閃。

 切り落とそうとしたが、手足を切り落としたせいで刃毀れが激しかったのか、途中で止まってしまった。

 だが、十分だ。足で胸を押さえて短剣を引き抜く。

 イヴァン何某は首から間欠泉のように血を噴き出して倒れた。


「さて、師匠を探さなきゃな」


 妙な気配を感じて振り向くと、一人の将校が通路の奥で固まっていた。

 短剣を向けて尋ねる。


「ちょうどよかった。道案内が欲しかったんだ」

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