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「あんまり俺を怒らせるなよ」
三つ目の拠点を破壊した。
市街地までは目と鼻の距離だ。
さすがに今回は敵の数が多かった。
奪い取ったライフルを十丁ほど装填した状態で肩に下げ、立て続けに乱射すると壁に隠れたので、簡易的に作られた砦を魔法でぶち壊す。
敵兵とはいえ、吹っ飛ばされても死ななかったのは幸いだ。
片隅に保管された糧食の山に火をつける。
「しっかし、魔力感知の魔法ってめっちゃ便利だな」
帝国軍が持っていた魔力感知の魔導具を調べたところ、使用されている魔法陣がわかった。
もう少しブラックボックス化してもいいと思うのだが、並の魔術師なら解析もできないだろう。
師匠からあらゆる魔法陣を頭に叩き込まれた甲斐があったというものだ。
構造としては結界魔法の応用で、微弱な魔力を網目状の結界として発信する。これは結界ではあるのだが、透過性の極めて高い結界だから物質が間にあっても問題がない。
この微弱な魔力は母機とずっと繋がっているので、どこかで強い魔力反応と接触すると、それが母機に伝わって方向を伝えるというわけだ。
どうやら距離まではわからないらしい。
だが、母機の機能としてはせいぜい二百メートル程度が限界のようだ。
反応があったら即座に目視に切り替えれば間に合うのだろう。
俺はこの解析した魔法陣をもとに自分なりにアレンジして魔法として使う。
もともと魔力感知はあまり得意ではなかったが、このソナーのような方法は中々斬新で効率がいい。
おまけに、この魔法を応用すると、敵から魔力感知の索敵をされても結界の網目を意図的に別の流れにしてやって、レーダー網に見つからないようにもできる。
実際、三つ目の拠点では三十メートルの距離まで近づいてもバレなかったので、効果はあるようだ。
「さて、粗方片付いたし、乗り込むか」
もう宵の口だ。
敵兵が火に気づいて援軍として駆けつける前に、市街地に潜入する。
ゴードンが言っていたように東の下水道から入る。地上は敵兵が多すぎる。
敵兵を尋問したから本部とやらの場所はわかる。
どうやらタッカ市の領主屋敷を利用しているらしい。
他にも兵舎代わりに貴族の屋敷をいくつか利用しているようだ。
「中に入ってみれば大したことがないな……油断してるのか?」
タッカ市の外では魔力感知のレーダー網が幾重にも張られていたが、市内は全くなかった。
だが、拠点を三つも潰したのだから、そのうち俺が潜入しているのがバレるかもしれない。
急がなければ。
下水道を奥まで進み、中心部に出た。
領主屋敷まではすぐそこだが、排水路から顔だけ出して確かめると、屋敷の前には多くの兵士が待機していた。
こんなこともあろうかと、敵兵から軍服を拝借しておいて正解だった。
帝国軍はどうやら昔ながらの鎧姿をやめたらしい。
金属製のプレートがついた服で、なんというか簡易的なライダースジャケットのようにも見える。
おまけに軍用トラックのようなものまで走っていた。
「さすがに近代化させすぎじゃねえかな、転生者さん」
勘だが、俺の他に転生した奴がいるんだと思う。
しかも、軍に近い存在として。
そうでなければ説明がつかないのだ。
銃も、魔力感知レーダーも、それが発明される前段階としてのものがない。それがあれば王国だって銃の開発をしていたかもしれない。だが、そもそも火薬自体がまだ作られていないのだ。
にもかかわらず、いきなり完成品の銃が帝国からやってくるなんておかしいにも程がある。
俺はこの世界の情勢や価値観を変容させてしまうものは決して広めたり作ったりしなかった。
そんなことをしても、俺は地位や名誉なんて欲しくなかったし、目先の金もいらなかった。誰かから持て囃されたいなんて思ったこともない。
きっと、前世の幸せがあったからだとは思う。
妻と一緒に小さな我が子の未来を願うという幸せを、俺は知っている。
家族とともにいられることの幸せを、俺は願ってやまない。
金や地位や名誉なんて、それに比べたらずっと小さくてどうでもいい。
否定はしない。だが、理解はできないし、納得もできない。
「知識があるなら、それで多くの人を助けられただろうさ。敵だから殺していいと言うのなら、そっくりそのまま自分が死んでもいいってことだろ?」
軍人だとしたら、それでもいいのかもしれない。
自分の国のために持てる全てを使う。
それはそれで筋が通っている。
けれども、文明の進歩を変容させるような急激な変化は望ましくない。
「傲慢だな、お前は」
それが誰かはわからない。
だが、きっとわかり合える存在ではない気がする。
それでいい。わかり合う必要なんてない。
同じ転生者だとしても、人間だ。
どれだけ語り合っても理解できない相手は存在する。
「まあ、後回しだな。今は師匠を救出しないと」
夜更けを待つ。
魔力感知レーダーが市内でも作動し始めたようだが、今のところ見つかってはいない。
歩哨の数は増えたが、どうやら魔術師は近くにいないらしい。
あるいは領主屋敷にまとまっているのだろうか。
「師匠。待っていてください。今、迎えに行きます」