26
タッカ市の北東の森林に入る。
積雪の激しいタッカ市だが、大木の枝葉のおかげか予想していたよりも地面は雪が少ない。
おそらくだが、敵はこちらが見えていなくても、ある程度魔力を感知してこちらの動きを把握しているんじゃないかと思う。
そうでなければ、敵から一方的に見つかって攻撃されるなんてことはあり得ない。
師匠がそんな不意打ちを食らうわけがないのだ。
アリスに作ってあげたアクセサリーでもつけていたら見つからなかったかもしれないが、残念ながら手元にはない。
いつでも魔法障壁を張れるように注意しつつ先を急ぐ。
タッカ市まで残り三キロほどの地点にたどり着いたころ、森の奥で何かが光った。
瞬時に魔法障壁を数枚張る。
一気に二枚割れたが、三枚目は割れなかった。
即座に大木の影に隠れた。
位置としては胸を狙ったのだろう。
頭は狙いにくい。胴体のどこかに当たればそれだけ負傷度合いも上がる。
よくよく考えられているようだ。
「それにしても……精度が高いな」
光が見えた場所までは五十メートル以上ある。
三メートルほどの崖の上からだ。
五十メートルの距離をこれだけの精度で狙えるということは、マスケット銃のようなお粗末な品を想像しない方がよさそうだ。少なくともライフリングのされた銃と考えた方がいい気がする。
だが、どうして。
俺は帝国に詳しくないけれども、軍備としては王国と大差なかったはずだ。
というか、火力を魔術師で補うというこちらの世界の常識を、いとも簡単に銃という存在に替えるとは考えにくい。
いっそ魔力を使う銃なのかもしれない。
だが、弾丸を射出するほどのエネルギーを膨張させるとなると、感じた魔力は乏しかった。
「しかし、魔法障壁が一発で二枚も削られるとは……オークなんて楽勝だな」
道理で魔獣と出会わないわけだ。
冬であることを考慮したとしても、この辺り一帯はオークの生息域だ。冬眠をするわけでもないからこれほど出会わないということも考えにくい。
「帝国軍が駆除して回ったのかな……」
まあ、そんなことはどうでもいい。
帝国軍が何をしていようとも、俺の目的は変わらない。
師匠を見つけて助ける。それだけだ。
「いっちょ、賭けに出ますか」
俺は大木の影から躍り出て駆け出した。
魔導義肢の全力だ。
前面に魔法障壁の盾を十枚並べてただ走る。
何かが光った。続々と光り、盾がどんどん割れる。
同時に何枚も張り直す。銃の発砲音はこんなにひどいのか。耳が割れそうだ。
魔法障壁が全て割れた。だが、問題ない。
俺は息を吐いて飛び上がる。火を噴いて一気に崖を飛び越えた。
帝国兵が口をあんぐりと開けているのが目に入る。
「少しの間、眠っててくれ」
着地と同時に駆け出して帝国兵を昏倒させていく。
帝国兵は同士討ちを恐れてか発砲しない。
近くで見て驚いた。
確かに銃だ。いや、ライフルと言った方がわかりやすいだろうか。
火縄銃のようなものを想像していたが、スコープらしきものが取り付けられている。
「っと! 危ないだろうが!」
近距離で撃たれたが当たらなかった。音と煙がひどい。
敵が焦っていて助かるとは油断大敵も甚だしい。
どうやら今のが最後の敵だったようだ。
「……ふう。ざっと二十人ってところか」
近くに落ちているライフルを手に取ってみる。
作りは簡単で、鉄でできた銃身と、木製の部分とがある。
引き金を引けば火打ち石が落ちるようになっていた。
どうやら火縄銃と似たようなものらしい。だが、弾は銃口から詰めるのではなく、後ろを折り曲げて詰めるようだ。中々独特の形状をしているが、使えるなら問題ないのだろう。
銃身を覗いてみると、思った通りライフリングがされている。
意識不明の帝国兵の持ち物を漁ると、弾丸のセットが見つかった。
火薬と弾丸のセットとなっており、薄い紙で円柱型に包まれている。
なるほど。これを後ろから詰めて閉じると内部の突起が紙を破り火薬が漏れるので、火打ち石の火でも発砲できるというわけか。
だが、不発が多そうだ。
実際、兵器としては完成度が低いから不発があったとしても驚かない。
それでも今のこの世界にとって脅威なのは変わらない。
「さて、と。ひとまずふん縛るか」
そこらへんのテントに使われているロープを拝借して敵兵を拘束していく。
途中で何人か起きたが、その都度眠らせた。
ようやく全員拘束できたところで、指揮官らしき兵士を崖の下に連れて行きたたき起こした。
「……貴様は、何ものだ」
「目覚めた途端にそれか。質問するのはこっちだ」
一発殴る。尋問はあまり得意じゃない。
「ふんっ。王国の魔術師風情が」
「その魔術師風情に一瞬で壊滅させられたのはどこのどいつだろうな」
「減らず口を――」
「……あんまり囀らないでもらえるかな。俺は怒ってるんだ」
首を掴んで持ち上げると兵士はジタバタと暴れ始めたので軽く崖に投げつけて黙らせた。
「ぐはっ……くそ」
頭を掴んで無理やり上を向かせる。
「質問に答えれば命だけは助けてやる」
「……ふんっ」
「四日ほど前に王国の偵察部隊がこの辺りに来たはずだ。覚えはあるか」
「ふんっ、それがどうした。奴らなら追い返してやった」
「その中に女の魔術師がいたはずだ」
「どうだがっ――くそがっ!」
頭を地面にぶつけてやると悪態をついたので何度もぶつけてやった。
「なあ、頼むよ。俺の大切な人なんだ。こっちは安否もわからずに探してるんだ。なあ、わかるだろ?」
「いだっ、やめっやめっ! ひぎゅっ! ぎゃっ!」
「教えてくれたらちゃんと命だけは助けてやるからさあ」
「ぎゃっ、ごふっ、ふぎゅっ! わかっ、わぎゃったっ、わぎゃっ、ぎゃぴっ!」
「ええ? 聞こえないなあ。ちゃんと大きな声で言わないとわかんないだろ? なあ?」
「ふぎゃっ! わぎゃった! わがりまじだあっ!」
「最初からそう言えばいいんだよ」
尋ねた師匠の特徴と兵士の言う女の特徴が合致する。
かなり手こずったらしい。
「で、どうなったんだ?」
「あっ、足を撃ち抜いて……」
「それで?」
「ほ、捕虜として、連行を……」
「ふーん。あの人が足を撃ち抜かれたくらいで捕まるとは思えないんだけど?」
血まみれの顔を雪解け水の泥に押しつける。
「あびゃっ、ぶひゃっ」
「なあ、ちゃんと教えてくれよ。もしかして……死にたいの?」
「ひいっ! 言いますっ! いいまじゅがりゃ!」
兵士は泣きながら教えてくれた。
師匠を動けなくしたのは「対魔術師弾」という弾丸らしい。
それで撃たれると、魔術師は強制的に体内の魔力を体外に排出させられて、普通の人間と同じになるらしい。
おそらくは何かしらの呪いを付与したものだろう。
「どこへ連れて行ったんだ?」
「ひっ、しっ、市街地のほ、本部にっちゅれっ、つれていきましたっ」
「ふーん……ほんと?」
「本当です! 信じてくだひゃいっ! こ、殺さないでっ!」
本当かどうかはその本部とやらに行けばわかるだろう。
「まあいい。それで、どうしてわざわざ魔術師だからって捕縛したんだ? 敵だろう。なぜ殺さなかった」
「しょ、しょれはお、おんなだったので……」
「帝国軍は女であれば殺さないような善良な軍じゃないって俺は知ってるんだけどな」
何せ逃げ惑う村人を老若男女問わず殺して回るような奴らだ。
「俺の大事な人をお前らの慰み者にするつもりだったのか?」
「ちがっ、ちがいまひゅっ! 上からの命令でっ!」
どちらでもいい。
どのみち助けるのだから。
その後も尋問を続ける。
どうやら俺の推測は当たっていたらしい。
魔力を感知する魔導具が存在した。感度はそこまで高くないようだが、魔術師の平均的な魔力ぐらいなら検知できるようだ。
「よし。お前は一旦お休みだ」
「……へ? 助けてくれるんじゃ」
「馬鹿を言うなよ。お前が嘘をついていないかちゃんと他の奴にも裏を取らないといけないだろ?」
さすがに二十人も尋問はできなかったが、数人を同じように尋問した結果、兵士の発言に嘘がなかったことがわかった。
素直さに免じて眠らせるだけにしておいた。
魔獣に見つからなければお仲間に助けてもらえるはずだ。
これ以上痛めつけるとなると、俺の理性が保てない。
あれほど人を殺す覚悟がどうのと言っていたくせに、今の俺は師匠を傷つけたこいつらを殺したくてたまらない。
だが、抵抗ができない相手を殺すようなことはしたくない。
いずれ敵を殺すことになろうとも、殺す必要がないなら、殺したくはない。
師匠が言ったのだ。
俺の力は戦争なんてものではなく、もっと明るい未来のために使うものだと。