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「まさか、お前と再会するなんて思いもしなかったぜ。王都で商売を始めたって聞いていたからよう」


 怪我をして診療所に来たのは、A級冒険者のゴードンだった。

 ゴードンは偵察部隊に参加していたらしい。


 相当数の冒険者が王国軍に参加して一兵卒として各部隊に配属されているという。

 ゴードンはA級冒険者でそれなりに腕が立つ。だが、確実に帰着できるという点で、偵察部隊に配属されたそうだ。


「……師匠は?」

「アンジェラさんのことか。ああ、お前の師匠のおかげで俺たちはなんとか逃げることができた。腕っ節には自信があったんだがなあ……ありゃあ反則だ」

「反則?」

「おう。よくわかんねえ火が噴き出す棒みたいなのを持ってやがってよ。その火が噴いたら何人も死ぬ。矢も届かねえ距離からだ。剣で戦える距離まで近づこうなんて土台無理な話だぜ」


 銃、か。

 帝国が戦争に乗り出したのは銃を開発したからなのだろうか。

 しかし、量産できるほど存在するとなると、王国軍は厳しいかもしれない。

 治療に忙しくてそれ以外のことを考えていなかった。

 銃の登場によって王国軍側の兵士は負傷率が高くなったのかもしれない。

 確かに、治療した兵士たちはどれも剣や矢の傷ではなかった。

 損耗率は今までの比じゃなかったはずだ。


 事実、西方軍はタッカ市を諦めて撤退した。


「まあ、しゃがんでればそう大した被害も出ないんだがな。でもよう、指揮官や魔術師が先にどんどん殺されちまって……まあ、頭がいなけりゃ烏合の衆みたいなもんだろう?」

「でしょうね……はい、治療は終わりです」

「おう、ありがとよ。で……お前さん、大丈夫か?」


 ゴードンは俺の顔をまじまじと覗き込んで言う。

 よほど暗い顔をしていたのだろうか。


「俺にはよう、あの魔術師がそう簡単に死ぬとは思えねえんだが」

「あくまでも希望的観測ですよ。師匠だって人間なんです」

「そりゃあそうだけどよ……」

「偵察部隊が敵と鉢合わせしたのはどの辺りですか?」

「知ってどうするってんだ?」

「探しに行きます」

「やめとけ。タッカ市方面はどこも帝国兵で溢れてやがる。お前の逃げ足でもあの武器からは逃げられねえよ」

「ゴードンさん」


 俺は師匠の笑顔がまた見たい。

 また師匠のわがままが聞きたい。

 ただそれだけなんだ。


「師匠は俺の恩人なんです。暗闇の中から引きずり出してくれた。師匠がいなかったら、俺は死んでいたんです。今度は俺が助けたい。例えそれが危険な場所だとしても、恩返しがしたいんです」


 ゴードンはため息をひとつ吐いて言った。


「お前さんは馬鹿野郎だな。そんなのは恩返しでもなんでもねえ。ただのわがままだ」

「それでも構いません」

「てめえの師匠が助けてくれって頼んだか? 違うだろ。師匠ってのは弟子の幸せを願うもんだ。進むべき道を示してやるもんだ。ぶっとんだ魔術師だったがよう。お前さんに命を張って助けてくれなんてな、絶対に言わねえよ」

「決めたんです」

「師匠の思いを無下にしてまで押し通す決意ってのはなんだ」

「手の届く大切なものは絶対に守る。俺の幸せの中には、師匠の笑顔が入っているんです。もうそれが見られないなんて、そんなのは絶対に嫌なんです。もう誰にも大切な人を奪われたくないんです」

「……めんどくせえ野郎だな、お前さんは」


 だが、とゴードンは笑った。


「よく言った。それでこそ漢だ!」


 彼は俺の肩をバシバシと力強く叩いて満足げだったが、ふと何かを思い出して口を開いた。


「戦争が終わって落ち着いたら、教えてくれよ」

「何をです?」

「赤竜の居場所に決まってんだろ!」

「あー、まだ諦めてなかったんですね」


 ゴードンの諦めの悪さは筋金入りのようだ。

 いくつかの約束をして、ゴードンは敵の伏兵と遭遇した地点を教えてくれた。


 タッカ市の周囲は森林が広がっているが、斜面と崖の繰り返しのような地形となっている。

 伏兵を配置しやすいが、一方で機動的な軍の移動はある程度抑えられる。

 おまけに魔獣も多いから、それなりの防衛拠点を作って待機しているはずだ。


 強襲すればいくつか突破することはできると思う。

 けれども、ハルメ町からタッカ市方面では、小さな崖がいくつも並ぶ。街道はその崖の隙間を縫うように曲がりくねっているのだ。


 敵からすれば、常に上から敵を見下ろせる格好の位置だ。

 おまけに突撃するわけでもなく、上から銃を使って撃ち殺すだけ。こんなに楽な仕事はない。


 どうやら帝国は一気呵成に決着をつけるのではなく、じわじわと拠点を整備しつつ前線を押し上げるつもりらしい。


「市の北東から侵入した。あちらは大木が並ぶ森だ。見通しはいい。敵から見つかりやすい難点はあるが、そこを抜ければ市街地まではすぐだ。東の下水道から内部に潜入できる。敵がいたのは市街地の手前すぐだった。だが気をつけろ。俺たちが失敗したのもあるが、敵は警戒して数を増やしてる可能性もある」


 ゴードンの教えてくれた情報は貴重だった。

 タッカ市の北東は確かに見通しがいい森だ。

 だが、それは地面に足を着いている場合という但し書きがいる。

 大木が多いせいで、上方は視界が限られており、空がところどころ区切られたように見えるだけだ。


 二日ほどかけて傷ついた兵士たちに治療を施した。

 さすがに全員とはいかなかったが、危険性の高い患者から治療したのですぐに死ぬようなものは残っていないはずだ。

 クレマンが言った三日が過ぎ、師匠は「戦死」したことにされた。

 そんなこと、俺は絶対に認めない。


 そして、未明。

 俺はゴードンにクレマンへの伝言を預けてハルメ町を出た。

 師匠を助けに行く――そう告げた。

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