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五年後。
俺はめでたく十歳になった。
誕生日なんて覚えていないが、師匠に助けてもらった日が俺の新しい誕生日だ。
「ああっ! ハロルド! オーブンから煙が出ているわ! 早く開けて!」
師匠は料理が下手くそだった。
「師匠! 料理は任せてくださいと言ったじゃないですか! どうして勝手に台所を使うんですか!」
「そんなに怒らないでもいいじゃない、ハロルド。せっかくあなたに美味しいケーキを作ってあげようと思ったのに」
「気持ちは嬉しいです。とっても。でも、師匠は料理ができないんですから、材料だけ用意してくれればいいんですよ! もう!」
「ハロルドったら可愛げがないわね、まったく」
「師匠は学習してください! 去年も同じ失敗をしたじゃないですか! 一昨年もですよ!」
「今年はできるかなって思うじゃない? 失敗を乗り越えた先に成功が待っているのよ」
「かっこよく言ってもダメですからね!」
「もう! ハロルドのけちんぼ!」
師匠は変な人だ。
普段は俺のことを顎で使うくせに、こういうときは自分でやろうとする。
魔法の腕前はすごいのに、料理はからっきしだ。ついでに洗濯もできないし、掃除も適当。
師匠が雑用を欲していたのには理由があった。
てんで生活能力がないのだ。
「師匠、拗ねないでくださいよ。今からちゃんと作り直しますから」
「……ほんとに? わたし、ローストビーフが食べたいわ」
「師匠の気持ちはとってもよく伝わりました。日頃のお礼をかねて俺が作りますから」
「うふふっ。ハロルドはいい子ね。好きよ。大好き。愛してるわ。ついでにそのかわいいままで成長しないでちょうだい」
「無茶言わないでくださいよ。あとせっかく言うなら棒読みやめてください」
「冗談よ。すくすく大きくなりなさいね」
ちなみに去年も一昨年もそんな調子だった。
俺は師匠が台所から去るとまずは片付けから始める。
五年前は右腕一本しかなかったけれど、今は違う。
師匠に新しい腕と両脚を作ってもらった。
生えたわけじゃない。
魔導義肢というものらしい。
なんでも貴族が大金を叩いてオーダーメイドで作ってもらうものなのだそうだ。
普通の魔導義肢はベルトを巻き付ける固定式で、魔力を流せば動くけど感覚がない。
けれど、師匠が俺に用意した魔導義肢は接続式で、神経と魔導回路を直接繋ぐ代物だ。これのメリットは神経と魔導回路の連結によって感覚があるということと、非常に効率がよいということ。
もちろんデメリットは凄まじい。
これを取り付けるには外科手術でアタッチメントを埋め込む必要がある。
義手にしても、先っぽだけ取り付けるわけではなく、強度を持たせるために大部分を切開して骨にボルトを打ち込んで繋げなくてはならない。骨の成長を妨げないようにするから、かなり面倒な手術らしい。
片腕と両脚の手術と、その後の治療とで丸三年かかった。それぞれ一本ずつと思う事なかれ。師匠はそんなに優しくない。全部一緒にやった。
神経を直接繋いでいるため、もう殺してくれと言いたくなるほどに痛かった。
手術中はさすがに麻酔を使ってくれた。だが、その後は痛み止めもなし。毎日毎日痛みに耐え続けるだけだ。
痛みが完全になくなったのは一昨年からだ。
今の俺は成長期でもあるから、魔導義肢は成長に合わせて長さを調節できるようになっている。
両脚も身体の大きさに合わせて月に一度調整する。
ちなみに、この接続式魔導義肢をつけているのは俺しかいない。
なにせ師匠が作ったけど誰にも試せないからとお蔵入りしていた品だ。
俺の前に、師匠は傷痍軍人の貴族に試したことがあるらしいけれど、途中で死にそうになったから辞めざるを得なかったらしい。
手術に耐え得るだけの精神力と魔力がなければ、絶対に途中で諦めるしかない。
師匠曰く、俺を見つけたときは「逃がしてなるものか」と思ったらしい。
要するに俺はモルモットだった。
けれど、恨みはない。
もう一度自分の脚で立てたときの感動は今でも忘れない。
師匠は人使いが荒いし、毎日の鍛錬はとても厳しいけど、それでも感謝してる。
「……ふう。片付け終わりっと。さあて、料理を始めようかな」
師匠は実はすごい人だ。
いつもニコニコしていて、料理も洗濯も掃除も下手くそだけど、魔術師としては王国で五本の指に入る腕前だそうだ。
そういうわけで、師匠はお金持ちでもある。
お金持ちのくせに家の部屋数はそんなに多くない。
居間と台所があって、お風呂とトイレの他には師匠の寝室と客室が二つ。片方は俺の部屋になっている。そして、師匠の研究のための書斎がもうひとつ。
それなりに大きな家だけど、豪邸とは言えない大きさだ。
おまけに場所は王都ではなく地方都市だ。
なんでも魔獣の素材を目当てにこんなところに住んでいるらしい。
「ハロルド、お茶が飲みたいなー」
「そこのポットに入れてます」
魔獣は核を持った害獣のことで、総じて獰猛な性質だ。でも、魔獣の素材は優れていて、色んなものに使えるから冒険者が定期的に狩りに出かけている。だいたい肉食なので人間を見ても餌としか思っていないようで、冒険者も出かけたきり帰って来ないということがよくある。
俺が左腕と両脚を失ったのも魔獣に食われたからだ。両親を失って街に逃げているときにやられた。たまたま通りがかった兵士たちに助けてもらわなかったら、あの時俺は死んでいたんだと思う。
今でこそ恐怖心はなくなったけれど、去年ぐらいまでは怖くて仕方がなかった。
まあ、それは師匠の荒療治のおかげでどうにかなった。
トラウマなんて師匠の知ったことではないらしい。
「ついでにお茶菓子もあったら嬉しいなー」
「右の棚の上から三番目の引き出しに入ってます」
あの時は本当に死ぬかと思った。
ようやく魔導義肢にも慣れてきたばかりだと言うのに、ゴブリンの群れの中に俺を放り込んで「ほら、戦わないと死ぬわよー」だと。
あの時はちょっと恨んだ。でも、おかげで俺は魔獣へのトラウマを払拭できたから良かったと思うことにしている。
まあ、師匠の教育はそんな感じだ。
全てにおいて荒療治。
「そろそろできそうだから食器ぐらいは用意しておくわねー」
「左の棚の上から二番目の引き出しに入ってます」
人がどれだけ痛みに呻いていても笑いながら「大丈夫大丈夫! ハロルドの魔力量ならまだ死なないから!」と平気で言ってのける。
人が魔獣の群れに囲まれて死にそうになっていても「助けないからねー。自分の命は自分で守るのよー」と楽しそうに言ってのける。
人が魔法を覚えるのに悪戦苦闘していても「あははっ、魔力はあってもセンスはないわねー」とデリカシーもなく言ってのける。
まあ、おかげで「なにくそ」と頑張ることができているのだけれど。
「――よしっ。できた」
料理が完成した。
師匠を呼びに行こうと振り向いたら、すでにテーブルに座ってナイフとフォークを持って待っていた。
いつの間に戻ってきていたんだ。気づかなかった。
「ハロルド! 早く早く! とっても美味しそうな匂いがするわ!」
ちょっと呆れてしまう。
けど、少し感心した。まさか自分でお茶を用意してお茶菓子も食べて、その上食器の用意までしているだなんて。
いや、さすがの師匠もそれくらいはできるか。何か引っかかるけど。
師匠は優しい人なんだと思う。
荒療治はちょっと勘弁して欲しいけど、俺に新しい腕と脚をくれたし、住む場所も与えてくれた。
口ではなんだかんだ言ってるけど、本当に危ないときは助けてくれる。
テーブルにお皿を並べると、師匠はお祈りもそこそこに早速食べ始めた。
「うん! やっぱりハロルドは料理が上手ね! お店でも開いたらいいんじゃないかしら!」
「嫌ですよ、もう」
「ハロルドはすごいわね。料理をしながらでも後ろに目がついてるみたいだったわ」
「はい? よくわかりませんが……」
師匠は口の周りをソースまみれにして料理を堪能している。
俺が口を指さしてみると、師匠は笑って口元を拭った。
「あ、そうだ。忘れるところだったわ!」
こういう時の師匠はろくなことを言わない。
身構えた俺に、師匠は「大したことじゃないわ」と前置きをした。
だが、それが信用できないことまでも俺は知っている。
「新しい魔導義肢を作ったのよ。あとでちょっと試してみましょう!」
ほらきた。
最悪だ!
「嫌ですよ! 今ので十分です!」
「えー、そんなこと言わずにさー。ねえ? 確かにちょっと神経が痛むかもしれないけど……」
「師匠、ちょっとじゃないですから。あれ繋ぐ瞬間めちゃくちゃ痛いんですよ?」
「あははっ、でも一瞬だから。ねっ、ねっ? ちょっとだけ! 先っぽだけだから!」
「先っぽだけでも繋いだら痛いに決まってるじゃないですか!」
新しい魔導義肢を作ったからと言って、今までろくでもないものだったのは記憶に新しい。
脚の代わりに車輪がついていたり、腕がそのまま剣になっていたり、手にかぎ爪が取り付けられていたり、もう散々だった。
「絶対に嫌ですからね!」
「ハロルド?」
「うぐっ……だ、ダメですよ! それはズルいですからね! そんなの横暴ですからね!」
「――弟子は師匠の言うことを聞くものよ」
そういって玩具にしたいだけだろうが!
師匠は年に数回、俺をサイボーグのようにして遊んでいる。
次回、本日20時