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 感じる魔力を頼りに下町の細い路地を進んでいると、小さな家に大人たちがごった返しているのが目に入った。

 どうやら魔力もそこから発せられている。


「ちょっと失礼――」

「おい、なんだてめえ」

「そんな綺麗な身なりで来るところじゃねえぞ、下町はよう」


 どうやら下町の人間にはきちんとした身なりが鼻につくらしい。

 クレマンを訪ねるのに貴族向けの服装だったことをすっかり忘れていた。


「魔術師ですよ。怪我人がいるんでしょう? 少しでも力になりたい。通してくれ」

「先にそれを言え、馬鹿野郎!」

「おい、道を開けろ! 魔術師様のお通りだ!」


 魔術師の証明ってどうやってするんだろうか。ちょっと簡単に信じすぎじゃないか。

 だが、都合がいいのでそのまま中に入る。


 どうやらここは下町の治療院のようだ。

 先ほど見た老人が部屋の中をあたふたと右往左往しているが、怪我人を見ているのは違う若い女性だ。でもこの人じゃない。

 やっぱり魔力を感じるのは怪我人の方からだ。


「――っ! あんた誰よ! よそ者が何の用!? 治療の邪魔よ!」


 若い女性がどうやら治癒術師のようだ。


「魔術師だよ。手伝えることがあるかなと思って来たんだ」

「先にそれを言いなさいよ!」


 怪我人は十五、六の少女だった。

 真っ白な髪に、静脈の浮くような白い肌。だが、腹部からの出血は夥しい。

 魔力量のおかげで生きながらえているといっても過言ではない。


 治癒術師は止血作業の真っ最中のようだ。必要な措置なので邪魔はしない。

 よく見ると手足にも深い切り傷があった。

 こちらは……ダメだ。腱を切られている。もう二度と自分で歩くことも起き上がることもできない。だが、比較的古い傷だ。血も出ていない。

 治癒術師もそれに気づいているようだ。出血量の激しい腹部の止血を優先しているのだから、まずは命を助けることに終始している。


「……血が止まらない。魔術師! あんた何かわかる?」

「呪い、だな。しかもかなり原始的なやつだ」

「呪い? あんた正気?」

「正気も正気。大丈夫。これは解除が簡単なタイプだ」


 しかし、これだけの魔力量を持っているのに呪いをかけられるとは。よほど信頼している相手にかけられたのか、あるいは……自我を喪失していたか。

 いずれにせよ、解除は簡単だ。


「少しいいかい?」


 治癒術師と場所を変わってもらい、止血用の包帯を外す。


「やっぱりあった」


 ほんの小さな痕跡だが、魔力で焼き付けた呪印がある。


「ちょっと集中する。声をかけないでくれ」


 指先に魔力を集中させて呪印を上書きする。上書きとは言っても内容はない。

 わずかに呪印が反発するが、それ以上の魔力でねじ伏せる。


「よし、消えた」


 瞬時に止血の治癒魔法をかける。細胞が脆くなるので上から包帯を巻いて保護する。


「……汗だくだけど、大丈夫?」

「細かい魔力の扱いが苦手でね。もう大丈夫。すぐに血は止まる。あとは造血できる薬剤を飲ませ……ああ、無理だな。投与して安静にするしかない」

「そう。助かったわ。あんた、名前は?」

「ハロルド。君は?」

「メイよ」


 血だらけの手で握手を交わす。

 メイは言った。


「でも、よく呪いなんて知ってるわね。あたしなんか初めて聞いたわよ」

「ああ、師匠に叩き込まれたからね」

「そう。いい師匠だったのね」

「そいつはどうかな……」


 思い出すのも嫌な思い出だ。

 師匠に呪いをかけられて「ほらほら、早く解除しないと死んじゃうわよー」と言われて、何度か死にかけた。

 その話をしたらメイはドン引きだった。


「人間のすることじゃないわね」

「だろ? 俺もそう思う」


 様子を見に来ていた大人たちは少女が助かったと知ってすぐに散り散りになった。

 俺とメイは眠ったままの少女をベッドに寝かせて状況を老人から聞いた。


 老人はメイの治療院で下働きをしているという。なんでもメイに助けられてからの縁だそうだ。


「水路に捨てられていた、ね……ひどいことする奴がいたものね」

「ちなみにどこの水路かわかります?」


 少女は水路に打ち捨てられていたというが、どうやら貴族街に通じる水路だった。


「下世話な推測をするなら、貴族が孕ませた妾の子ってことかしらね」

「妾の子、ねえ……あり得ないな」


 魔力量はかなり遺伝的要素が高い。

 転生した俺は除外するとしても、特殊変異だってこれほど増えるとは思えない。

 いくら魔力量が高い魔術師だって、これほどの魔力量を持っていて子どもに遺伝するとは考えにくい。


 それにもし本当に妾の子でこれほどの魔力量の子ならば、まず殺さずにちゃんと育てるはずだ。優秀な魔術師はそれだけ金を稼ぐのだから。


「どうして?」

「この子の魔力量に気づいてないのか?」

「残念ながら、そういうのはからっきしなのよ」


 まあ、メイの魔力量は平均の倍ぐらいあるから、今までは大丈夫だったのだろう。


「この子、君の二十倍ぐらいは魔力がある。いくら治癒魔法をかけても魔力の差が激しすぎて効かないよ」

「……なるほど。そういうわけ。だから、いくら止血の治癒魔法をかけてもダメだったわけね」

「あとは血が止まらないようにする呪いもあったけど、それも上回る魔力でねじ伏せればなんとかなる。調整は結構大変だけどね」

「さすがは魔術師というわけね。あたしじゃきっと救えなかった。改めて礼を言うわ」

「別に……ただ、ちょっと気になって来てみただけだから気にしないでいい」


 それにしても、こんないたいけな少女を殺そうとして、その上呪いまでかけるなんて尋常じゃない。

 明らかに魔力量の多さを把握していて、確実に殺すことを目的としている。

 心臓を突き刺して即死させなかったのはなぜかわからない。何か別のことに使うつもりだったのか。

 四肢の傷は腹部に比べると古い。治療したあとが残っている。


「身動きを取れなくする必要があった……ということか。それでも何らかの方法で逃げ出したから、発覚する前に殺そうとした」

「……なにそれ。恐ろしいわね。こんな子どもを何に利用するってのよ」

「さあ。それはわからないけど、少なくとも魔力タンクにはなる」

「魔力タンク!? どういう意味よ!」

「そのままの意味だ。魔力だけを奪うために生かさず殺さずで飼う……まあ、この子が拒否したら絶対に魔力なんて奪えないし、仮にできたとしてもかなりの資金が必要だろうね」


 それこそ魔力保持力の高い素材にこの子の魔力を一旦移せば、他の魔導具にも使えるはずだ。だが、これほど高純度の魔力となると素材も限られる。少なくとも安っぽい素材じゃ無理だ。オークの骨なんてまず使わない。

 理想的なのは赤竜の肺だけど、そう簡単に手に入るものでもない。仮に手に入っても、作るのに数年はかかるはずだ。


「それに、この魔力は……」


 これだけの高純度な魔力を持つ存在を俺はそういくつも知らない。

 しかも、それが人の形をしているとなれば尚更だ。


「――ハーフエルフ」

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