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貴族の屋敷というのは、歴史次第でこうも変わるのかと驚くことが多かった。
マリウスの紹介で二件ほど魔導義肢を頼まれて、見本をもってお目通しに行った。
片方は五百年ほどの歴史を持つ由緒ある軍人貴族で、当主は軍の高級幹部でもあった。
ヴィッカー家ほどではないが、質実剛健な家風を彷彿とさせる邸宅で、一切の無駄がない。それでいてシンプルな装いの中に美しさがあった。
もう一方はいわゆる成金だった。
元は商人で、商売で一発当てて、貧乏貴族に娘を嫁入りさせて一族もろとも乗っ取ったという、まるで絵に描いたような成金貴族である。
こちらはまあ邸宅そのものが装飾過多で、内装も目がしゅぱしゅぱするような目映さで、褒め言葉に迷った。当主が「どうだ、すごいだろう?」とどや顔で言うので余計に困った。
まあ、それはさておき。
二件ともそれほど難しい依頼ではなかった。
前者は左腕の魔導義肢を求めており、当主の息子でもあった。もう一度槍働きがしたいと言っていた。
後者は感染症で片脚を失った当主の甥っ子で、ぶくぶくおデブさんだった。なんでも夜遊びというかまあ色街によく通っていたそうだ。感染症自体は治癒術師に数年がかりで治してもらったそうだが、また腰が振りたいという邪にも程がある理由で魔導義肢を買い求めた。
どちらも魔導義肢が欲しいというだけなのに、目的が違うだけでこんなにもやる気に差が出る。
まあ手を抜くなんてことはしなかった。
だが、やはり前者は頑丈さと信頼性を求めたのに対し、後者は華美さを求めたのは対照的だった。
とはいえ、金払いがいいのは後者だった。
前者は一度試してみてから金を払うと言い出したけれども、自信があったので後日またお訪ねしますと言ってお別れした。
そして今日。
また軍人貴族の家を訪ねたというわけだ。
何度か通っているのですぐに応接室に通される。
メイドもどこか規律正しく見えてくるから不思議だ。なんというか出されたお茶の味までむらがない。
「イルヴァン家の邸宅は無駄がなくていいですね」
とメイドに尋ねてみると、会話を許されていないのか軽く会釈を返しただけだった。
しかし、俺としては本心だ。
あの成金貴族の邸宅みたいに華美な装飾品をこれでもかと並べるなんてことはしない。
見る人が見ればわかる品格漂う逸品がぽつんと置かれているだけだ。
軍人貴族のくせに気品があって清々しい。
当主の息子、クレマンはずかずかと入ってきて俺の前にどっしりと腰を下ろした。
「よく参った!」
いちいち声がでかい。けど悪い人じゃない。
軍人らしいハキハキとした性格で俺は好きだ。会話も憶測ではなく事実だけを淡々と交わすので非常に話しやすい。まあ、面白みに欠けるとも言う。
挨拶もそこそこに早速本題に入る。
「魔導義肢の具合はいかがでしたか?」
「概ね良好である。不具合や不備はない。だが、何点か修正してもらいたい箇所がある」
非常にさくさく話が進む。やりやすい。
クレマンは魔導義肢を外して具体的に不満を訴える。
どれも微調整のレベルだが、使う本人からしてみれば命を預ける品物でもあるから妥協できないのだろう。
「反応速度を向上させるには、はっきり申し上げて予算が足りません。月に一度の定期メンテナンスが可能であるならば、金貨五十枚の上乗せでなんとかできます」
今回クレマンが提示した予算は金貨百枚だった。
かなりふんだんに高級な素材を使ったが、さすがに接続式でもないのに反応速度を向上させるためには予算が足りない。
「先に申し上げておきますが、金貨五十枚は今後の定期メンテナンスも含めたお値段です。十年は問題なく使えるように作りましたから、年間で金貨五枚の維持費と考えていただければその価値がおわかりいただけるかと」
クレマンはしばらく考え込んでから言った。
「金額は構わん。だが、月に一度となると厳しい。我が輩は遠征で長期間王都を離れることもある。まさかそれにハロルド殿を付き合わせるわけにもいかんだろう」
「そうですね。さすがに俺にも他のお客様がいらっしゃいますから」
「やはり貴殿が申しておった接続式にしたいところだが……無理なのだろう?」
作らせておいて今更だが、これは先に断っている。
「優秀な治癒術師を数年付きっきりにできるだけの財力があるならば、それもいいかと思います。今からやるとしても仮にクレマン様が接続式に耐えるだけの精神力と魔力量があっても、やはり三年はかかると思われます」
「三年、か。間に合わぬ」
「いずれにせよ、俺の見立てでは精神力はともかく、クレマン様には魔力が足りません」
クレマンは渋い顔をしてため息をついた。隙を見て尋ねる。
「近々戦争が?」
「貴殿に話すべきことではない」
「噂話程度であれば、最近帝国がまたきな臭いと聞いております」
「市井にも漏れておったか」
「職人街には知り合いが多いですから。鍛冶屋が槍と剣を打ちっぱなしで仕事が回らないと文句を言っておりました」
スミスさんから聞いたところによると、二ヶ月ほど前から軍の発注が増えているそうだ。それも槍や剣、鎧などの武具が大半なので、近々戦争があると思っているらしい。俺もたぶんそれは正しいと思う。
「俺も両親が帝国兵に殺された身です。協力できることがあれば、否やはありません」
「……十三年前のあれか」
「はい。その後は師に引き取られ、タッカ市に身を寄せておりました」
「タッカ市か。あそこも危ない。もし貴殿の知人がタッカ市にいるのであれば、早めにこちらに呼び寄せておけ。我が輩が話せるのはそれだけだ」
「タッカ市に戦火が? あ、いえ……ご忠告痛み入ります」
その後、魔導義肢の微調整をして試用してもらう。クレマンはこれならばと満足してくれた。どうにか妥協できるギリギリまで調整できたようだ。
「以前も申し上げましたが、毎日の点検を怠らないようにお願いいたします」
「うむ。使用期間が短くなる、だったな」
「はい。違和感があるときは決して無理をしないでください。魔導義肢はあくまでも道具です。限界以上に無理をすれば必ず壊れます。そこは人間と変わりません」
「心得た。少しでも気になるようなら貴殿に見せることにしよう」
クレマンは軍人だが、馬鹿らしい精神論者ではなかった。
その点は非常に喜ばしい。道具をきちんと道具として見てくれている。
別れ際、俺は気になって尋ねてみた。
「クレマン様。アンジェラ、という魔術師をご存知ですか?」
「……アンジェラ殿か。もちろん存じている。数年前の遠征でご一緒した。赤竜を討伐する姿は今でも夢に見る。そのアンジェラ殿がどうかしたのか?」
「我が師です」
「……そうだったか。では心配あるまい。あの方は帝国兵など敵にもならぬ」
俺もそう思う。いや、そう思っていたいだけなのかもしれない。
不安が顔に出ていたのかもしれない。クレマンは俺の肩を軽く叩いた。
「案ずるな。師を信じるのも弟子だ」
金貨百枚を受け取って、俺は自分の工房に帰る。
師匠がそんなに簡単に死ぬわけがないとはわかっている。
だが、軍の発注が二ヶ月前から増えたということは、その時期にはすでに帝国軍の動向を察知していたということだ。
クレマンが帝国軍との戦争が始まると予見しているように、師匠もタッカ市が危ないといち早く気づいていたんじゃないかと思う。
俺を戦争に巻き込まないために、王都に送り出した。
そう考えるのは、俺の勘違いなのだろうか。
俺は……俺は、いつまで。
いつまで師匠におんぶに抱っこなんだ。
「――あれ?」
考え事をしながら歩いていたら道を間違えたらしい。
本来曲がるべき道を曲がらずに市場を通り過ぎ、下町まで来てしまったようだ。
王都の下町はいわゆるスラムとは少し違う。
彼らはきちんと市民証を持っているし、税金も払っている。
その多くは商人たちのもとで働く労働者だが、王都は年中どこかで拡張工事や外壁の工事をしているので、そういった日雇い労働者も多い――とウッドさんが言っていた。
治安はそれほど悪くないが、腕っ節の強い男たちが多いのは確かだ。
「おい、あんた! そこをどいとくれ!」
後ろから突き飛ばされてしまった。
転ぶことはなかったがちょっとムッとして視線を向けると、老人が数人に指示を出しながら誰かを運んでいた。
あの出血からすると怪我人だろうか。
辺りは騒然としているが、誰に尋ねても首を傾げるばかりだ。
どこかで怪我でもして老人が見つけたのだろうか。
もしかすると治癒術師なのかもしれない。
魔術師のなり損ないなどと言われることもあるが、魔術師よりも治癒魔法に特化しているのは賞賛に値する。
「……それにしても、すごい魔力だな」
俺ほどではないが師匠にも匹敵する魔力を感じる。
方向はあの老人が走っていった方だ。
もしあの怪我人がこの魔力の持ち主だとすると、治癒魔法が効くかどうか……怪しい。
「自分にできることを、だったな……」
ふとマリウスの言葉が頭に浮かんだ。
少しでも誰かの役に立てるといいのだが。