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「よう、そろそろできたかい!」


 俺は放心状態でお客さんを迎え入れた。


「ああ、おかえりなさい。とりあえずお茶でも飲んでお待ちください。もうほとんどできているので……」

「お、おう。そりゃあいいけどよ……。その、大丈夫か?」

「ははっ……久しぶりに神経使いました」


 フレームはすぐにできた。元兵士さんは手首ごと手を失っているだけだから、それほど大きなものは必要なかったのも大きい。

 また、掴むという動作に特化して、人間の指を真似るのを辞めた。二本と一本の指で挟めるようにした。

 指の腹の部分は軽くヤスリがけしたオーク革を使った。ちょうどいい摩擦力を出すにはそのままよりも軽くヤスリをかけた方がいいと貼ったあとで気づいたのは幸いだった。


 サイズが小さい分、基板を入れるスペースが足りなかった。

 しかも、ミスリル合金の基板なんて使ったら原価割れどころか三倍の値段にしても釣り合わないので、普通の銀を使ってさらに小型化した。


 そこまでは別にいい。

 ただ時間に追われて焦る余り、部品を取り違えたり、魔導回路用の溝を彫り間違えたりしなければ、今頃は完成していた。


 最後にトロールの膝小僧の革をサイズに合わせてカットする。慎重にビスを打つ。心材は銅貨三枚のオークの大腿骨だ。


「終わったああああっ!」


 何ものにも勝る開放感だった。


「おおっ! できたのか!」

「はい。どうぞ。ご覧ください」


 元兵士さんは目を輝かせて新しい魔導義肢を見つめ、すぐに怪訝な顔をした。


「……本当にこれで完成なのか?」

「何か問題が?」

「いや、だってこれ……指が三本しかねえぞ?」


 ああ、なるほど。そういう心配か。


「大丈夫ですよ。機能的には十分に使えるはずです。とにかく一度使ってみましょう」

「お、おう……」


 右手の部分にはめて、幅の広いベルトで軽く腕毎巻く。それから伸縮性のあるベルトを左腕の肩の部分に通して抜け落ちないようにする。


「腕のベルトだけだと抜け落ちるので、これは仕方ないと諦めてください」

「うっ血しないかがちと心配だな」

「たぶん大丈夫とは思いますけど、できれば休憩中は外すようにした方がいいですね」

「おう。で、どうやって使うんだ?」


 今回の魔導義肢「右手」は掴むという動作だけしかできない。左手の補助があることを前提にしているので、指は九十度ほど回るように作った。これは勝手に動く。この回転幅まで制御しようと思ったらすぐに使えないし、そもそも予算が足りない。


「魔力はわかりますよね?」

「いや、すまねえ。わかんねえや」

「……それ、本気で言ってます?」

「使えねえのか、魔力がねえと」


 元兵士さんは自分で言って自分で驚いていた。

 けど、案ずることなかれ。俺も驚いたが大丈夫だ。まさか魔力を使ったことがないとは思わなかっただけだ。


「大丈夫です。見た限り魔力は人並みより少し多いぐらいお持ちですから。魔力を出すコツさえ掴めれば簡単に使えるようになります」

「……俺はてっきり魔法なんてもんとは縁が遠いもんとばかり」

「大抵の人は魔力がありますよ。使い方を知らないだけです」

「そ、そうか……」


 ちなみに魔力は後天的にも増える。

 これはよくある枯渇パターンではなかった。

 簡単に言うと「あ、やべ。これ死ぬ」と思ったら増える。

 人間の生存本能が死を恐れて魔力量を増やすらしい。増えるとはいっても大した量ではない。


 俺も師匠と出会ったころより別れたころの方が魔力量は多くなっていたみたいだけれども微々たるものだ。元が人外の魔力量なので多少増えても実感がない。


「手っ取り早く魔力を感じてもらいますけど、いいですか?」

「おう。何すんだ?」

「たぶん、背筋がぞわぞわして、急に気持ちよくなって、直後にものすっごく気持ち悪くなると思いますけど、いいですか?」

「なんだよ、怖いこと言うなよ、おい」

「でも、その方法じゃないとそんな短時間で魔力ってつかめないんですよ」

「先にそれを言えよ」

「たぶん吐きますよ? あと〝漏らし〟ます」

「俺は男だぜ!」


 というわけで了承をもらって師匠直伝の魔力感知法を使った。

 一応バケツを用意しておいてよかった。


「……あっ、あっ、ああっ、あふぁああああっ! んっ、んんっ! うっ……おろろろろろろろっ!」


 元兵士さんは大変人に見せられない顔をしたあとで盛大に嘔吐した。

 だが、バッチリだ。一発で魔力を感じ取ってくれた。


「と、とりあえず、一度トイレ借りていいか」

「洗濯もします? 魔法ですぐ乾かしますよ」

「……頼む」


 何が起きたかは言わない方が彼の名誉のためである。

 ちなみに理屈だけ言うと、尾てい骨から脊髄を通して魔力で生体電流を起こし、脳に直接微弱な魔力を叩き込む……というやり方である。非常に効果的だが、色々とやばい。人によってはもう戻れなくなるので注意が必要だ。何が戻れないかはまあ色々あるので口を閉ざすしかない。


 トイレから戻ってきた元兵士さんは俺に濡れたパンツを差し出してきたので魔法を使ってすぐに乾かして返す。するとまたトイレに戻ってはき直して帰ってきた。


 彼は一言だけ頬を赤らめて言った。


「その、なんだ……すごかった」


 やめろ。誤解を生むような言い方をするな。

 それはさておき、すっかり魔力がつかめるようになったみたいなので魔導義肢を起動してもらう。


「今はまだ魔力ゼロの状態なので、魔力を注ぎ込んでも動かせません。しばらくは魔力を出しっぱなしにしてみてください。あんまり一気には出さないでくださいね」

「お、おう」


 恐る恐るだが、大丈夫のようだ。視覚を強化して魔力の流れを追う。ちゃんと右手の義肢に魔力が集中している。初めてなのに中々筋がいい。まあ、五歳のころの俺とどっこいどっこいだが。


「そろそろ溜まりますね」

「おっ? おおっ! ちょっとずつ動いてるぞ!」

「一瞬だけ強めに魔力を出してみましょう」

「おおっ! すげえっ! 指が開いた! 開いた?」


 今頃聞かれた。

 今回の魔導義肢は常時閉じた状態になるように設計した。

 農作業ということは掴んだ状態を維持することが多いだろうから、稼働中に魔力を消費するのは長時間の使用に向いていない。


 だから、バネで指が勝手に開くようにして、常に閉じた状態を維持するように留め具をつけた。魔力を流せば留め具は外れるようになっている。この留め具も段階的に数ミリずつ外れるので、掴むものの大きさに合わせて止まってくれる。最後まで開いた状態で魔力を切ると疑似筋肉の反動で留め具が元の位置に戻るという寸法だ。


 案外アナログな構造だったりする。


 元兵士さんは魔力を出したり切ったりして指を開いたり閉じたりさせていた。

 ちょうどいいので箒を渡してみるとちゃんと掴んでくれた。


 軽く振ってみても義肢から抜けない。かなりすべすべした柄だけれども大丈夫のようだ。


「なるほど。こいつは便利だ。作業中に疲れて手からすっぽ抜けるなんてこともねえ。畑仕事をするだけならこれで十分だな」

「動作としては左手の補助があることを前提に作ってます。長時間使うということですから、かなり軽量化して疲れないようにしてますけど、通常の使用で壊れるようなことはまずないと思います。どこかにぶつけたり雑に放り投げたりはしないでくださいね」

「おう。わかったぜ」

「あと、諸々の注意事項と、日頃のメンテナンスについては書き留めますので、ちょっと待ってください。すぐに書きますから」

「何から何まですまねえな……」


 元兵士さんはかなり満足してくれたようだ。

 金貨一枚をそっと差し出してきたので、銀貨を二枚返した。


「おつりです。お客さんがこの店の第一号なので、特別に値引きです」

「……いいのか? これ、高いんだろ? 材料もほら、色々使ってるんだろ?」

「正直に言うと、その銀貨二枚が店の儲けですね」


 元兵士さんは目を見開いて驚いていた。


「いや、いやいや。ちょっと待てよ。するってえと、こんなにすげえもん作っておいて、金貨一枚だとあんたには銀貨二枚の儲けしかねえってのかい? そんなに滅多に客が来る商売でもねえだろうがよ」

「そうですね」

「いやいやいやいや、待て待て待て! 俺が言うのもなんだがよう。あんたそりゃあ……商売下手くそすぎんだろうがよう」

「だから、言ったじゃないですか。お客さんが第一号なので、値引きですって」

「そこじゃねえだろうが!」


 なぜ安くなるのにこの元兵士さんは怒ってるんだろうか。よくわからない。


「あんた、たったちょっとの時間で放心するぐらい一生懸命作ってくれてたじゃねえか。しかもできたのはこんなに便利なもんだ。俺はもう動く右手なんて諦めてたんだぜ? 少なくとも金貨二枚、いや、三枚は出さねえといけねえ品物だと思うぜ、こいつは。でも、俺は金貨一枚が貯金の全部だから、これしか出せねえんだ。せめてもの気持ちなんだ。受け取れよ!」

「その銀貨二枚で、お母さんに何か買って帰ることをお勧めします。きっと喜んでくれると思います」

「なんでい。お袋の心配かよ!」

「大事になさってくださいね」

「ったりめえだ、こら」


 母親思いの孝行息子だ。俺も両親が生きていたら親孝行ができたのに。


「あっ、それはそうと半年に一度は来てください。メンテナンスするんで」

「お、おう。ちなみにそれは……」

「もちろん無料です。メンテナンスまで含めた値段なので心配ご無用です」


 元兵士さんは言った。


「本当に儲け度外視なんだな……」

「じゃあ、作った野菜とかください。メンテナンスのときでいいので」


 彼は胸を叩いて了承してくれた。

 第一号のお客さんは非常に満足してくれたと思う。

 ちょっと違うところでも満足してしまった感はあるけど。


 そういえば何か忘れているなと思ったが、思い出せない。

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