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ハロルド魔導義肢装具店第一号のお客さんはあの日知り合った衛兵の紹介だった。
「――っつうわけだ。さすがに槍働きはできねえが、鍬を握って振ることができるようになるだけでいい。お袋を助けてやりてえんだ。片腕じゃあどうも大した仕事ができねえ」
十三年前、帝国との小競り合いで右手を失った元兵士だった。
彼は今、王都の隣町にほど近い村で母親と一緒に畑を耕しているらしい。
妻はいないそうだ。少しでも老いた母の苦労を減らしてやりたいと、兵士だったころの貯金でもある金貨一枚を持って店を訪ねてきたのだという。
健在の左手と比べながら寸法を測る。
「わかりました。ちなみに使用される時間は一日あたりどの程度を見ていますか?」
「日中の間使えたらいいな」
日中となると日が昇って沈むまでと考えてもかなりの時間だ。
だが、元兵士というだけあって筋肉質だから、多少の重さは気にならないだろう。
三キロを目安に、できるだけ安く頑丈に作ろう。農作業は大変だろうし。
「すぐにとりかかります。使い勝手は多少悪くなると思いますが、農作業用に頑丈で、多少の汚れは気にしないで済むようにしますね」
「おおっ! あんた若いのにわかってるじゃねえか! いっちょ頼むぜ!」
「ところで、宿はどちらに?」
尋ねると、彼は首を傾げてしまった。
「え? すぐ作ってくれるんだろ?」
「……もしかして日帰りですか?」
「あたぼうよ。朝一で村を出たんだ。日が傾く前には王都を出ねえと夜になっちまう」
だいたい三時間くらいか。
作るだけならまだしも、素材を揃えるのに間に合うかどうか、だな。
「できるだけ急ぎます。急ぎますけど、もし間に合わなかったら泊まっていってください。部屋はあるので」
「かあーっ! 魔導義肢ってのは作るのに時間がかかるのか! そりゃあすまなかった!」
「いえいえ。可能な限り急ぎます」
とりあえず彼は待っている間王都を散策すると言ったので、俺はそのまま商人組合に走った。
商人組合に駆け込んだはいいものの、急いでいる日に限って受付が並んでいる。
焦っても仕方がないので待つ。
「なあ、おい。頼むよ! なんでうちだけ免許状が撤回なんだ!」
「ですから、期日までに書類を提出しないと免許状を取り上げると言ったはずですよ」
「それはそっちの都合だろう!? こっちだってなあ! 毎日銅貨一枚でも稼ごうってすったもんだの大騒ぎで西に東に駆けずり回ってんだ! 忙しくってそれどころじゃなかったんだよ!」
「規則は規則です」
「そこを曲げて、なあおい!」
どうやらごねにごねている男がいるらしい。
その男の後ろに並んでいる商人たちも痺れを切らすかどうかの瀬戸際だ。
というか、そもそも提出期限がある書類をどうして放置した。
普通は真っ先に済ませることじゃないか。
「……若いの、我慢しとけ。そのうち衛兵が呼ばれる」
俺の後ろに並んだおっちゃんが俺の貧乏揺すりを見て注意してくれた。
気づかないうちにイライラしていたようだ。
「今来たばかりのお客さんが日帰りでルクラ村まで帰りたいなんて言い出すものでして。早く素材を買わないとお客さんが泊まりになっちゃうんですよ」
「あー、なるほど。客のために急いでんのか。なんの商売だ?」
「魔導義肢です。つい先月開業したばかりで、今日のお客さんが記念すべき第一号なんです」
「……そりゃあ是が非でも最高に満足して帰ってもらいたいところだな」
「はい。なので急いでます」
「ちなみに、何の素材だ?」
「できるだけ軽いものがいいですね。フレームの加工は金属じゃないと時間が間に合わないので仕方ないですが、外装部分は軽くて固い素材があると最高です。欲を言えばトロールの膝小僧の革があると嬉しいですね」
「あるぜ」
「は?」
ずっと前を向いたまま喋っていたが、さすがに振り向いた。
口ひげを生やした初老のおっちゃんだった。
「あるんですか? トロールの膝小僧の革」
「そんなショボいのでよけりゃあ二十枚は在庫があったはずだ」
「……品質は?」
「おいおい。誰に聞いてんだ? こちとらどんな素材も最高品質でお届けするのがモットーのコールマン魔獣素材店の店主だぜ?」
そういえば素材屋があると以前受付の職員から聞いていたんだった。
「……でも、お高いんでしょう?」
「ったりめえだ」
「ちなみにいくらですか? 予算内なら勉強しないこともないですよ」
「銀貨二枚。いや、三枚でどうだ?」
「高い! しかも足下見てる! でも乗った!」
「商談成立だな。ついてこい!」
素材屋店主はフットワークが軽かった。
ちなみにトロールの膝小僧の革は相場にして銀貨一枚もしない。
固くてぶにぶにしていて使い勝手の悪い素材として有名だ。だが、とにかく軽い。
俺が急いでいるのを知ってか、店主は早足で歩いてくれる。ありがたい。
ちなみに名前はバリーというらしい。俺が魔導義肢に最適な素材はいくらでも欲しいと言うと彼は笑って言った。
「はっはっはっ! 受付でごねてたあんちゃんに礼を言わなきゃいけねえな! こんなお得意様と巡り合わせてくれたんだからよ!」
確かにその通りだ。
バリーは商人街をずんずん進む。
途中子どもたちが喧嘩しているのが目に入った。
「バリーさん、ちょっと待ってください」
「んあ? 急いでるんじゃなかったのか?」
「五秒で終わります……よし。行きましょう」
子どもたちが喧嘩をしているのはズッコケ三人組……じゃなかった。エルとニックの二人だった。どうやらチャドは近くで傍観しているだけのようだ。
あとでお仕置きするつもりで三人まとめて魔法障壁で閉じ込めた。ちゃんと空気穴は開けた。
お客さんが来て邪魔になるからと夕飯まで遊んでこいと追い出したのに、まさか早速喧嘩をしているとは。
「……知り合いか?」
「あの三人はまあ、うちの居候兼ただ飯喰らい兼丁稚みたいなもので、最終的には弟子のような雰囲気がするだけでなり損なった何かです。あとでお灸を据えるのでお気になさらず」
「んじゃ、まあいいか」
そんな感じでバリーの店に急いだ。後ろから「ししょーっ! ししょおおおおおおっ!」と雄叫びが聞こえたが、無視した。
バリーの店は商人街の一番端にあった。職人街とは正反対だ。
「おーい、帰ったぞー!」
彼は暢気な声で店に入ってすぐに番頭に指示を出していた。
「トロールの膝小僧の革をいくつか持ってきてくれ。急げ。今すぐだ。ほら、行け」
番頭はいきなり店主が客を連れて来て驚いているようだったが、すぐに了解して在庫を確かめに行った。
「すまんね。うちのがとろくてよ」
「いえ、助かりました」
「だと思うぜ。王都でトロールの膝小僧の革なんて、誰も欲しがるやつなんていねえからよ。商人組合じゃ取り扱ってねえんだ」
「……本当に助かりました」
まあ、なかったらなかったで別の素材を探すけど、とりあえず礼を言っておこう。
番頭は一分ほどですぐに戻ってきた。
テーブルに革を並べる。
「――すごい!」
「だから言っただろうが。うちはいつだって最高品質をぼったくり価格でがモットーだってよう」
「いや、どんな素材も最高品質でお届け、でしょう? 完全にぼったくり認めてるじゃないですか」
「細かいこたあ気にすんなって」
それにしたってこの処理は完璧だ。おまけにそれぞれ塗料まで塗ってある。
これならすぐに使える。
「じゃあ、これを」と黒いのを指さしたらバリーは言った。
「そいつは銀貨三枚と銅貨二枚だな」
「……なるほど。塗料なしは銀貨三枚で売ってやると」
「こっちも商売なんでね。こんな場所取ってるだけの素材なんて次にいつ売れるかわからねえからよ」
「まあ、これほど完璧な処理は滅多に見ませんし、別に今更銅貨二枚増えたところで構いません。買います」
「まいどあり!」
金を払って包んでもらうこともせずに受け取る。
「今後もごひいきにどうぞー」
「良い物にはちゃんと金を出しますよ」
「あんたはいい客だ。そういえば名前を聞いてなかった」
「ハロルドです。たぶんまた来ますよ」
「そいつぁよかった」
バリーの店を飛び出す。
すでに三十分は使っている。
間に合うだろうか。
仕方がない。ちょっとだけ本気を出そう。
いや、本気を出したら色々やばいので半分ぐらいにしよう。
「よっ!」
道を走るから遅いんだ。屋根に飛び乗って上を走る。
さすがに屋根を壊せないので出力は抑える。
本来なら走っても十分はかかるが、五分で家に帰ることができた。
あと二時間と二十分少々。
すぐに作業に取りかかった。




