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 俺が面倒を見ている三人のクソガキどもは今日も叱られたり褒められたりでてんやわんやだ。


 一番チビでそそっかしいのがエル。

 一番のっぽでお調子者がニック。

 中くらいで口数が少ないのがチャド。


 一週間ほど様子見のつもりで叱るのと褒めるのを繰り返していたら、思いのほか効果があった。


 まず挨拶はかならずするようになったし、ありがとうとごめんなさいをちゃんと言えるようになった。まあ、ごめんなさいと言ったらどうしていけないのかを教えてすぐに許してやっているからだとも思う。


 今のところハラワタ煮えくり返るようなことをされていないので、普通に許せるというのもある。


 まあ、もし仮に三人のうちの誰かが何かを盗んでとんずらしたとしても、その時はその時だ。俺の見る目がなかっただけだと諦めるしかない。どのみち三人は工房と倉庫に入れないようにしてある。


 そして、いきなり三人も欠食児童が増えたものだから、うちの家計はエンゲル係数がうなぎ登りだ。

 おまけに三人ともよく食べる。


 一度だけどこまで食えるかと試してみたら、三人とも限界以上に食べて嘔吐した。

 やっぱり足りないんじゃなくて、習性が染みついているだけだった。

 一口で三十回は噛んで飲み込むように教えてやると、それなりに満足するようにはなったが、染みついた習性は中々払拭できないようだ。


 こればかりは長い目で見ないといけないだろう。


 そんなこんなで、朝食のあとは三人に文字の読み書きを教えてやることにした。

 簡単な教本を作りもした。

 一番覚えるのが速いのはチャドで、次がエル。ニックはのっぽのくせに覚えるのが遅い。

 頭の回転は速いみたいだから、たぶんやる気がないだけだと思う。


 なので、課題を与えてできたものに飴をやることにした。

 ニックが一位になった。やっぱり手を抜いていただけだった。


 一ヶ月も経つと、三人とも文字を覚えてしまった。

 飴につられたとはいえ、さすがに子どもの学習能力は高い。ちょっと羨ましいくらいだ。

 今度は本を読ませるようにした。


 午後はそれぞれに仕事を割り振っている。

 まずは各部屋の掃除。

 一番小さな部屋に三人とも詰め込んでいるが、シングルベッドが二台入るともう隙間もないので、一台を二段ベッドにした。エルとニックがどちらが上かで喧嘩を始めたのでチャドにすると言ったら、チャドが断った。もう高いところは嫌だそうだ。まだトラウマだった。

 仕方がないのでエルとニックは毎日ベッドの上下を入れ替えるようにした。五日ほどで飽きたらしく、エルが上、ニックが下になった。理由は簡単で、エルの方が小柄なので天井に頭をぶつけないからだ。


 掃除の一貫としてベッドメイキングも教えた。ちゃんとチェックもする。

 皺を残していたらやり直しをするように教えたら数日でできるようになった。できたら褒める。二度目も褒める。一週間ぐらい褒め続けて、当たり前になったところで褒めないようにした。


 掃除の他には、洗濯もさせる。料理はつまみ食いが恐ろしいのでさせない。

 掃除と洗濯が終わればとくにない。

 まだ不安が残るので、三人を連れて王都を散歩することもある。

 時々薪割りを頼むこともある。


 薪売りが持って来る薪はどれも太いので、割らないと焚きつけが乏しいのだ。


 そんな感じで一ヶ月もすると、季節はすっかり冬になった。

 相変わらず客は来ない。まあ、しばらくは貯金を切り崩すつもりだったし、慌てる必要もないだろう。


 暖炉の前で暖まることが多くなったので、忘れていた手紙を書くことにした。

 師匠が怒ってないといいのだが、たぶん怒っていると思う。


 師匠はなんだかんだ心配性だから。




「アンジェラ様へ。


 お元気にお過ごしでしょうか。ハロルドです。

 お手紙を送るのが遅れてしまって、すみません。色々と忙しく過ごしていたせいですっかり抜け落ちていました。ご心配をおかけして申し訳ありません。


 俺は元気です。

 師匠がご紹介くださったマリウス様に、かなり良い物件を用意してもらえました。

 王都の職人街のど真ん中です。

 師匠のお屋敷よりもずっと小さいですが、初めて得た我が城です。

 工房は適度な広さで使いやすいです。

 残念ながらお客さんが来ません。しばらくはどうにか食べていけますので、ご心配には及びません。


 王都に来てから、師匠がなぜタッカ市のような片田舎に住んでいるのかよくわかりました。

 こちらではろくに素材がありません。

 ミスリルだって一度に買うのは二キロまでです。グリフォンの嘴やユニコーンの角に至っては一本ずつです。

 これでは実験もろくにできません。

 おまけに輸送費が加味されてタッカ市の三割から五割増しです。


 ところで、ひょんなことから六歳の子どもを三人も引き取ることになりました。

 俺も成長したということでしょうか。いえ、たぶん違いますね。

 三人は路上で生活する子どもたちで、新居を荒らして俺の作った鹿肉シチューを食い荒らした張本人たちです。

 色々思い出してしまいました。

 あの日、師匠に救われなかったら、俺もあの三人のようになっていたんじゃないかと。

 右腕一本だけだったからできるわけもないのですが、それでも五体満足ならそうなっていたんじゃないかと思います。


 自分が教えられていたときは気づかなかったことが、毎日のように気づかされます。

 人を教えるようになると、師匠が俺を育ててくれた苦労がわかるというものです。

 改めて師匠に感謝する毎日です。


 いつか三人を師匠に紹介したいと思います。

 まあ、悪ガキなので更生してからにします。今のままだときっと師匠が三人を殺してしまう気がするので。


 最近ではその三人のせいで家の中が騒がしくてたまりません。

 ですが、賑やかで毎日がとても楽しいです。


 ただ、やっぱり少し寂しいです。

 昼下がりになると師匠が『お茶が飲みたいなー』と言い出すんじゃないかと、ついついお茶を用意しそうになってしまいます。

 時々師匠の声が聞こえたような気がして、ハッと我に返ることもあります。

 師匠の屋敷でもないのに、変ですよね。


 師匠。正直に言います。

 不安です。

 これ以上ないほど不安です。


 ちゃんとご飯食べてますか?

 ちゃんとお風呂入ってますか?

 ちゃんと洗濯してますか?

 郵便受けに手紙が溜まってませんか?

 薬草に水をやりすぎてはいませんか?


 師匠は俺がいなくなったら人を雇うなんて仰ってましたけど、師匠のことですからきっと面倒がって今も雇っていないんじゃありませんか?

 不安です。


 師匠は魔法の腕前は世界一だと信じていますが、普段の生活はずぼらの一言なので是非人を雇ってくださいね。

 返事が二ヶ月以上来なかったら様子を見に行きます。

 お願いですから規則的な生活をしてください。

 心配です。


 やっぱり師匠のもとを離れたのは失敗だったかもしれません。


 嫌いだからってリーキだけより分けたりしてませんか?

 気に食わないからって空飛ぶ烏を焼き払ったりしてませんか?

 楽しいからって書斎にこもって――」


 エルがやってきたので顔をあげた。


「師匠、客!」

「お客様です、だ。言い直せ」

「お客様です!」

「上出来だ」


 ――師匠、俺は元気でやってます。

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