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 一週間ほどして、マリウスが職人街の手頃な物件を見つけてくれた。


 修繕費用も含めて金貨四百枚。そのままならもうちょっと安かったが、面倒なので修繕も頼んだ。


 そうしてさらに一週間ほどで俺は購入した物件に向かった。

 マリウスは何か困ったことがあれば頼るように言ってくれた。自分の孫と俺が同じくらいだという。もしかしたら孫みたいに思ってくれているのかもしれない。

 暇だったので材料をお願いして冷蔵庫を作ったらとても喜んでくれた。


 お礼のつもりだったのに、お礼をしなければと言って人手を貸してくれた。


 色々と家具を買って運び込んだり、工房を使いやすく改造したりするのに色々と助けてくれた。


 マリウスはこうも言っていた。


「ハロルド君は優秀な魔術師なのだろう。もし王国有事の際には、できれば力を貸してもらいたい」


 後方支援でも構わないと言われたが、俺に戦争に行くような覚悟はなかった。

 敵とはいえ、人を殺すのは嫌だった。協力したくないというわけではない。ただ恐れのようなものが漠然とあった。


 正直に伝えるとマリウスは失望せずに言った。


「誰もが恐れる。それを乗り越えて手を下す者を、平和を享受する者たちは狂気に染まったように見るだろう。だが、それは違う。大いなる力をもつ者は、その両肩に大きな責務を負うのだ。剣を持たぬ者たちは知らぬ。その平和を築くためにどれほどの血が流れておるのかを。どれほど個人の幸せが蔑ろにされているのかを。君はアンジェラのもとで何を学んだのかね」


 そう言われて思い出したのは、師匠が遠征軍に付き合ったときの赤竜討伐の話だった。

 いくら師匠が強いからといっても、兵士たちに危険が及ぶ前に飛び出したのだ。

 普段はニコニコしているだけの師匠だけれど、魔術師としての覚悟があったのだ。


「もし恐れて剣を持てないというのであれば、君は君にできることをしなさい。自分にできる方法で戦いなさい。それが最前線で平和を守る者たちへの手向けなのだから」


 マリウスのその言葉は俺にとってとても重たかった。

 さすがは由緒ある魔術師の家系なのだとも思った。

 覚悟はなかったけれど、俺は俺にできることをすると、マリウスに約束した。



「さて、と。メイドさんたちが頑張ってくれたからひとまずすぐには使えるけど……広いな」


 台所と風呂、トイレは師匠の家よりも狭いけれど、それなりに使い勝手のいい広さだ。

 居間には暖炉がある。これからの季節にはぴったりだ。

 通りに面したところに倉庫と繋がった工房がある。広さとしては八畳ぐらいだけれど、倉庫がかなり大きいので勝手が良さそうだ。

 一階部分はそんなところで、二階には俺の寝室と、余った部屋が三つ。一応客室として使うつもりだ。

 部屋数だけで言えば師匠の家よりも一部屋多いけれど、大きさでいうと小さい。

 寝室は六畳あるけど、他の三部屋は四畳半だから、まあそんなものだろう。


 思えば、師匠の家は部屋数こそ少なかったけど、各部屋が広かった。

 風呂なんて小さな旅館の浴場サイズだったし。浴槽は五人ぐらい一緒に入れる広さだった。

 台所も数人で一緒に使える広さだから、まあ俺が買った家は常識の範囲だろう。


「貴重品はとりあえずしまっておくか」


 工房は床が石畳のようになっているので、一枚外して穴を掘り、そこに聖金貨一枚と余った金貨を大量に入れてまた土をかけ、蓋をする。

 手元には金貨五十枚ほど残した。これだけあれば当面の生活費と準備はできるはずだ。


「まずは市場で材料を集めるか……」


 やってきたばかりの家に鍵をかけて出かける。

 大路まで出ると、職人街から市場はすぐそこだった。立地がいい。マリウスに頼んで正解だったようだ。


 適当に冷やかしながら物色して回る。どうやら魔獣の素材や金属のインゴットなどは市場にはないらしい。八百屋のおっさんに商人組合の場所を聞くと、リンゴのような果物十個購入で教えてくれた。


 おっさんに教えてもらった場所は商人街の一角だ。

 まだ王都には慣れないが、大路はだいたいわかった。

 タッカ市は外敵の侵入を阻むために三叉路やカギ字路が多かったけど、王都は割と整然とした造りをしている。円形の大路と中央から走る放射状の大路とがある。中心ほど富裕層の住む場所だ。


 商人組合はかなり大きな建物だった。

 入るなり受付らしき人に魔獣の素材や金属を買いたいというと、まずは職人登録をするように言われた。


「親方の推薦状はお持ちですか?」

「は? 親方?」

「工房を構えられるのですよね?」

「ええ。魔導義肢を作るんですが……」

「魔導義肢、ですか。どこで修行を?」

「タッカ市ですけど、別に親方ではなかったですね。魔術師として師匠に教えてもらっただけなんで」

「はあ……なるほど」


 職員が教えてくれたところによると、新しく工房を構える際には各組合で利益を守るために親方の推薦状が必要らしい。例えば鍛冶屋なら鍛冶組合があり、木工なら木工組合があるそうだ。それらをひとまとめに管理してるのが商人組合で、もちろん普通の商人の組合でもある。

 要するによそ者がいきなりやってきて王都の商人や職人の不利益とならないように許可制にしているということらしい。


 商人組合の許可証がないと営業してはならないらしいから、先に来ておいて正解だった。ちなみに無許可営業は衛兵の摘発対象だそうだ。おっかない。


「じゃあ、開業できないってことですか?」

「いえ、たぶん大丈夫と思いますが……少し待ってください」


 受付の人が色々と調べてくれて、ようやく許可が下りた。


「王都には魔導義肢の工房がないようです。上長に確認も取りましたが、開業できますよ。ハロルドさんが魔導義肢工房の第一号です。職人登録と開業登録もしますので、こちらにご記入を」


 羊皮紙と羽根ペンを渡されたので、各項目を記入する。


「店名かあ……」

「まだお決めになってなかったんですか?」

「ええ、まあ」

「でしたら、わかりやすいのがいいですよ。誰が聞いてもわかるように。お名前を冠するのが普通だとは思います」

「じゃあ、ハロルド装具店で」

「あ、装具店だと魔導義肢じゃない普通の義肢も入るので、横槍が入るかもしれません」


 案外面倒くさいようだ。


「じゃあ、ハロルド魔導義肢装具店で」

「それが無難ですね」


 職人登録と開業登録の登録料、それから年間組合費は合わせて銀貨五枚だった。

 庶民の月給二ヶ月分ぐらい取られた。聞いてみると王都の町人ですら月給は銀貨四枚ぐらいらしい。

 王都の物価は高いようだ。


 手続きが終わったので魔獣の素材と金属のインゴットを見せてもらった。

 なんでも王都ではどちらも手に入りづらいので、商人組合がまとめて取引をしているそうだ。

 なので少し割増料金だが、相場の値動きに左右されない。常に一定数を確保しているらしい。


「基本的に王都の職人は商売相手が貴族や裕福な商人なので特注品が多くて、材料をその都度揃えるんですよ」


 個人で在庫を抱えるのはリスクだけど、組合が肩代わりしているということか。

 俺はいくつか材料をストックしておこうと思ったけど、それはやめてくれと言われた。

 あまり品薄になると他の店舗が困ると言われてしまった。


「えっと……じゃあ、ミスリル五キロと鉄二十キロ。それからグリフォンの嘴五個にユニコーンの角を三本と――」

「ハロルドさん、自重してください。ミスリルは出せて二キロ、鉄は大丈夫ですが、グリフォンの嘴もユニコーンの角も希少素材ですから一本ずつでお願いします」

「……じゃあ、それで」


 なるほど。

 師匠が王都じゃなくてタッカ市にいた理由がよくわかる。

 王都は素材が全然手に入らないようだ。


 しかも、だ。

 素材を見せてもらったけれど、どれも状態が微妙だ。

 使えないわけじゃない。おそらく最初の処理が杜撰だったんだと思う。


「このグリフォンの嘴、一個でいくらですか?」

「銀貨八枚です」

「ユニコーンの角は?」

「金貨一枚と銀貨二枚ですね」

「あの、失礼だと思いますが言わせてください。この状態でその値段って正直なところぼったくりと思うんですが」

「タッカ市の周囲は魔獣の宝庫だからそう思われるかもしれませんが、極めて適正な価格です。輸送費と保管費を入れるとどうしてもそれだけの値段になります。手数料は組合費から出ているので入っていません。もっと安くできるなら組合としても安くしたいんです。でも、これが限界なんですよ」


 商人組合もかなり努力してこの値段らしい。

 なら我慢するしかないか。


「もっと値段が高くてもいいなら、素材屋をお勧めしてます」

「素材屋、ですか」

「はい。高品質な素材を揃えてますし、なければ取り寄せてくれます。ただ、ものによっては相場の二倍から三倍は取られると思ってください」

「なるほど。ある程度の値段で品質を我慢するか、金に糸目をつけずに品質を優先するかのどちらかってことですね」


 こればかりは仕方がないか。

 素材屋も一応組合に加入しているらしいが、完全に高品質高価格で商売をしているから組合の邪魔にはなっていないようだ。


 とりあえず、今は組合から買うことにしよう。

 一応職員に素材屋の場所を聞いておく。

 インゴットと素材は銅貨二枚で届けてくれるらしいけれど、自分で持って帰ることにした。


「重いですよ?」

「二十キロぐらい軽い方ですよ」


 赤竜の核の方がずっと重たい。

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