1.プロローグ
完結まで全話予約済。
随時誤字脱字等を含めた改稿の可能性あり。
世界は理不尽だ。
前世では普通の家に生まれ、普通に結婚して、それなりに温かい家庭を築いていたのに。
今、俺は路傍で物乞いをしている。
小さな身体は骨と皮ばかり。
神様は「魔力量だけはたくさんあげよう。そうすればすぐには死なないから」と言っていた。
今思うと、その魔力量とやらのおかげで俺はまだ死んでいないのかもしれない。
だが、どうだ。
左腕もなければ、両脚もない。
もう一週間も何も口にしていない。
それでも俺は朦朧とする意識の中で必死に生にしがみついている。
異世界なんて来るもんじゃない。
そういえば、オタクな友人は異世界に行けるものなら行ってみたいって常々言っていたっけ。
そんなに異世界に行きたかったなら、俺と変わってくれたらよかったのに。
はっ。足るを知らない奴ではあったか。あいつ、そういえば俺のメルアド馬鹿にしてたな。
今更思い出して腹が立ってきた。
五体満足で働いてメシが食えるなら、今すぐ変わってくれていいんだけどな。
影がさして視線だけ上にあげた。
「……坊や。死にたいなら今すぐ殺してあげるわよ?」
綺麗な服を着た女性が立っていた。
よくこんなスラム街の一角に女一人でやってきたものだ。
もしかしたら頭がおかしいのかもしれない。
「何を笑っているの? そんなに死にたかったの?」
死にたいか。
いや、俺はこんなところで死にたくない。
魔力さえなかったならもうとっくに死んでいた。
今も魔力だけで命を繋いでいる。
ひどく息が苦しい。
それでも、俺は生きていたい。
「足掻くのね。地べたを這いずり回る蟻みたいに。いいわ。その瞳は嫌いじゃない」
女は俺を抱え上げた。
「……どこ、へ?」
「あら、あなた喋ることができたのね」
女は俺を抱えたままずんずん歩いていく。
骨と皮しかないから軽いのかもしれない。
「わたしのお家に連れて行くわ。お腹減ったでしょう?」
「おうち……」
「そうよ。最近はちょっと暇になっていたし、雑用も欲しかったからちょうどいいわ」
女はそう言って軽く笑う。
腕が一本しかない子どもを雑用にしようなんて、物好きにも程がある。
「坊や、お名前は?」
「……ハロルド」
「そう。いい名前じゃない。ご両親につけてもらったの?」
「うん……」
こちらの世界での両親は戦争に巻き込まれて死んでしまった。
俺も死ぬはずだった。なのに、右腕を一本だけ残して今もまだ生きている。
「わたしはアンジェラって言うの。でも、今日からは師匠って言いなさい」
「ししょう?」
「そうよ。使い勝手のいい弟子を探していたの。助けてあげる。腕も脚も作ってあげる。だから、わたしのために一生懸命働きなさい。ご飯は毎日三食あげる。温かいベッドもあるし、お風呂もある。お勉強だってできるし、魔法も教えてあげる。わたし以上の魔力があるんだもの。きっとすごい魔術師になれるわ。どう?」
そんな最高な条件を断るだなんて馬鹿らしい。
俺はとくに何も考えずに頷いていた。
それが新たな地獄の始まりとも知らずに。
「これからよろしくね、弟子一号ハロルド。わたしは厳しいわよ。ビシバシ鍛えてあげるからそのつもりでいなさい。まあでも、まずはお風呂ね。あなたとっても臭うわ」
アンジェラは笑顔がよく似合う女性だった。