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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
グレイプニル・リストレイント

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89◇恋情

 



 予鈴が鳴る。

 ロータスは遠巻きに見物していた者達を睨めつけるようにして視線を巡らせた。

 蜘蛛の子を散らすように見物人達が教室へ向かう。

 ヤマトの兄妹がまた揉め事を起こしているという認識なのだろう。

 今度は五色大家に楯突いた。

 どうなるのだろう。さすがに潰される。だが《黒点群》持ちだ。いやしかし。

 そんな小声が遠ざかっていく。

「おい夜鴉、俺様が勝ったらカタナを寄越せよ」

「あなたがラピス先輩に? 有り得ない」

「黙れ……! 見てろよクソガラス、俺様がその淫売をぶっ殺せば、お前は武器無しだ。戦わずして予選敗退! 本戦には何で出る? 素手か! はっ!」

「当主に言っておいてくださいね。自分が負けたらパパラチアが保有する《偽紅鏡グリマー》を自由にしろと」

「……俺様が勝つんだ、無駄だろ」

「あなたのことだ、約束を反故にしかねない。……少し嫌ですが、師匠経由で伝えてもらうことにします。逃げられませんよ」

 負けても約束を守る気はなかったのだろう、ロータスが苦しげに顔を歪める。

「てめぇ……! マジでむかつく野郎だな」

「こちらのセリフだ。五色大家の嫡男ともあろう方が、誇りさえ持ち合わせていないとは」

「――ッ、な、て、くっ、死ね!」

 ロータスは五色大家の血筋に相応しき教育を受けている筈だが彼のことだ、ロクに聞いていなかったのだろう。

 粗野な性格というだけでなく、語彙が貧困なのだ。

 だから、言い返せない。

 そもそもが逆らう者がいなかった、というのもあるだろうが。

 壁の外からやってきた少年は、壁の内の事情に縛られなかった。

 捨て台詞を残し、ロータスは半ば逃げるようにその場を去る。

 ヤクモがこちらを見た。

 どくん、と心臓が跳ねる。

 目が合うと、顔が熱くなって仕方ない。

「ラピス先輩、大丈夫でしたか?」

 心配するように近づいてくる。

 近い。

「……なんだか顔が赤いですけど」

「結婚しましょう」

 ヤクモもアサヒも、イルミナも固まった。

 ――わたし今、とても変なことを口走ったようね。

 いや、自覚はあるのだ。

 言ってしまったものは引けない。

「先輩? えぇと、結婚はもう必要なくなった、という話をさっきですね」

「必要だからではなく、したいから申し込んでいるのだけど」

「え」

 ヤクモが戸惑ったような顔を上げ。

「なっ!」

 アサヒが警戒心むき出しで迫ってくる。

「物語を読んだことはある? 囚われのお姫様が騎士に救われるというありふれた話。わたし、昔からあれが不思議でならなかったのよね。姫は騎士に惚れ、騎士は姫に惚れる。騎士は分かるわ、最初から見目麗しい姫と評判のパターンは多いし、見返りを求めて動くことは人として当たり前だもの。でも姫は? 命を救われようと、それは感謝で済む話ではないの?」

 実際、先程助けてくれたのがヤクモではなく見知らぬ人間なら、こうはならなかった筈だ。

 《黎明騎士デイブレイカー》だろうと、こうはならなかっただろう。

 この、優しい少年だったからこそ。

 家族の為に怒れる少年だからこそ。

 一度敵対した相手だろうと、仲間という理由で助けに向かう少年だからこそ。

 そんな少年が助けてくれたことが、多分、堪らなく嬉しいのだろう。

 それは、自分が彼の内側にいるというなによりの証明だから。

 仲間で、友人。

 嬉しい。喜ばしい。

 でも、もう足りない(、、、、)

「わたしはやっぱり、姫には共感出来ない。知らない人間に救われても疑いや感謝で精一杯。けどね、ヤクモ。わたしはあなたを知っているもの。そして今、もっと知りたいと思っているの」

 胸が弾けてしまうのではないかという程、脈動する。

 吐きそうなくらいに緊張していた。

 こんなものを味わった末に、恋人関係というものが成立したり、しなかったりするのか。

 だとしたら、かつて挑戦した全ての者達は尊敬に値する。

 だってこれは、辛すぎる。

 ヤクモの返事を待つまでが永遠に感じる。

「あーもう! 兄さんの女たらし!」

 アサヒがヤクモの胸をぽかぽか叩いている。

「……イルミナ。彼女を退けて」

「畏まりました」

「ぬわぁ!?」

 風のように動いたイルミナがアサヒを抱えて消える。

 ヤクモはそれを視認していたが、止めなかった。

「ごめんなさい、前にもうしないと誓ったというのに。お詫びになんでもするから許して頂戴。この場合のなんでもは、わたしに可能な全てのことという意味よ。世界は救えないけれど、お金とか下着とか処女ならば差し出せるわ」

「……いえ、大丈夫です」

「そうよね。わたしの処女なんてお金を貰ったって処分に困るわよね。ごめんなさい」

「あの、ラピス先輩。その、落ち着きましょう」

「そうね。その通りだわ。けれど、無理なようなの。だから速やかに本題に入るわ」

 ヤクモは黙って頷いた。

 ちゃんと聞こうとしてくれている。

 普段なら許さないだろうに、妹を無理に連れ去ったことも黙認した。

 きっと、それくらいラピスの様子が変なのだろう。

 妹がいては、ラピスがちゃんと話せないから。


「あなたに恋をしてしまったようだわ」


 ヤクモはそれに、申し訳なさそうな顔をして。

 そんな顔はさせたくなかったが、もうそうはいかない。

「ラピス先輩、僕は」

「いいえ、ヤクモ。それは今は聞かない。何故ならば、わたしは今ここで断られようとも諦めがつかない自信があるもの」

「…………」

 そうだ。失うまでは、失われない。

 無理だとか、自分で諦めるなりしなければ、消えないのだ。

 あるいは相手への失望だろうか。その点は、無さそうだ。

「助けてくれたところ大変申し訳ないんだけど、わたし自身の感情の問題で、これからあなたを手篭めにしようと動くから――覚悟して頂戴」

 宣言する。

 自分に惚れさせてみせると。

「あなた風に言うなら、これは決闘よ。わたしに落ちたら、あなたの負け。逃げないでくれると嬉しいわ。逃げても、追いかけるけれど」

 どうにかしてヤクモにそればかりは認めて欲しくて、適当な理屈をこねる。

 しばらく黙っていたヤクモだが、やがて小さく笑った。

「決闘、ですか」

「えぇ、そう」

「……それは、負けられないですね」

 どうやら、乗ってくれるようだ。

 それだって、ラピスに合わせてくれただけ。

 でも、最初の最初で否定されなかったことは、飛び上がる程に喜ばしいのだった。

「それじゃあ、授業に行くわ。また後で」

「えぇ、また後で」

「それと、次からわたしを呼ぶのに先輩はつけないで頂戴。敬語も不要よ」

 その方が、距離が近いように思える。

「……分かったよ、ラピス」

「…………刺激が強いわ」

 なんだか鼻血とかが出そうだ。

「じゃあ」

「いいえ、そのままで」

「そっか。えぇと、ラピス」

「なにかしら? やっぱり下着は欲しいとか? いいわ、今脱ぐわね」

「妹を返してもらえる?」

「……そうね。それで、下着は」

「大丈夫だよ」

「そう」

 興味を持たれていないようで、やや残念だ。

 ここで欲しいと叫ぶヤクモというのは想像はつかないが、少しは戸惑ってほしかった。

 指を鳴らす。

 イルミナと、その腕に抱えられたアサヒが現れた。




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