85◇婚活
「それで、どうかしら? あなたは少なからずわたしを魅力的な異性だと感じてくれているようだし、わたしの実家は裕福なこともあってメリットはそれなりに提示出来ていると思うのだけれど。もちろんわたし自身もあなたを好ましく思っているわ。正直に言えば恋……というには気持ちが足りないのだけれど、そこはそれ、まだ出逢って日が浅いもの。仕方のないことでしょう。それも時間が解決してくれるわ。もっとお互いを深く知ることが出来れば、もっとお互いに惹かれ合うことでしょう」
「冗談……ってわけじゃあ、ないんですね」
戸惑いを隠せないヤクモに、ラピスはやや不機嫌そうに眉を寄せる。
「心外ね。わたしが冗談でプロポーズをするような常識外のビッチだと言いたいのかしら?」
「い、いえ、そんなことは」
「本気だとしたら、なおタチが悪いですけど? 何わたしの兄さんにプロポーズなぞしてるんですか! このアサヒちゃんが目に入らぬか! 既に結ばれてるわたし達が見えぬのか!」
妹がヤクモに両腕をぎゅうっと絡ませて、ラピスを睨む。
ラピスの表情は変わらない。いや、眉は元に戻った。
「そうはいっても、《偽紅鏡》は《偽紅鏡》以外と婚姻関係を結ぶことは出来ないでしょう」
初耳だったので、ヤクモは驚く。
アサヒは知っていたらしく、悔しげに唇を噛んだ。
「ぐっ、愛はルールで縛れぬのだ!」
「そうね。でも愛でルールは破れないわ。ヤクモとあなたの心が結ばれていても、社会的に夫婦と認められることは無い。よってヤクモに社会的結合を求めることに何ら問題は無いということになるわよね」
「なるものかー!」
考えて、ヤクモはそのルールを理解する。
常人と《偽紅鏡》の婚姻を認めれば、二人の間に子が為された時、半分の確率で《偽紅鏡》が誕生することになる、のか。
そして《偽紅鏡》は魔力炉が退化している為、魔力税を納められない。両親の内、常人の側が代理負担することになるが、まさしくそれは『負担』だ。
その子供に強力な魔法が搭載されていれば別だが、ほとんどの《偽紅鏡》は壁の外へ送られることに恐怖しながら生きることになる。
都市としては、普通に魔力税を納められる常人には、常人同士で子を育んでもらった方がいい。
もちろん、そういった決め事を用意したところで破る者は現れる。だが規制のあるなしで大きく変わるのも事実だろう。
ある意味で、《偽紅鏡》蔑視は人類存続の意思を発端としているのかもしれなかった。
対等に扱ってしまえば、尊いと認めてしまえば、彼ら彼女らを愛する者が大勢を占めてしまえば、血が交わるごとに模擬太陽を稼働させられる魔力が集まりにくくなり、やがて偽りの紅鏡さえ輝かなくなる。
そうなれば、今度こそ人類は終わりだ。
だからこそ都市規模で、人類規模で見下そうと画策したのかもしれない。
生きる為の差別。
壮年の魔人が人類を生き汚いと言ったのも納得だ。
それは強さで、それがあったからヤクモの代まで人類は存続出来たのかもしれなくて、だとすれば差別を憎む自分は差別によって生誕が叶ったともいえ、なんともいえない苦さが胸中に広がる。
「別に、ヤクモを独占しようとは思わないわ。あなた達さえよければ、えぇ、好きにしてもらっても構わない。ただ書類上わたしの夫になってほしいというお願いなのよ」
要領を得ない。
「よく、分からないんですが」
「そう。そうよね。わたしとしたことがまたしても失態だわ。いきなりプロポーズなんてされても困惑するというもの。まずは事情を説明しなければ対応らしい対応などとれるわけがないのだとすぐに気づいて然るだというのに。ごめんなさいね、どうにも調子が悪くて。説明、説明が必要よね。説明……つまり、わたしは結婚相手が必要なのよ、早急に」
「みたいですね……。出来ればその理由から教えて頂けれると」
「わたしの性はアウェインなのだけれど、これは母のものなのよね。妾腹の子ということで名乗ることは許されていないものの、一応父の性はパパラチアというの。聞いたことあるかしら?」
「えぇ、五色大家ですよね」
オブシディアン、パパラチア、サードニクス、インディゴライト、ジェード。
《カナン》において優秀な領域守護者を数多く輩出してきた五つの名家である。
オブシディアンはルナとアサヒの生家。
そしてパパラチア家はラピスの生家だ。ただし領主が妻ではなく愛人に産ませたのがラピスであり、体面からか家名を名乗ることさえ許されていないという。
「あぁ、二十四位との試合を見ていたのだものね。大体の事情は理解していると考えてもいいかしら? そうするわね。わたしは妾腹の子だけれど、それなりに才能があったからある程度の支援はしてもらえたわ。学舎に入ったり、イルミナもわたしではなくパパラチア家に雇われた《偽紅鏡》なのよ。で、つい先日その理由が明かされたわけ。わたしは収穫時らしいわ」
「……収穫時?」
人に使うには適さない言葉のように思える。
「つまり、嫁に出すということね。ただの妾腹なら忌み子だけれど、優秀な《導燈者》という実績があり、その上でパパラチアの家名を与えれば政略結婚には使えると判断されたみたいなのよね」
「――な」
ヤクモは絶句する。
さすがのアサヒも、それを聞いてまで怒り出すことはなかった。
淡々と語るラピスは、心の中で何を思っているのか。
「ちなみに逆らうという選択肢は無いわ。そんなことをすれば援助が打ち切られるばかりか、圧力がかかって学舎から追い出されるでしょう。もちろん仕事に就くことさえ邪魔されて、わたしは浮浪者以外の結末を辿れないでしょう。この歳で住所不定の無職は辛いわ」
そこまで追い詰められて、いや追い詰められているからこそ、彼女は薄笑みさえ失ったのか。
「ただ、当主様はこうも仰ったわ。わたし自身が婿候補を見つけることが出来、その人物がわたしを与えるに値する人物であれば考慮すると」
「……それが僕、ですか」
実の父を当主様と呼ぶ彼女の声には、何の感情も込められていない。
「勘違いしないでほしいのだけど、感情的にもあなた以外には思いつかなったのよ? それはそれとして、スペック的にあなたは申し分ないわ」
「夜鴉ですよ?」
「わたしは妾腹。元々正妻の子ではないのだから、そのあたりはこだわらないでしょう。むしろそれを利用して差別意識を持たないアピールをするかもしれないわ。それにあなたは今注目の的なのよ? だって《黒点群》を獲得した者は一人の例外なく《黎明騎士》に至っているわ。そしてあなたは魔人を打倒し、特級指定とも渡り合って勲章も授与された。全ての力なき者にとっての希望の星。それを妾腹の身一つで取り込めるなら、お釣りがくるというものでしょう」
冷めた声で、ラピスは自分を商品のように語る。
それがどうしようもなく悲しくて、ヤクモは歯を軋ませた。
イルミナは無表情で、主の言葉に口を挟むこともなく傘を掲げ続けている。
「もちろん、あなたの意志を尊重するわ。断っても恨まないし、変わらずあなたを友人と思う。だけど、そうなるとわたしは次の試合を最後に学舎を去ることになるの。棄権して、ね」
三回戦、彼女の相手は学内ランク三十一位《爆焔》ロータス=パパラチア。
ラピスの腹違いの兄。
――そういうことか。
そもそもが、目障りなのだろう。
正妻の息子よりも優秀な妾腹など誰が喜べるものか。でも、ラピスは想定よりも優秀な領域守護者となってしまった。
それを疎ましく思った家の者により、それは決められたのだ。
彼女を嫁に出すことを。表舞台から引きずり下ろすことを。
そして、今年がラストチャンスである息子との勝負に棄権しろと命じた。
「ねぇ、ヤクモ。あなたは、わたしの希望にもなってくれるのかしら?」




