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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デア・フライシュッツ

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74/307

74◇代償

 



 その日の朝食はヤクモが作った。

 モカが、倒れたスファレの許に居たいと言ったからだ。

 あの後、スペキュライトに続きトルマリンも目を覚ました。

 だが三人共傷が深く、体力との兼ね合いで完治まではまだ掛かるらしい。

 それでも、スペキュライトは今日の試合に現れるだろう。

 ヤクモ達と同じく、譲れないものがある筈だから。

「こんな感じ、かな。うん」

 ヤクモは出来上がった朝食を見る。

 焦げたトースト、ぐちゃぐちゃのスクランブルエッグ、皮が弾けて中身がはみ出ているソーセージに、水分の消し飛んだベーコン、掛けられたケチャップは血文字のようで、そこに味の無いスープと盛り付けが美しくないサラダが加わる。

 実に……実に、残念な出来だ。

「教わった通りにやったつもりなんだけどな……。今後に期待、ということにしよう」

 モカの偉大さを再認識するヤクモだった。

 そろそろ妹を起こさねばと、部屋へ向かう。

 コンコンと、二回ノック。

 しばし待つと、くぐもった返事が聞こえてきた。

「……入ってまぁす」

「うん、いなかったら驚きかな」

「むしろ、入ってきてください。あ、部屋ですよ?」

 それ以外のどこに入るのだろう。

 ヤクモは深く考えないことにして、扉を開く。

 妹がベッドに寝ていた。布団に包まっている。

「朝食が出来たよ。食べれる?」

「兄さんの手料理なら、たとえ泥団子でも美味しくいただく自信があります。これぞ愛」

 ひょこっと顔だけ覗かせた妹がうんうんと頷きながら言った。どうにも様子が変だ。

「妹に泥を食べさせようとは思わないよ。けど正直、出来に自信は無いかな」

「最初はみんな素人ですよ。兄さんならすぐにあのおっぱいより料理上手になれます」

「アサヒは早々に料理作りを諦めてたような……」

「才能って残酷ですよね」

 ふぅ、とため息を溢すアサヒ。

 布団から出てくる様子が無い。

「アサヒ?」

「なんですか? ベッドに横たわる妹に劣情を催しましたか? そういうことなら仕方ありませんね。脱ぎます」

「脱がないでね。そうじゃなくて、起きないの?」

「布団がわたしを離してくれないのです」

「へぇ、随分と仲がいいんだね」

「ふふふ、嫉妬ですか?」

「どうかな。あのさ、アサヒ」

 妹に近づく。

「お、おぉう。兄さんの方から迫ってくるとは。度重なる熱烈あぷろーちを前に、ついに兄さんの鋼の理性も屈したというわけですね。ぬっふっふ……」

 まだふざける妹から、布団を引っぺがす。

「ひゃあ、兄さんのえっち!」

 寝間着姿の妹。

 だが、その手足が僅かに痙攣している。

「アサヒ。いつ言うつもりだったんだい?」

 武器化状態の《偽紅鏡グリマー》が破壊された時、人間に戻ることには意味がある筈だ。

 それが問題の無いことならば、再生が可能な機構が組み込まれて然るべき。

 身体が破壊されるという衝撃は、その痛みを《導燈者イグナイター》側に引き受けてもらってなお、武器化を維持出来なくなる程に大きいということ。

 だが赫焉は破壊されてもなお粒子に戻るのみで、即座に再変換が可能。そういう進化を彼女はして、だが人間としてのアサヒはアサヒのままだ。

 本来ならば人間に戻ることで強制終了する何かを、継続してその身に受けるということ。

 魔人戦で懸念していたことが、現実になってしまった。

「いやだなぁ、ちょっと痺れてるだけですよ。すぐ治ります」

 アサヒは冗談を言うみたいに笑う。

「また、そうやって本音を隠すのかい?」

「うっ」

 妹の表情が罪悪感に歪む。

 彼女の腰に腕を回し、上体を起こすのを手伝う。

 ベッドに腰掛け、彼女の肩を掴んだ。

「僕は、きみが苦しいなら心配したいよ。それは、アサヒにとって煩わしいことかな」

「そんな! そんなわけ、ありません」

 ようやく、妹が真剣な顔でヤクモを見る。

「なら、話してほしい」

 アサヒは迷うような態度を見せたが、やがて観念したように語り出す。

「損傷の度合いにもよるんです。赫焉刀が折れるとか、刃が欠けるとかであれば嫌な感じがするくらいで済むんですよ」

 だがそれも、蓄積すれば問題を引き起こしてしまうだろう。

「それで、あの。雷切の時に赫焉刀が十二振り、一瞬で炭化したでしょう?」

 セレナの雷撃を斬った時のことだ。

 ヤクモは黙って頷く。

「性質が変わる程の破壊は、辛いんです。翼が折れるのは我慢出来ます。でも灼かれたらすごく痛いでしょう。刃が砕けるのは我慢出来ます。でも溶かされたりすればすごく痛い」

 あの時は十二振り全てが一瞬で灼熱され、炭化した。

 それはつまり、雪色夜切本体を除く粒子の全てがダメージを受けたということだ。

「それは……治る、のかな」

「あ、それは大丈夫だと思います。昨日の夜はもっと辛かったので。楽になってる方なんです。えへへ」

「……アサヒ」

「あっ。ご、ごめんなさい。だって兄さんに心配かけたくなくて。それに、その……嫌なんです」

「嫌って、何がだい」

「折角、前よりも兄さんの役に立てるようになったのに、弱点みたいなのが分かって。兄さんがわたしを気遣って……戦術が狭まったりしたら……。わたしは、あなたの足を引っ張りたくない」

 妹が悲しげに言う。

 ヤクモはそれが、どうしようもなく気に入らなくて。

 彼女のほっぺたを引っ張った。

「に、にいひゃんっ?」

「もし、僕の役に立とうとアサヒが無理をして、そのことで取り返しのつかない代償を支払うことになったら、僕は一生自分を許せないよ」

「うぅ……」

「心配事があるなら、話してほしい。今回だって話は簡単なんだ。性質が変わる程の破壊を、負わせないよう気をつければいい」

「でも、どうしても必要な時に、わたしを気遣って兄さんがそれをしなかったら? それで兄さんが傷ついたら? わたしはそんなの、我慢出来ません」

 結局、互いに互いを気遣い過ぎているということか。

 こればかりは譲れないと、瞳を潤ませる妹。

 その額に、ヤクモは自分の額を合わせる。

「約束するよ。それ以外に方法が無ければ、僕は迷わず赫焉で身を守る」

「……本当ですか?」

「あぁ、だからアサヒも約束して。辛くなったら、すぐに言うって」

「……足痺れて辛いって言ったら、お姫様抱っこしてくれますか」

 スペキュライトがネアを抱いて試合に登場した時、羨ましがっていたか。

 その時に素っ気なく断ったことを、気にしているのかもしれない。

「もちろんだよ」

 ヤクモは彼女の腰と足に腕を回し、持ち上げる。

 妹の身体は軽かった。

「ふわぁ」

「取り敢えず、冷えた朝食を食べましょうか、アサヒ様?」

 驚きはすぐに、喜びへ。

 妹はくすぐったそうに笑い、ヤクモの胸許に顔を埋めた。

「すはすは」

「落としてもいいかな」

「お姫様時間が短すぎます!」 

 抗議の声。

「それで、約束は?」

「します! しますとも! それで、あの! まだまだ痺れがとれなさそうなので、学校までこれでお願いします」

「調子に乗らないように」

「ほんと、ほんとに痺れるんですって! あーあ、兄さんの為に頑張ったのになー! 辛いなー!」

「嘘か本当か判断がつかないから、困るんだけど……」

 少し面倒な約束を交わしてしまっただろうかと、ヤクモは若干後悔した。

 だが、妹に隠し事をされるよりはいいかと、自分を納得させた。

 試合当日の、朝。




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