71◇生還
ヤクモはあるものを探していた。
『……や、クモ、様。発見……しました』
頭の中で声がする。
『ぬわぁ! 違和感が凄まじい! 兄さん、もうチョコさんは解除してもいいでしょう!』
《黎明騎士》が二人もいるし、魔物の気配も無い。
ヤクモは腰に吊るされたレイピアを人間状態に戻す。
そのチョコが駆け出した。
ある地点で止まる。
大切なもののように拾い上げたのは、主の右腕だった。
治癒魔法は傷を塞ぐことしか出来ない。だが無くした方の腕さえあれば、傷口同士を繋ぐことは出来るかもしれない。
「行こう」
スファレの許へ駆け付ける。
飴色の少女だった。腰までの髪はボサボサで、手入れされているようには見えない。眼鏡を掛けているが大きさが合わないのか、時折ズレている。制服のサイズも合っておらず、そういったことには無頓着なのかもしれない。
怯えた様子で忙しなく周囲を確認している。
「みんなは大丈夫ですか」
「ひぃぃぃぃい……!」
声を掛けただけで怯えられた。
『失礼な女ですね。まぁ黄色い声を上げる雌共よりはマシですが』
「あ、夜がら……あわわっ、すみませんすみません! 間違えただけなんです! ごめんなさいヤマトのお方! どうか殴らないで……!」
「……殴ったりしないよ」
「け、蹴られるのもイヤです」
「蹴らないよ」
「き、斬られる!? どうか命だけはご勘弁を……! 許してもらう為なら、割りとどんなことでも致しますので!」
『ヤマト式ドゲザをしてもらいましょう。罪状は巨乳罪です』
妹の悪ふざけは無視。
だが確かに、少女も胸が大きかった。ペコペコと頭を下げる中で揺れている。
「きみを傷つけたりしないよ」
「そ、そんな……ではわたしの家族を!? うぅ……差別用語をうっかり口にした罪はそこまで……」
「……多分コイツ、アンタとアタシの決闘のこと尾ひれつきまくりで聞いたんでしょ」
疲労の滲んだ顔で、ネフレンが言う。
目の前で家族を侮辱するものだから決闘を申し込んだ。
それが、ヤマト民族を馬鹿にする者は問答無用でボコボコにする、くらいまで歪んで伝わったのなら、少女の臆病そうな性格と相俟って、このような態度になっても仕方はないのか。
「悪意が無いのは分かったから、大丈夫。怒っていないよ。それよりも頼むから、仲間の安否を聞かせてほしい」
少女はしばらく疑うようにこちらを見上げていたが、やがて頷いた。
「命は繋ぎます。ただ倒れた三名は例外なく致命傷を負っているので、その、この場で完治まで治癒は出来ないんです」
「……体力が保たない?」
「はい。これが本当に難しくてですね、傷の治癒を優先させるばかりに死なせてしまうという例も多いですし、慎重を期さねばならないところで。本当ならわたしじゃなくてプロの方を連れてくるべき重傷なんです」
「仕方ないじゃん。『青』の正規職員で誰が治癒持ちかなんて見分けつかないよ。でもきみは大会に出てるのを見た」
ルナが現れて言い訳のように言った。
そういえば、見覚えがある。
『青』の学舎学内ランク六位《無傷》アンバー=アンブロイド。
彼女はとにかく傷を恐れ、かすり傷でも治癒して戦う。傷を負わないのではなく、傷を負っても即座に治す。一瞬以上、彼女を負傷状態にしておくことは出来ない。傷の無い自分を維持する。
「……うぅ、将来を考えてなるべく好成績を収めようと頑張ったことが裏目に出るなんて。そもそも壁の外になんか絶対出たくないから『青』を選んだのに……」
「なら『赤』と『光』でもいいじゃん」
「『赤』は街の違法行為と戦わなければならないので最悪死にますし、『光』は活動内容が秘匿されているので危険な任務に従事する可能性が拭えませんから」
「『青』もたまには外出るでしょ。残飯処理係に餌を届けたり、とか!」
ルナがあからさまにこちらを見て、馬鹿にするように言う。
「あぅ、えぇと、だからそれは訓練生時にロクな成績を収められなかった者達に割り振られる仕事なんです。最終的に高収入で安全な仕事を確保する為には、『青』で優秀訓練生になるのが尤も危険が少ないと判断しました……不慮の事故の恐ろしさを、軽視していたことを認めねばなりません」
ヤマトの村落に食料を届ける者達はとにかく態度が悪かった。訓練生時代に結果を残せなかった所為でハズレくじを引かされたという不満もあったのかもしれない。
ちらっ、とアンバーがヤクモを見る。雪色夜切も。
「あ、あの! でもわたし、全力で頑張りますから!」
スファレの腕のことを話すと、難しい顔をされる。
「この場ではしない方がいいです。腐ってしまわないよう鮮度を維持しますので、それもわたしに回してください」
彼女はプロを呼ぶべきだと言っていたが、致命傷を負った三人を死んでしまわないよう気をつけながら治療し、受け答えにも滞りなく、更には切り離された腕の保存まで行う。
いきなり連れてこられたというのにこれだけの能力を発揮出来る彼女は、こと治癒に関してプロに劣らないだろうとヤクモは考えていた。
「オレぁ、もういい。他に集中しろ……」
三人とも並んで寝かされており、それぞれのパートナーは邪魔にならないようにと離れた地点にいた。
最初に目が覚めたのは、スペキュライト。
「スペくん!」
ネアが這ってスペキュライトに近づこうとする。
「近づかないでください。弟さんを救いたいなら」
「大丈夫だっつってんだろ」
「ダメだよスペくん! 起き上がらないで!」
ネアの目許は赤く腫れ、今も涙を流していた。
「……泣くなよ姉貴。泣くな、頼むから」
「じゃあ、ちゃんと治療、受けて」
スペキュライトは苦しげに表情を歪め、それからアンバーを見る。
「頼めるか」
「元よりそのつもりです。あなたも動かないでください、今後も《導燈者》でいたいなら」
「……諒解した」
スペキュライトが再び仰向けになり、ヤクモを見つけたのか視線を向けてくる。
「よォ、トオミネ。死んでねぇってことは、勝ったのか?」
「みんなのおかげで時間が稼げて、そのおかげで助けが間に合ったんだ。師匠やヘリオドールさん、ルナさんやアンブロイドさんが駆けつけてくれた。みんなの勝利だよ」
「……お前らしい表現だ。っ」
苦悶の表情を浮かべる彼に、ヤクモは言う。
「話は後にしよう」
「いや、一つ、言っておくことがある」
「なんだい……?」
スペキュライトは無理やり笑い、それからこちらを睨みつけた。
「明日、勝つのはオレと姉貴だ。お前らは良い奴だが、良い奴を不幸にしてでも、オレらは勝つ」
彼らにもあるのだろう。負けられない理由が。
自分以外にも、譲れないものを持っている人は大勢いる。
自分を貫くということは、邪魔をする他人に穴を開けてしまうということだ。
勝ち獲るということは、負けて取り零す人間がいるということだ。
そんなこと、とっくに理解していた。
そして、それはスペキュライトも同じなのだろう。
彼はわざわざそれを口にした。
自分の重傷を理由に、ヤクモ達の刃が鈍らないように、だ。
そんな優しい彼にだからこそ、ヤクモは言うべきことがあった。
「いいや、勝つのは僕達だ。誰を不幸にするのだとしても、幸せにしたい人達がいるから」
ヤクモの答えに、スペキュライトは満足げに唇を歪める。
「口で言い合っても仕方ねぇやな。決着は明日、試合で」
「あぁ」




