68◇復活
特級の個人戦闘能力は《黎明騎士》にも匹敵し、《黎明騎士》は個人で魔獣の大群を相手取ることの出来る強者だ。
必然、特級指定魔人もそれに相当する能力を持つ。
事実《黎明騎士》第七格を打倒し、距離の離れたヤクモ達の所まで軽々と現れた。
だが壮年の魔人と同じく、セレナにもまたその能力を十全に発揮しない理由があった。
少年達の拉致が目的であるが故に、殺さないようにと手心を加えていたのだ。
それがなければどうなっていたか分からない。
だが、それは確かにあり。
ヤクモ達の刃は、その首へ確かに食い込んだ。
「――――ぃ、やだ!」
消える。
忽如として対象が掻き消えたが故に、ヤクモとトルマリンの刃は流れる。
崩れる体勢を即座に立て直し、周辺を見回す。
今は模擬太陽の消灯時間。夜の闇を微かにでも照らす灯りは無い。
スファレの光球が、ずっと輝いていた。
頭上高くで、弱々しく点滅しているという状態だが、光を放っている。
瀕死の重傷を負い、それを自分で治癒しなければならない中、それでも仲間が闇に呑まれぬようにと、スファレは最初の光球をずっと維持し続けていたのだ。
その光さえ届かない箇所に、ヤクモは気配を感じ取る。
荒々しく波打つ精神の揺れが示すのは緊張や驚愕、そして――恐怖。
跳躍には見えなかった。予備動作はほとんど感じられなかった。微かに魔力が熾ったように思う。
では、身体を動かずして距離をものともしない移動を行う魔法、なのか。
これまで彼女はヤクモ達が知っているやり方でしか魔力を使わなかった。
戯れに課した自らの禁を破るということはすなわち、それまであった余裕の喪失を意味し。
人間ごときにその余裕を破られた特級指定魔人は、殺気を迸らせた。
「……逃げた? セレナが、人間から? 避けるだけでよかったのに、こんなに距離をとるなんて……あ、はは。うふふふふ。とっても素敵だねぇ。屈服させ甲斐があるよぅ」
ゆっくりと、光の圏内に戻ってくるセレナ。
その顔は、嗜虐の笑みに歪んでいる。
「きみ達はかーわいいけどね、何事にも許せる限度というものがあるでしょう? それを越えたら、優しいセレナでも怒っちゃう! でもこれは愛のムチだから、必要なことだから、ね?」
光が奔った。
直後に音。
「あ、がっ」
トルマリンの身体が震え、その身が焼け焦げる。
雷撃。
刹那を走り、刹那に着弾するのは、魔法による雷槌だった。
またしても、知らない魔法。
「トルッ!」
意識を失って倒れる彼を、人間状態に戻ったマイカが受け止める。
ヤクモは咄嗟に二人を庇うように前に出た。
「そうすると思った。もう近づかないよ。サムライは、天の嘶きにどれだけ耐えられるのかなぁ?」
『……大丈夫ですよ兄さん。大昔のサムライには雷を斬った者もいたようですから』
妹は、兄を励まそうとしているのか。
「分かってる。アサヒとなら、出来るよ」
「いいなぁ、そういう信頼関係。セレナときみも、すぐに築けるよぅ」
バチバチと、彼女の掌の上で雷光が圧縮されるように瞬く。
「ヤクモ!」
ネフレンが隣に並び立つ。
「アタシに出来ること、何か、何でもいいから、何か――」
「ブスは退場してもらえる?」
セレナがネフレンに向かって雷撃を放つ。
彼女がその形状を選択したのが分かった。迸るようにして迫る雷撃は、絶えず形を変えている。一瞬を駆け抜け、その一瞬の内でさえ何度も構成が変わる。
瞬きの程の間に、綻びの位置が数回も変わるのだ。
『っ。十二刀流!』
粒子が生み出せる限界が、現状は十二振りの赫焉刀なのだった。
ヤクモは雪色夜切を正眼に構える。
十二振りの赫焉刀はヤクモのやや前方で、中空に浮いている。
雷撃を、見る。
刹那を刻み、刻み、刻み込んで、時を引き伸ばす。
実際には、それは一瞬にも満たない思考であった。
意識さえ出来れば、ヤクモにはそれでも充分だった。
十二振りの刀を、振り下ろす。
一瞬で全てが電熱に灼熱され、赤に染め上げられた後に炭化して砕けた。
だが同時に放たれた最後の一刀は違う。
一瞬で数回も綻びが変わる?
ならば、一瞬で十三撃を加える。
十二の斬撃によって候補は塗り潰した。
『雷切』
後は残ったそれを、斬りつけるのみ。
静電気のような放電音と共に、雷撃が弾けた。
光が散り、消える。
粒子に戻った赫焉をすかさず刀に再変換。
「ネフレン。盾でトルとマイカを守りつつ、会長のところまで後退して」
「諒解」
ネフレンは目の前で起きたことに目を見張りながらも、即座に指示に従った。
『……兄さん』
「分かっているよ」
赫焉は破壊されても即座に粒子に戻り、再び望む形をとることが出来る。
が、そもそもの大前提を思い出せばすぐにそれがどれだけ困難なことかわかる筈だ。
《偽紅鏡》は自らの肉体を武器に変換する。
通常はそれが破壊されることで強制的に人間の姿へと戻る。
武器の破壊は擬似的な肉体の破壊に他ならず、その衝撃は武器化を維持できぬ程に大きいということ。
だが赫焉は武器化を維持したままに破壊と再生を繰り返す。
そんなことが、無限に繰り返せるわけがない。
形作ったものをヤクモの意志以外で崩されるのは、妹の精神にとんでもない負担を強いるのだ。
『……いえ、大丈夫だと言いたいんです。誓ったでしょう。わたしはもう折れないよ、夜雲くん』
「……分かっているとも」
雷撃は斬れる。
だが仲間を守りつつセレナに接近し、後どれだけあるか分からない未見の魔法をくぐり抜け、たった一人で魔力炉と頭部を同時に破壊出来るだろうか。
出来たとして、その死闘の末に、妹の精神が無事で済む保証は無い。
彼女を失う未来がちらついただけで、ヤクモの刃は容易く鈍る。
だって、出来るものか。
誰よりも幸福になってほしい相手を犠牲にした特攻など、誰が出来るというのだ。
可不可ではなく、これは魂の問題だ。
セレナが衰退の原因と笑った、ヤマトの戦士の心の問題だ。
「あぁ、あぁ! さいっっこうだよきみ! 凄い! 凄すぎる! 雷を、斬る? 意味わかんないけどとにかくすんごいよぅ! 欲しい欲しい欲しい欲しいなぁ! うっかり殺さないよう、気をつけないとなぁ!」
「気をつけるべきは、他にもあるようだが」
セレナの身体が、横合いから撥ねられる。
「うっ?」
彼女を殴りつけるように、土が隆起したのだ。
セレナはそのまま人類領域の壁に激突した。
大剣を構えた、二十代半ば程の青年。
そうだ。彼がいた。
意識を失っていたとはいえ、生きていた。目を覚ましてもおかしくはない。
《黎明騎士》第七格。
ヘリオドール・テオペア。
セレナは無傷で立ち上がる。いや、一瞬で再生したのか。
「あー、忘れてたなぁ。クール系と美少年のコンビってのが美味しいから、きみらも殺さないようにお仕置きしないとねぇ。さっきみたいに、さぁ」




