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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
ファイアスターター

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55◇蠢動

 



 魔物に侵され滅びた都市を、俗に廃棄領域と呼ぶ。

 廃棄領域《ヴァルハラ》にはだが、まだ生きている人間達がいた。

 そう。生き延びた人間は知らない。他の都市にいる者は知らない。

 魔獣や魔物は人であるというだけで無差別に喰らうが、半魔人以上には知恵がある。

 人間と同等以上の知能を有する。

 《ファーム》と名を変えた廃棄領域において、人類は家畜とされていた。

 例えば、単純な労働力として。

 例えば、魔力源として。

 例えば、慰み者として。

 例えば、食料として。

 魔人と人間の容貌に大きな差は無い。

 魔人の側に角が生えていることを除けば、無いと言ってもいい。

 かつては大敵だった。殺し合わずにはいられない天敵だった。

 だがそれも太古の昔に過ぎ去った歴史に過ぎない。

 今現在、人類は絶滅に瀕した種でしかなく。

 それを保護するか殺すかは、魔人に一任されていた。

「ほう、一匹も、か」

 模擬太陽の真裏、あるいは真上。

 屹立する壁から、蓋をするように伸びた四本の柱は、巨大な模擬太陽を支えていた。

 天蓋のような太陽は、既に機能を停止して久しい。

 その上に、椅子が置かれている。

 腰掛けるのは、人間で言えば二十代半ば程の青年。

 その前に膝をつくのは、部下である女の半魔人。

「はっ……《黎明騎士デイブレイカー》を抱える人類領域が存在するものと思われます」

 野良の魔獣は、光を見るや餌があると判断し駆け出す。

 皮肉にも、模擬太陽から漏れる光が魔獣を引き寄せているわけだ。

 だが、仮に偽りの太陽を掲げずとも魔族は人間を見つけ出す。

 青年がやっているように、魔獣の群れを全方位に放ち、一定の距離で成果を得られなければ一部を帰投させる。

 だが今回はある方角、ある地点以降帰投する魔獣がゼロになった。

 残らず討伐されたのだ。

「テルル、貴様に任せよう」

「……はっ、クリード様。よろしいのですか?」

「戦力は好きに使え。あぁ、家畜を使っても構わん」

 テルルと呼ばれた半魔人は感極まったように身を震わせた。

「必ずやご期待に応えてみせます……!」

「そうしろ」

 クリードは正直、飽きていた。

 これまで四人の《黎明騎士デイブレイカー》を殺してきたが、どれも歯ごたえの無い雑魚ばかり。

 ただ一度、死を覚悟したことがある。

 唯一自分が殺せなかった《黎明騎士デイブレイカー》。

 黒い髪をした、あの人間。

 奴らと戦えるならば別だが、そうでもなければ人類の掃討など暇つぶしにもならない。

 地上より僅かに天に近い玉座にて、クリードは永遠の闇夜を見上げる。

 退屈だ。


 ◇


 ヤクモはへろへろだった。

 言わずもがな、師匠のしごきによるものである。

 死にかけ、救護班に治療してもらい、治るやいなや師匠にフィールドまで引き摺られ、また半殺しにされ、救護班に治療してもらい。

 というのを延々と繰り返した。

「今日はここまで。また暇ん時来っから。今回も死ななくて偉いぞ、さすがあたしの弟子だ!」

 死ななくて偉いぞという褒め方も中々あれだと思う。

「大丈夫ですか、兄さん」

 妹の心配するような声。

 治療は体力を著しく消耗する。

 その所為で寮まで帰る力も無く、妹に肩を貸してもらっているのだった。

「うん……。やり方はあれだけど、さすが師匠だよ。僕にはセンスが無いから、赫焉もやっぱり感覚で動かすとズレが大きいんだ。もっと、それこそ自分の体の延長のように考えて動かしていかないと」

 だがそれは、右利きの人間が左手を同等のレベルまで動かそうとするようなもの。

 赫焉に至っては、難度はその数百倍にもなるだろう。

「訓練しかないよなぁ。師匠の稽古以外でも練習したいから、付き合ってくれるかい?」

 なんとか寮の前まで到着。

「わたしは構いませんが、兄さんが心配です」

「遣い手が無能な所為で、きみの性能を充分に引き出せないなんて嫌だからね」

「兄さんは既に最高の剣士ですよ」

「ありがとう。でも僕らは領域守護者なんだ。アサヒが進化した以上、僕だけ剣士のままではいられない。いつかアサヒに、最高の《導燈者イグナイター》だって言わせてみせるよ」

 妹に笑いかける。

 肩を貸してもらっているからか、いつもより顔が近い。

 妹の顔が赤くなった。

「…………兄さんは、ほんとうにわたしが大好きですねぇ」

 妹の素直な反応は逆に困った。

 からかわれれば流せるのだが、照れたように言われるとこちらも恥ずかしくなってしまう。

 幸いドアが近い。

 部屋の中に入れば、モカも居るはずだ。

 ヤクモが触れる寸前で、ドアノブが捻られ、開かれた。

「おかえりなさいませ!」

 足音でも聞きつけたのか、モカが出迎えてくれる。

「あっ、っと」

 ドアノブを掴もうと手を伸ばしたヤクモの体は流れ、疲労困憊なこともあり上手く軌道修正も出来ず、たたらを踏む。

「兄さん……!?」

 結果。

「はわわっ……ヤクモさまっ!?」

「むっ」

 ――柔らかい。それに甘い香りがする。

「く、くすぐったいですっ……! も、もちろんヤクモさまがお求めになるなら、私はいつでも応じる構えではありますが……!」

「なにぉ! このおっぱい! 拾ってやった恩を忘れるとは! 敵は我が家にあり! 兄さんをつけねらう不届き者はこのアサヒが成敗してくれる! そこへ直れぇ!」

「ち、違いますよぉ……! わたしはアサヒさまのご要望にだってお応えするつもりでっ」

「ならば言おう、乳を置いてゆけと!」

「出来ないです~!」

「いいから、まずは兄さんを離しなさい! こら抱きしめるな!」

「だってヤクモさま、大変お疲れのようですから」

 モカにそっと抱きしめられる。

 胸に顔を埋めている羞恥はあるのだが、上手く動けないのだ。

「わたしが! 疲れた兄さんを癒やすのはこのわたしの役目なのだ!」

「アサヒさまもお疲れでしょうし、お風呂をどうぞ」

「追い払おうとしている!? さては貴様腹黒おっぱいだな! 兄さんを奪われてなるものかー!」

 あぁ、疲れはとれそうにないな、と。

 ヤクモは諦めた。




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