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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
ファイアスターター

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54◇修行




 その日の試合が全て終わった後も、ヤクモ達は会場に残っていた。

 伝達員がやってきて、ミヤビからの伝言を残したからだ。

 『そこで待ってろ』というシンプルなメッセージに従い、兄妹は待っていた。

 観客が帰り、大会運営も去った後。

 その場には話を聞きつけた風紀委と、トオミネ兄妹、あとは数人が観客席にいた。 

「……あの雌狐、用件を伝えずにただ待たせるとはなんて常識が無いのでしょう!」

 ぷんすか怒る妹。

「まぁ、師匠だからなぁ」

「兄さんはあの雌狐に甘いんですよ! なんですか、おっぱいですか。巨乳だからですか!」

「アサヒはよくそう言うけど、僕は女性を胸部で判断したりしないよ。ましてやその大小で態度を変えるなんて。本気でそう思われているんなら、悲しいな」

 落ち込む兄を見て、妹はやや慌てた様子でフォローを入れる。

「わ、わたしだって兄さんがそんな最低な人間だと本気で思っているわけではありませんよ。信じていますとも」

「そうだと嬉しいんだけど」

「ほんとですって。それはそれとして、ですよ? 兄さんはおっぱいが揺れると視線が下がるんですよ……!」

「…………」

 くぅ、とアサヒは悔しそうな声を上げた。

「この十年、わたしの胸をちらりと見ることさえしなかった兄さんが! ちょっと出っ張っただけのあれが! たかがたゆんと揺れたくらいで容易く視線を奪われる! この苦しみがわかりますか!」

「いや、それは、違うんだよ」

「何が違うというんですか? 見てますよね? 視線、吸い寄せられてますよね?」

「動くものを咄嗟に目で追ってしまうだけで、女性の胸だからとか、そういうことじゃあないんだ」

 些細な動きも見逃せない極限状態での戦闘を長年続けてきた。その癖のようなものだった。

 断じて助平心などではないのだ。 

 断じて。

「へぇ~~そうなんですか~~」

「信じてると言いながら、やっぱり疑ってるよね?」

「いえ、信じてますよ」

「どうかな」

 と、そこで妹は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「兄さんが巨乳趣味でないことは明らかです。だって、ぬふふ、兄さんが好きなのはわたしなんですものね?」

 あの日から、それはもう妹が大好きなネタである。

 なにかにつけて話に出そうとするのだ。

 ヤクモとしては、なんともやり辛い。

 が、そこは兄としての威厳もある。

「そうだね」

 最近は笑って流せるようになっていた。

「ぬふ」

 それさえも妹は喜ぶ。

「おぉ、待たせたな」

 師匠がようやく到着する。

 というか、空から降ってきた。

 フィールドの中心に降り立った彼女は、展開したチヨ――千夜斬獲・日輪――の峰を肩にあてるように構えている。

 観客席にいた兄妹は飛び降りて、師匠に近づいていった。

「ん? なんか他にもいやがんな」

「《黎明騎士デイブレイカー》が来ると聞いて、ひと目みたいと思ったんじゃないでしょうか。風紀委や《班》でお世話になってる方々もいるので、師匠さえご迷惑で無ければ」

「あたしが見られる分にゃあ構わねぇが、お前らはいいのか?」

 師匠が此処で待てと伝えてきた時点で分かっていたことだ。

 修行をつけてくれるのだろう。

 それを見られるということは、ヤクモの実力や、修行で掴んだ何かも見られるということ。

 対戦相手になるかもしれない相手に、手の内を晒してしまうということ。

「出来れば避けたいです。けど、他の人の試合を見てるのは僕も同じだ。注目してくれるというなら、わざわざ追い出しはしませんよ」

「はっ、生意気言うようになったじゃねぇか。いいぞ、その方が面白れぇ。じゃあやるか。……の前に、おい栗毛の坊っちゃん!」

 師匠が声を掛けたのは、観客席にいたトルマリンだ。

「……わたしたちに何か御用ですか?」

 トルマリンが言うと、隣にいたマイカが嬉しそうに表情を綻ばせた。

「お前さんの魔力操作能力は大したもんだ。見物料だと思って、フィールドと観客席を区切っといてくれや。あんまし壊して、ドヤされたくねぇ」

 トルマリンが苦笑して、了承。

「承りました。《黎明騎士デイブレイカー》の魔力を受け止めきれるかは分かりませんが、我々も焼け死にたくはないですから」

「おう、頼んだぜ」

 ミヤビの視線が兄妹に戻る。

「アサヒは黒点化した。《黎明騎士デイブレイカー》の最低条件とでも言うべきもんはクリアしたわけだ。でもお前らは訓練生だ。まだまだヒヨッコ。あたしらと並ぶにゃ足りんもんが多すぎる」

「分かっています。今日も、あれですか」

 ミヤビは師だ。

 教え方は、言うなればゴリゴリの実践派。いや、実戦派とでも言うべきか。

 ネフレンを助けに行った時、彼女は炎の奔流でヤクモらまで飲み込もうとした。

 冷静に対処し用意された綻びを切れたから良かったものの、出来なければ死んでいた。

 最適解さえ選べば成長出来る。

 けど、出来ない奴は死ぬ。

 彼女から学ぶのは、いつだって命懸け。

 《黎明騎士デイブレイカー》に教えを請おうと考える者は多い。

 だが彼女に弟子入り志願をした者は、その考えを即座に捨てることになる。

 いかれているとか、まともじゃないとか、色々言って去っていくのだとか。

 でもヤクモとアサヒは違う。

 命懸けは、単なる日常。

 怖くとも、辛くとも、逃げられぬ日常だったのだ。

 だから。

「おう。赫焉を使いこなせるかどうかが今後の勝敗を分ける。あたしを殺す気で来い。あたしはお前らを半殺しにする気でいく。優しいハンデだろう?」

 本当にそう思っているらしく、ミヤビは優しげに微笑んでいる。

「あの女……容赦なく兄さんをボコボコにするから嫌いなんですよ」

「そりゃあ僕だって痛いのは嫌だけど、もっとちゃんとアサヒの力を引き出せるようになりたいから」

「……兄さん、こんな時に胸を打たないでください。夜這いしますよ?」

「冗談は後で、死んでなかったらね」

「死なせませんよ、絶対に」

 アサヒが手を伸ばす。握る。

抜刀(イグナイト)――雪色夜切・赫焉」

 純白の刀に、純白の粒子。

「来い、弟子共」

 師の周囲から、豪炎が噴き上がった。




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