304◇風紀
その日の昼も、ヤクモは校庭の端に生えている巨木の側で昼食を摂るつもりだった。
陽光で魔力を生み出す能力に乏しいことから、この都市では《偽紅鏡》が差別されている。
人々は模擬太陽の輝きを浴びることによって魔力を生み出し、その魔力を税として納め、納められた魔力を動力に模擬太陽は輝く。
《偽紅鏡》が差別されるのは、この仕組みに参加出来ないからだ。
同様の理由で、魔力生成能力の低い者も蔑視される傾向にあり、ヤマト民族がこれに該当するのだが――今は関係がない。
とにかく《偽紅鏡》は差別されており、人より下の存在として扱われることが多い。
学舎でもそうで、食堂の利用は《導燈者》にしか許されていないのだ。
《偽紅鏡》は自分達で食事を賄わねばならない。
ヤクモはそんな理由で妹と食事を別にする、ということが受け入れられず、共に摂ることに。
同居人であるモカの力を借りて、彼女の手料理を頂くのが日常となった。
今日もそのつもりだったのだが、珍しいことに先客がいた。
それも複数。
大きな敷物の上には、沢山の料理。それを囲むようにして、集団が円座になっている。
「おう、ヤクモ、アサヒ、それにモカ。来たか」
最初にヤクモ達に気づいたのは、翡翠の髪を後ろで一つに結んだ長身の女性だ。引き締まった肉体に凛とした振る舞い、そしてそれを引き立てる翠の瞳。
厳しい訓練教官のような雰囲気を纏う美女だが、実際の彼女は公正で仲間思い。
学内ランク六位《劫風》コスモクロア=ジェイドだった。
彼女の隣には、パートナーのノエが座っている。こちらは物腰の柔らかい少年だ。
「スファレ様?」
モカが思わず声を上げる。
そう、彼女のパートナーであり、風紀委の長である少女もいたのだ。
「いらっしゃい、モカ。事前に伝えられずごめんなさい。ヤクモとアサヒへのサプライズも兼ねていたものですから」
そう言って、彼女はたおやかに微笑む。
金糸のような美しい長髪と、宝石のような青い瞳をした少女だ。高貴さを感じる整った顔の造形に、白磁の肌、肉付きのいい身体に加え、アサヒが憎しみを向ける豊満な胸部。
学内ランク第三位《金妃》スファレ=クライオフェン。
スファレの隣には、茶髪で前髪の隠れたパートナーチョコがいる。
チョコはヤクモを見ると、ぺこりと頭を下げた。
ヤクモが微笑みを返すと、照れたように顔を伏せてしまう。
何故かアサヒがヤクモの右腕に絡みついてくる。
スファレ、モカ、チョコの三人を指して、アサヒは以前『巨乳ぐるーぷ』などと称していたか。
確かに三人とも、胸部の膨らみに富んでいる。
「そんなあからさまに巨乳に目を奪われたとしても、わたしから貴方への好意は些かも薄れないことを明言しておくわ、ヤクモ」
「奪われてないよ……」
気づけば、ヤクモの左腕に身体を絡ませてくる少女がいた。
紫色を帯びた青の長髪に、同色の瞳。触れれば壊れてしまうのではないかと不安になるほどの細い身体をしているが、不健康というわけではないようだ。
絡みついてくる彼女の身体はしなやかで、柔らかい。
常に湛えている薄笑みは、以前は感情の読めないものだったが、大会予選を通して変化があった。
ヤクモを見る目は彼女が明言しているように、好意が浮かんでいるように感じられる。
学内ランク第九位《氷獄》ラピスラズリ=アウェイン。
パートナーであるメイドのイルミナとリツは、敷物の上に座っている。
二人の間に隙間が空いているので、そこにラピスがいたのだろう。
「信じるわ。大事なのは大きさなどではなく形とハリの良さだと言ってくれたヤクモ」
「言ってないね」
「あら、ではわたしの胸は醜く崩れていたかしら?」
「いや、あの……」
「いつものごとく、誘導尋問的に兄さんから望む言葉を引き出そうとするのはやめなさい!」
アサヒが怒る。
「ごめんなさい。でも、好きな人が自分をどう思っているか、魅力的に見られているのかどうか、気になるのだもの。貴女は違うの? アサヒ」
「んぐぐぐぐ……」
アサヒはラピスが苦手なようだ。
こう、まっすぐぶつかっていくアサヒの言葉を、ラピスは幻惑するように躱す。
それでいて、重要な部分はブレない。
この場合、ヤクモへの好意は一貫しており、アサヒ自身、その気持ちを大きく否定したり拒絶したりは出来ないのだろう。したくないのかもしれない。
それはそれとしてヤクモに近づく女性への反発があるので、ラピスを受け入れることも出来ない。
「ラピスラズリも、随分と変わりましたね」
「ヤクモのおかげで変われた者は多いよ。もちろん、私も含めてね」
二人の美少年がそんな言葉を交わしている。
一人は色を抜いたような白い髪に赤い目をした、病弱の剣豪。
一人は左分けにした栗色の髪に同色の瞳をした、魔力操作の達人。
学内ランク四位《雲耀》ユークレース=ブレイク。
学内ランク第七位《無謬公》トルマリン=ドルバイト。
の二人だった。
それぞれのパートナーである、少年ダン、少女マイカの姿も確認できた。
『白』の風紀委勢揃いだ。
「そうだねー。トルなんか、ヤクモがいなかったらいまだに意気地なしのままだったかもだし」
ほんのりと黄を帯びた灰色の髪をした、一見おとなしそうな印象のマイカが、悪戯っぽく笑いながら言った。
トルマリンとマイカは幼馴染で、予選で兄妹とぶつかったあと、関係が進展したようなのだ。
妹がなにやら悔しげだったので、よく覚えている。
ヤクモはラピスのまっすぐな好意に顔が熱を持つのを感じながら、スファレに声を掛ける。
「さぷらいずと言ってましたが、これは……?」
並んでいる料理は、みんなで作って持ち寄ったのだという。
「ヤクモとアサヒの勝利を祝い、ラピス、イルミナ、リツ、ユークレース、ダンの勝利を願おうと思い、集まったのです。ここにはいませんが、グラヴェルとツキヒの勝利も」
つまり、『白』の本戦参加者だ。
予選通過者四組の内、三組が風紀委なのである。
これは確かに快挙だし、祝うべきことかもしれない。
友人に祝われる、という経験に乏しいので戸惑いもあるが、胸の内に温かい気持ちが広がっていく。
「アサヒの妹ということで呼んでもよかったのだが、今日は風紀委の集まりということでやめたのだ。また別の機会を設けてもいいし、貴様が祝ってやるのもいいだろう」
コスモクロアの言葉に、アサヒが「そうですね」と答える。
アサヒもヤクモ同様、慣れない催しにそわそわしているようだった。
「さぁ、座りましょうヤクモ? よければ、わたしが食べさせてあげるわ」
ラピスに腕を引かれ、みんなの輪の中に入っていく。
「兄さんに『あーん』していいのはわたしだけです!」
調子を乗り戻したアサヒが叫ぶ。
モカもとてとてとついてきた。
不思議な関係だな、と思う。
風紀委の同僚。共に戦う仲間。競い合う好敵手。
それらが同時に成立する、友という関係性。
大会でぶつかれば、絶対に負けられない。
それでも、彼ら彼女らの勝利を願う気持ちも嘘ではない。
ここにいるみんなが同じだろう。
それがくすぐったくて、同じくらい、誇らしかった。
書籍版2巻発売まであと2日!!!!!!!!!!
早いところではもう買えたりするようです。
よろしくお願いします……!!!!!!!!!!




