303◇気配
「魔人みたいな……反応?」
「そうだよ」
セレナがにこやかに頷く。
「貴女以外にってことですか?」
疑わしげに言うアサヒに対し、セレナは呆れるような視線を送る。
「分かりきったこと言わないでくれる?」
「なにおうっ」
アサヒが苛立たしげにセレナを睨んだ。
「セレナ、質問してもいいかな」
「いいよヤクモくん。特別ね」
「ありがとう。訊きたいんだけど、反応というのは魔力とは違うのかな」
セレナが頷く。
「うん。人間には、人を人と判断する感覚が備わっていないんだってね」
どうやら魔人には、見た目以外に魔人を魔人と判断する術があるようだ。
陽光で作り出された魔力も、宵闇で作り出された魔力も、魔力は魔力。
その大小などを判別するのは魔力感知能力の範疇だが、人か魔人かの識別は出来ない。
「《耀却夜行》というわけでもないんだね?」
「そう思う?」
「ランタンは奪還したわけだしね。また襲撃するにしても、早すぎる」
「そうだね」
セレナは試すようにヤクモを見ている。
「それに君は、『魔人みたいな反応』と言った。『魔人の反応』ではなく、ね」
その言葉に、彼女は満足げに笑うのだった。
試験に合格したことを、褒めるように。
「やっぱり、ヤクモくんはいいね。お話をちゃんと聞いてくれてて、嬉しいよ」
「ハッキリものを言うきみが、あんな曖昧な表現をしたら気になるよ」
「そうだね、曖昧なのには理由がある。どうにもね、変なんだ。魔人みたいだけど、絶対に人間だった」
「それって……」
ヤクモの脳裏に、ある人物たちが浮かぶ。
それを否定するように、ミヤビが首を横に振った。
「あたしもそう思って訊いてみたが、違うとさ」
「そうだよヤクモくん。《エリュシオン》の混血とも違う感じだったんだ」
カエシウスに支配された廃棄領域《エリュシオン》では、彼の手によっておぞましい実験が行われていた。
魔人と《偽紅鏡》の間で子供を作るという実験だ。
それによって生まれた《偽紅鏡》は、宵闇で魔力を作り出す魔人の能力と陽光で魔力を作り出す人間の能力を兼ね備えていたが、同時に身体的な問題を抱えていた。
四肢が上手く動かせなかったり、目が見えなかったりだ。
生まれた命に罪は無いが、実験の為に命を作り出そうとしたカエシウスの罪は許されない。
しかし、例の《偽紅鏡》達でもないとすると……。
「もし、その人物が近くにいたら、きみは特定できるかい?」
魔人のような反応を放つ、人間。
そんな存在が都市内にいるとして、証拠は特級魔人セレナの証言のみ。
人間では捜索しようがないし、だからといってセレナの手を借りようと提言したところで都市の許可はおりないだろう。
セレナの貢献は無視できないところまできているが、都市をうろちょろさせるのは危険すぎる、という判断は理解できる。
《黎明騎士》であるミヤビが付きっきりの状態であっても、試合観戦が許されたのが奇跡なくらいだ。
だが、それでも都市が危険かもしれないのならば、やらねば。
「ううん、無理。相手が魔人なら気づけるけど、なんていうか……気配が希薄だったんだぁ。一番近い表現を探すなら……死にかけ、みたいな?」
ますます謎が深まる。
「あの場でもね、人がうじゃうじゃいたからってだけじゃなくて、すぐに気配が感じ取れなくなったんだよ」
セレナほどの強者が、本来感じ取れるはずの気配を感じ取れないというのなら、やはり普通の魔人ではないのだろう。
魔人の気配を纏う、人間。
「あたしの方でも調べてみるが、お前さんも気をつけておけ」
ミヤビが真剣な表情で言う。
「……師匠は、訓練生の中にその人物が紛れていると?」
「その可能性もあんだろ?」
「……それは、まぁ」
否定は出来ない。
魔人の魔法なり性質なりを手に入れられるとして。
それが一番役立つのは、壁の外だろう。
もし魔物のように、人間も宵闇で魔力を作り出すことができれば。
今の世界における人間の不利を、覆すことが出来る。
だが、そのような都合のいい力が存在するのか。
存在するとして、現行のルールを歪めた分のツケは、どのようにして払うことになるのか。
「ま、あんま気にしすぎても仕方ねぇ。この魔人が探知機代わりに使えないってんなら、これ以上は話しても無駄だしな」
「あのさババア、あんま調子に乗らないでくれるかな? セレナはあくまでヤクモくんの協力者であって、きみに協力してあげたのは気まぐれなんだけど?」
「ヤクモよりあたしの方が権力あんだぞ? またこうやってヤクモに逢わせてやってもいいんだがなぁ」
「……うざー」
セレナが忌々しげな視線をミヤビに向ける。
と、そこでモカが兄妹の分のお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう、モカさん。騒がしくしてごめんね」
「い、いえっ。それで、そのー」
何か言いたそうにしているモカに、セレナが声を掛けた。
「そういえば、これなんでいるの? ヤクモくんの女?」
モカが顔をボフッと赤くする。
「そ、そんな恐れ多いっ」
アサヒの視線が鋭くなった、気がした。
「……モカさんは同居人で、都市内での生活に不慣れな僕たちを助けてくれているんだ」
「ふぅん? セレナもヤクモくんと同居したいなー」
セレナは反応したものの、あまり興味はなかったようで、すぐにヤクモに意識を戻した。
「さっさと牢屋に戻ったらどうです?」
真面目な話が終了したからか、アサヒは即座に反応。
両脇で二人が言い争っているのを聞き流しながら、モカに声を掛ける。
「それでモカさん、どうしたんだい?」
「えぇと……アカザ様と、そちらの魔人の方ですが……お夕飯を食べていかれますか?」
モカの発言に、その場の全員が目を丸くした。セレナでさえもだ。
そしてすぐに、ヤクモは納得する。
この家で料理をするのはモカだ。
そしてモカからすれば、ミヤビ組とセレナは、兄妹の客人。
時間帯的には夕食時。
故に、客人も夕食を共にするのか気にするのは当然。
なのだが、《黎明騎士》と特級魔人の来訪という衝撃的な出来事が起こった中で、そういった日々の当たり前を考えられるのは、それはそれで稀有な才能といえるのかもしれなかった。
「はっはっは! 面白い巨乳ちゃんだなぁ。是非ご相伴に与りたいもんだが、そろそろこいつを牢屋に戻さんといかんからな」
「まだちょっとしかヤクモくんと話せてないんですけど」
「ヤクモの暮らしてるとこ見たかったっつぅから、連れてきてやったんだろうが。話なら、ヤクモに面会に来てもらえりゃいい」
セレナは拗ねるように、可愛らしく頬を膨らまる。
その姿からは、彼女が都市を滅ぼしうる脅威だとはとても思えない。
彼女を宥めるためではないが、ヤクモはこう声を掛けた。
「ちゃんと顔を出すよ。約束だからね」
週一回の面会は、彼女が出した条件の一つ。
ヤクモはそれを呑んだのだ。
「はーい。最近は、ヤクモくんを困らせるより喜ばせるのが楽しいしね。今日のところは素直に帰ろうかな」
「つーわけで巨乳ちゃん。料理はまた今度な」
「は、はいっ」
そうしてミヤビ組とセレナは部屋から出ていった。
帰る際、セレナは正体を隠す為にローブを羽織る。
「またね、ヤクモくん」
「あぁ、また」
「セレナ以外の誰にも、負けないでね」
「負けないとも」
心の中で、もちろんきみと再戦することになってもね、と追加する。
予想外の来客から予想外の情報がもたらされたが、兄妹のやることに変化はない。
優勝までの三試合に、全て勝利するのみ。
書籍版2巻発売まであと3日!!!!!!!!!!
早いところでは23日から並んでいたりもするようです。
よろしくお願いします……!!!!!!!!!!




