301◇祝福
都市内で年に一回執り行われる、最強の領域守護者候補を決める大会。
四つの領域守護者機関、その下部組織である各学舎にて予選があり、それを突破した十六組で本戦を行う。
大会の進行と並行して実に様々な事件が起き、気づけばヤクモとアサヒは《黎明騎士》になっていた。
この夜に閉ざされた世界に、黎明を告げると期待される戦士に。
《黎明騎士》は当然、領域守護者の正隊員扱い。
これは大会優勝の特典の一つでもあり、兄妹が大会優勝を目指す理由の一つでもあった。
だが、だからといって戦いを放棄することは出来ない。
大会は都市内の賭け事に利用されており、師匠はこれに参加。
兄妹の勝利に賭けることでお金を増やし、それを兄妹の家族――壁の外で共に暮らしたヤマト民族の老人たち――が都市内で暮らす為の費用に充てていた。
そして、これは大会に参加したことで芽生えた感情だが……。
自分たちは、大会優勝を目指すライバル達の思いを知りながら、それらを潰して先に進んだのだ。
彼らの思いの分、勝利の価値は重くなっていく。
途中で下りるなんて無責任なことは、出来ない。
「あと三回~あと三回~」
寮への帰り道、妹が鼻歌を歌いだす。
腹違いの姉コース=オブシディアン組の敗北と試合による負傷、それに胸を痛めていた様子の妹を見て、ヤクモは励ましの言葉を掛けた。
結果的に妹に元気が戻ったのは大変喜ばしいところではあるのだが……。
「あと三回勝てば~――どうなると思います? 兄さん」
歌は終わったようで、妹が白銀の長髪を靡かせながらヤクモを見上げる。
「あと三回勝てば、優勝だね」
ヤクモが答えると、アサヒは不満げに頬を膨らませた。
ぷくりと、可愛く。
「優勝すると、どうなります!?」
なんとしてでも、ヤクモに答えさせたいようだ。
ヤクモは額を押さえたくなる気持ちをグッと堪えて、呼気を整える。
ヤマトの男児として、ここは正面から切り込む他ないようだ。
「きみとの約束を果たすことになるだろうね」
「むふっ」
妹が思いっきり表情を緩ませた。
「むっふっふ。どんな約束だったかな、夜雲くん」
「だから、それはつまり、トルマリン組との戦いで口にしたことで、大会の間は保留にしていたあれが、解禁されるってことで……」
しどろもどろになってしまうのは、この感情ばかりは、ヤクモにも制御するのが困難だからだ。
「つまりつまり、夜雲くんとわたしは、どんな関係になっちゃうのかな?」
アサヒは楽しくてしょうがないようだ。
濃密な日々の所為で数年も前のことのようにも思えるが、そんなことはない。
予選第一回戦、トルマリン組の強さによって敗北寸前まで追い詰められたヤクモとアサヒの二人。
再び立ち上がる過程でヤクモは胸の内に秘めていた感情を吐露し、兄妹は絆を深めた。
それによって黒点化を果たし、アサヒは形態変化能力と追加武装として白銀の粒子を得たのだ。
簡単に言うと、愛の告白をして強くなった。
だが二人はすぐに結ばれることはなかった。
ヤクモの側が、大会に集中したいと言ったからだ。
逆に言えば、大会さえ終われば二人の関係が進展することに問題はないということになる。
大きく深呼吸。
覚悟を決めて、口を開く。
「……恋人、だね」
「ひゃっほー!」
妹がぴょこぴょこと飛び跳ねる。
まさに狂喜乱舞。
ヤクモの方は顔が熱を持っているのを自覚しながら、足早に寮へ向かう。
「照れなくていいんだよ、夜雲くん」
今のアサヒは妹モードではなく少女モードだ。
当たり前のようにヤクモの腕に自分の両腕を絡ませてくる。
「……約束というのなら、まだあと三試合残っているんじゃないかな」
「むぅ、分かってますよーだ」
拗ねるように唇を尖らせたアサヒが、妹モードに戻る。
だが腕は離さない。
距離が近いのはいつものことなので、もう諦めるしかないだろう。
「予選を勝ち抜いた強者だけの本戦、気は抜けないよ」
「それも分かってます。ですがご安心を。何者にも、世界最強のかっぷる爆誕は邪魔させません」
「ばくたん……」
「爆発的な衝撃を伴っての誕生、です! まさに我々に相応しい言葉でしょう」
本戦参加者は、光の四位ターフェアイト組を除いた全員が、兄妹の知り合いだ。
全員と良好な関係を築いているとは言い難いが、風紀委の仲間であったり、作戦で共闘した仲間であったり、友人だったりする。
彼ら彼女らの優秀さは分かっているし、兄妹が知る以上の強さを秘めていることだろう。
油断は出来ない。
妹はそれでも、微塵も疑っていないのだ。
自分達の勝利を。
慢心を諌めるような言葉は、ほどほどでいいだろう。
敵が世界最強でも、妹は自分達の勝ちを疑わない。
それは傲慢ではなく、信頼という感情だろうから。
信頼を現実とするべく、努力を一緒に積み上げていけばいいだけだ。
そんなことを考えながら歩いていると、妹のお腹がきゅるる、と可愛く鳴った。
アサヒは腹の音をヤクモに聞かれたか確かめるようにこちらを上目遣いに見上げる。
その頬が若干赤いのは、羞恥からか。
「……そういえば、お腹が空いたね」
「そ、そうですね。そういえば、うちのおっぱいは先に帰ったのでしょうか」
「モカさんね」
今更ではあるが、ヤクモは訂正するように言う。
大会の試合は放課後に行われる。
モカは風紀委の長であるスファレの《偽紅鏡》であると同時に、ヤクモ達の同居人でもあった。
観戦席では見かけなかったから、先に帰っていたのかもしれない。
調理能力ゼロな兄妹に代わり、モカが料理を作ってくれているのだった。
今頃調理中かもしれない。
寮に到着したヤクモとアサヒは、献立の予想などをしながら自分達の部屋に向かう。
扉を開いて居間へ向かうとそこには――。
「よう、帰ったか」
世界に黎明を告げることを期待された領域守護者の一組、《黎明騎士》第三格――ミヤビがソファに腰掛けており。
「ヤクモくーん――おかえりなさい、でいいのかな?」
人類の天敵である魔人の脅威度を計る区分にて最高位に分類される個体の一人――特級魔人のセレナがヤクモの胸に飛び込んできた。
今は協力者とはいえ、かつてはこの都市に甚大な被害を出した魔人だ。
普段は地下牢に収容されている筈だが、それにしては身綺麗で、なんだか甘い香りがする。
ヤクモの師が湯浴みでも許したのか。
彼女の衣装は、ヤクモがかつて取り引きの交換条件に贈った白のワンピースだ。
「んなっ! なんでこいつが兄さんとわたしの愛の巣に!?」
妹が騒ぎ出し。
「や、ヤクモ様っ、アサヒ様っ!」
お茶の用意をしていたのか、トレイに茶器を乗せたモカが、涙目で兄妹の帰宅を喜ぶ。
身体がガクガク震えているが、《黎明騎士》と特級魔人が急に訪ねてくれば彼女でなくてもそうなるだろう。
ヤクモは楽しげに笑う師匠にジトりとした視線を向けながら、口を開く。
「説明してください、師匠」
いつもお読みくださりありがとうございます!
書籍版2巻発売まであと5日となりました!
よろしくお願いします……!!!!!!!!!!




