300◇たとえ耀を閉ざすのに幾億の剣戟が必要だとしても
コース組とラブラドライト組の試合を見終えて。
ヤクモとアサヒは帰路についていた。
「……」
妹が黙っているのは珍しい。
「コースさんが心配かい?」
魔力炉を貫かれたコースは医務室に運ばれた。
この都市の『治癒』魔法持ちは優秀なので、あれで死ぬことはないだろう。
見舞いに行くかと提案したが、妹はそれは拒否していた。
「大嫌いな姉ですが、あぁいう姿を見ると、どこか気分が沈んで、不思議な感じです」
ヤクモはアサヒの雪白の髪をそっと撫でる。
「嫌いな人でも心配できるってことは、それだけアサヒが優しいってことだよ」
アサヒはくすぐったそうに微笑み、ヤクモの腰に抱きついてくる。
「元気づけようとしてくれてありがとうございます兄さん。でももっと過激なスキンシップの方が効果的ですよ……!」
「はぁ……」
「ため息!?」
アサヒが愕然とする。
「無理して元気に振る舞わなくて大丈夫だよ。元気が出ない時は、それでいいんだ。アサヒさえ嫌じゃなければ、どんな状態でも側にいるから」
「~~~~っ! 今のセリフで、本気で元気になりました」
妹がヤクモの胸に額をぐりぐりと押し付けてくる。
「それなら良かったけど……歩き辛いよ」
「どんな状態でも側にいてくれるんですよね? この状態でお願いします」
「ぴったりくっつくって意味で言ったんじゃないけどなぁ」
ヤクモは苦笑しながら、しばらく自分にくっつく妹と共に、ゆっくり歩いた。
本戦参加者は、『光』の学内ランク第四位《夢想》ターフェアイト組以外は、みな面識がある。
友人だったり、《班》の仲間だったり、戦場で共に戦ったりだ。
だからこれからも、ヤクモとアサヒの知己同士が戦い、試合ごとにどちらか一方が敗退していく。
それを繰り返して、この年の最も強い領域守護者候補を決めるのだ。
対外的には、都市を生きる民に領域守護者の強さを知ってもらい、安心してもらうため。
優勝した訓練生は、即座に正隊員に昇格となる。
また、裏では試合が賭けの対象となっており、ヤクモとアサヒの師は常に弟子の勝利に賭けている。
それで得たお金は、壁の外で兄妹を育ててくれた家族達が、都市の中で生活し続けるための資金となるのだ。
都市の存亡に関わる魔人襲撃や、他都市での任務、遠征などがあり、忙しない日々が続いていたが、兄妹の目的は変わらない。
この大会で、優勝すること。
その為に、二人は壁の内に戻ってきたのだ。
◇
東雲暁はヤマト民族である。
そして同時に、魔王の配下だ。
《導燈者》であり、相棒のミミは黒点化している。
人類側で言えば、《黎明騎士》相当の強者。
事実、先日《黎明騎士》第三格のミヤビ・チヨと戦い、相打ち寸前までいった。
仲間であるビスマス、敵側のセレナが登場しなければ、アカツキもミヤビも死んでいただろう。
生き残ったアカツキは魔王の許に帰還し、新たな任務を与えられた。
「姉弟子のあとはお師匠様、か」
《ファーム・タカマガハラ》。
魔王の座す人類の廃棄領域。
朽ちた木造家屋が並ぶ通りを、アカツキは一人眺める。
人類が、魔王殺しに動き出そうとしているのが判明した。
これは止めなければならない。
そうして、魔王麾下の《耀却夜行》は、《黎明騎士》相当の実力者を殺すことに決めた。
ミヤビ組やヤクモ組を含む、全九組だ。
そしてアカツキの抹殺対象は――《エデン》所属・第二格《朧鋒鋩》ダモクレス。
今年で七十になる老人でありながら、第一格《騎士王》アークトゥルスに継ぐ実力者。
そして、アカツキとミヤビの――師でもある。
「世界って広いはずなのに、世間は狭いなぁ」
この殄滅作戦で、アカツキの数少ない人類側の知人は全員消えていなくなる。
ダモクレスも、ミヤビもチヨも、ヤクモもアサヒも、アサヒに似た少女もだ。
「寂しくなるけど、仕方ないか」
アカツキは一つ伸びをして、それからパートナーであるミミを捜しに歩き出す。
「最後にもう一度ヤクモと話してみたかった気もするけど……無理だろうな」
《カナン》には四組の《黎明騎士》相当がいる。
しかも、特級魔人セレナも味方しているのだ。
だから、派遣される戦力も最大。
魔王は犠牲を最小に留める方針だが、最悪の場合都市ごと滅びるだろう。
ミヤビもヤクモも、もう終わりだ。
「無駄なんだよ、ヤクモ。全ては無駄なんだ。オレ達は絶対に許さない。人の罪を許さない。君がどれだけ頑張っても、この夜は明けないんだよ」
「なに独り言言ってるの?」
淡黄色の長髪を二つに分けて結った少女だ。一応は十代後半の筈だが、小柄な所為か、十代前半くらいに見える。
「ミミか、丁度捜しに行くところだったんだ」
「ふぅん」
彼女がぴとりと隣に寄り添ってくる。花のような香りと、彼女の体温が近くに感じられた。
「大丈夫? アカツキはヤマトが好きだから、死ぬのは悲しいよね?」
「あはは、心配要らないよミミ。出来れば殺したくないという思いはある。けど、殺さなくてはならないなら仕方ない。君と出逢ったあの日に、オレ達は互いにとっての大切なものを失くしてしまった。他の人類が優しければ、違った結果もあったかもしれない。でも優しくなかったよな」
アカツキのパートナーであるオウマは、都市を守るために傷を負った。
そんなオウマに対し、都市の戦士たちは夜鴉は死ねと嘲笑い、治癒魔法を使ってくれなかった。
ミミのパートナーである父親は、同じく都市を守るために戦って命を落とした。
残されたミミに魔法がないことを知ると、都市の戦士たちは壁の外にミミを置き去りにした。
努力した人が報われるとか、誰かの為に生きることが尊いとか、全部嘘だ。
人類に尽くしても、人類はアカツキ達のことを認めてくれやしない。
愛する者の命を踏みにじり、笑って明日を生きるのだ。
そんな奴らの世界を、どうして幸福にしようと思える?
アカツキには、到底無理だった。
「八つ当たりだとしても構うものか。オレ達は止まらない」
「ねぇ、アカツキ」
ミミが祈るように、縋るように、アカツキの名を呼ぶ。
「あぁ」
「ミミと一緒に、夜を永遠にしようね?」
そっと彼女を抱き寄せる。彼女の頭を撫で、アカツキは囁く。
「もちろんだよ。たとえ耀を閉ざすのに幾億の剣戟が必要だとしても。最後まで一緒さ」
アカツキの抱擁に応えるように、ミミが腕を背中に回してくる。
そんな彼女に、アカツキはこう続けた。
「黎明を告げる全ての刃を、叩き折りに行こう」
全ての《黎明騎士》を殺す。
世界は夜で固定される。
それこそが、人類には相応しい。
アカツキは一瞬、きっと自分と正反対のことを考えているであろうヤマトの少年を脳裏に思い浮かべたが。
未練を振り切るように、彼の姿を思考の隅に追いやった。
本編300話到達いたしました……!!!!!!!!!!!!
更新安定せず申し訳ありませんが、最後まで進めていければと思いますので、
引き続きお付き合いいただけますと幸いです!!!
また、本作は書籍版1巻がオーバーラップ文庫から発売中
&2巻が6月発売となりますので、そちらも合わせて応援していただけますととても嬉しく思います。
ウェブ版からの加筆要素もあります。
ではでは!!!!!!!!!!




