297◇遠吠
今回の試合で戦う二組について
※コース=オブシディアン
初登場『160◇錚々』
活躍『178◇人形』
ある都市の奪還作戦で、ヤクモたちと共に戦った。
※ラブラドライト組
初登場『205◇三組』
活躍『208◇複写』~
ある都市にヤクモ達と共に招かれ、そこで敵の襲撃を受けて共闘した。
ヤクモは改めて対戦する二組を確認する。
まずはラブラドライト組。
《導燈者》ラブラドライト、《偽紅鏡》アイリの二人は兄妹だ。
ふたりとも、光の当たり具合によって色合いを変える不思議な白の髪をしている。
学内ランクはたとえ最下位の四十位であっても、学舎全体から見れば優秀な訓練生だ。
しかしラブラドライト本人の才能は、学舎の基準で測ると、とても高いとはいえない。
魔力炉規格、魔法適性、魔力耐性、魔力出力、いずれも平均以下。
唯一魔力操作能力だけは秀でているが、これは他の能力に比べて努力で向上する余地がある部分だから、というのもあるだろう。
ヤクモという、全才能がゼロのヤマト民族がいなければ、彼はもっと目立っていたかもしれない。
才能がないながら、驚くべき快進撃を続ける者として。
ラブラドライトが、対戦相手に昏い視線を向ける。
「嬉しいよ、コース=オブシディアン。兄だけでなく、妹である君も倒すことが出来て」
『光』の予選決勝で、彼はコースやアサヒたちの兄であるクリストバルを倒し、優勝している。
ちなみにラブラドライト組は、予選準決勝でアルマース組も倒していた。
『光』の一位と二位を、予選時点で倒しているのだ。
四十位が、である。
そんなラブラドライト組だが、《導燈者》の兄は――五色大家を恨んでいる。
正確には、『才能無き者を冷遇する社会』を、か。
この都市では、定められた魔力税を収められない者は、壁の外へと追放される。
幼い頃のヤクモやアサヒ、そして二人を育てて守ってくれたヤマトの家族達はみんな、そうやって壁の外へと捨てられたのだ。
ラブラドライトの大切な人も、過去そうなったのだという。
幼い彼には、その人を救うために壁外に出ることもことも、出たとして救う力も、なかった。
故に彼は、そんな世界と、そのシステム成立に寄与した五色大家を恨んでいる。
そして証明しようというのだ。
この世で生きるのに、才能なんてものは必要ないのだと。
才能がない人だって、当たり前のように生きるのが許されていいのだと。
「……下民の分際で、わたしと視線を合わせて喋らないでくれない?」
「あぁ、その態度、素晴らしいな。実に、五色大家らしくていい。君のことは、心置きなく憎めそうだ」
ラブラドライトは、初対面のアサヒとツキヒにも冷たかった。
二人に、コースと同じオブシディアンの血が流れているという理由で。
しかしラブラドライト組とヤクモ組、グラヴェル組は《アヴァロン》で共に死線を潜り抜けた。
あの激闘を生き延びる中で共闘した三組は、たとえそりが合わずとも、もうただの他人ではない。
戦友に、なってしまった。
それが、ラブラドライトの二人に対する敵意を邪魔しているようだった。
しかしコースは別、ということだろう。
「はぁ、くっだらない。あのね愚か者、一度だけ教えてあげるからちゃんと学ぶのよ、いい? ルールというものは、社会を回すために存在するの。個人を救済するためにあるんじゃないのよ、おわかり?」
コース=オブシディアンは、アサヒのように白銀の髪を持つ少女だ。
だが身内の欲目だろうか、ヤクモの目にはアサヒの髪の方がよほど美しく見える。
彼女は勝ち気そうな雰囲気を漂わせており、放つ言葉は刺々しい。
「社会というのは、無数の個人が集まって構築されているんじゃないのか」
「個人というのは、社会の構成要素に過ぎないわ。何人集まっても、それだけで社会は成立しない。全員が一兵卒の軍で、どうやって敵に勝つの? 誰もが平等なら、誰も命令を下せないわ。誰かを上に、誰かを下に。こうしないと、集団は上手く機能しないものなの。『これが是で、これを守らねば悪だ』と定めねば、秩序は生まれないの」
「魔力税を支払えぬ者は、生きる価値もない悪だと定めるのが、秩序か?」
「あんたがこの都市で生まれて今日この日まで生きることが出来たのはね、あんたの憎むシステムのおかげなの。豊かな世界なら、無能を飼うことも出来るでしょう。それが美徳とされる時代もあったかもしれないわね。けど、そんな余裕がないから、結果的に今の状況に落ち着いてる。そんなことも理解できないから、あんたは愚か者なのよ。そんなに今の世の中が気に食わないなら、他人に噛み付いてないで自決しなさいよクズ」
うんざりした様子のコースに、ラブラドライトは間髪入れずに言う。
「五色大家が生まれる以前は?」
「……はぁ?」
「五色大家自体、都市の始まりから存在するわけではないだろう。つまり、貴様らが頂点に立つ以前のルールがあったが、貴様らの隆盛によって今の世が出来上がった」
「だから?」
「五色大家が上に立って今のルールを定めたように、他の者が上に立って新たなルールを制定することも起こりうる。今の世の中が気に食わないなら、必要な相手に噛み付いてルールを変えればいいんだよ。わからないのか、コース=オブシディアン」
「あっそう。あんた如きの牙が、今の世界を噛み砕けるっていうなら、やってみれば?」
「最初から、そのつもりでここにいる」
「……今年は、夜鴉といいあんたみたいな負け犬といい、人間以下が混ざっていて鬱陶しいわね」
「確か、君の兄は負け犬に負けていたな。犬以下の兄を、君は尊敬しているのではなかったか?」
「…………あんた、殺すから」
鬱陶しげな顔をしていたコースが、兄クリストバルを馬鹿にされた途端、殺意を漲らせる。
《隊》を組むことになった時も、コースがクリストバルを尊敬しているのはよく伝わってきた。
「君が兄に向ける愛情を、少しでも他人に向けることが出来たなら、世界は少しだけマシになる筈なのにな」
「気持ち悪いこと言わないでくれる? 太陽を稼働させる役に立てないようなゴミは、全員壁外に捨てればいいのよ。それが、誰にとってどれだけ大切な者だろうと、関係ないわ!」
コースは一瞬、観客席のアサヒを見た。
アサヒは表情を歪める。
当主の決定とはいえ、当時四歳だったアサヒの追放に、誰も反対しなかったのだ。
彼女の母が死んだことで、アサヒを護る者はいなくなった。
コースは今になっても、それを肯定している。
ヤクモはアサヒの手をそっと握った。
アサヒはヤクモを見て、それから表情を綻ばせる。
「大丈夫ですよ、兄さん」
「余計なお世話だったかな」
ヤクモが手を離そうとすると、指と指を絡めるような形で握り直される。
「いえ、理由がなくても手は繋ぎたいのでおっけーです」
たくましい……本当に心配無用だったか。
いや……。腹違いとはいえ実の姉に存在を否定されたのだ、辛くないわけがない。
ヤクモは繋いだ手をほどくことなく、むしろ力を少し強めた。
「兄さん……」
それに対し、アサヒは幸せそうに微笑み――。
「試合内容は後日誰かに聞くことにして、今からでも二人きりになれる場所に――」
「手、やっぱり離そうかな」
「絶対離しませんから!」
普段通りに戻った妹に苦笑してから、ヤクモはフィールドに視線を戻す。
どのような思想を持っていようとも、この場では勝った者だけが先に進める。
元より、誰もが譲れぬ思いを抱えて此処にいるのだ。
「君に言葉は届かないようだから、ただただ敗北を刻むことにする」
「猿真似しか出来ない下民が格好つけないでよね」
「屈折――ハイブリット・アイリス」
ラブラドライトの手の甲の上に、光輪が浮かび――
「開演――パールホワイト・マリオネット」
コースの目の前に、無数の人形の兵士が出現した。
《月暈》と《人形師》の戦いが始まる。
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